第28話 風の行方
『風魔獣マ・ヴァールナ』を倒してから3時間が経過しようとしていた。
そろそろハーピーから言葉が掛けられる頃合いだ。
そう考えていると、
「あっ、あそこに異物の反応があります!」
ゲームと全く同じセリフで、ハーピーが告げた。
「ハーピーさん、あの『異物』の拾得をお願いいたします!」
主人公ルルナの言葉に従い、ハーピーが目的物に向かって飛んでいく。
これで『風のリング』を無事に獲得──
この瞬間。
俺は、そう思った。
……ゲームをプレイしていた時の俺は。
「キャアアアァ!! な、なんですか、あなたたちは!?」
空に漂う『異物』を取ろうとしたハーピーが声を荒らげる。
ハーピーの視線の先。
そこには、ハーピー族と同じように背中に羽を生やした人間の集団がいた。
「ヴェリオ様、あの人たちは!? というか、空を飛んでるんだけど!?」
俺たちは
彼らは全員が槍を携えており、矛先をハーピーに向けて威嚇していた。
そして、1人の飛行人間がハーピーよりも一瞬はやく『異物』に手をかけた。
「……あっ!! あれは、『風のリング』!?」
飛行人間が手にした『異物』──ルルナの言葉どおり『風のリング』だった。
それから先の流れは、ゲームと全く同じものとなる。
「きゃあああああッ!!!」
「うわあああああああああ!!!!!」
「だ、だれか!! 助け──」
「……お前たち……こんなことをして……ただでは…………ぐふっ」
《
大量の黒い影たちが島に出現し、たちどころにハーピー族を攻撃する。
戦闘能力のないハーピー族は、為す術なく倒れていく。
突如、《
つまり──
侵攻してきた飛行人間たちは全員がモンスターである。
彼らの目的は、もちろん『フェイタル・リング』だ。
リングを全て集めた者に、世界を支配できるチカラが与えられるという運命の指輪。
『闇のリング』を所持している皇帝ディアギレスは、『風のリング』を狙って、この地に侵攻してきたのである。
プレイヤーが『風のリング』を獲得しようとした瞬間、皇帝軍にリングを奪われてしまう。
そして、《
シリアスなストーリーや鬱イベントがウリのゲーム《フェイタル・リング》。
俺は、その中でも『このイベント』には心を痛めつけられた。
実際に皇帝軍の非道さを目の当たりにすると、怒りと悲しみの感情が沸々と湧き上がってくる。
分かっていても。
分かっているからこそ。
自分の感情を抑えることが、耐え難く苦しかった。
「ヴェ、ヴェリオ……さん…………いったい……なぜ……なにが……起きて……」
電光石火の侵攻。
まるでゲームのイベントシーンのように、皇帝軍侵攻イベントは一瞬で終わった。
ルルナが声を発した時には、島に鳴り響いていたハーピー族の悲鳴は聴こえなくなっていた。
《
「な、なんで、こんなことに…………ア、アタシたちのせい!? アタシたちがココに来たから!? そのせいでハーピーたちが殺されてしまったの!?」
「…………」
チェルシーの問いかけに、俺は答えることができなかった。
「……過去のしがらみに関係なく、人間の私たちを快く迎えてくれた……長老様……それに、喜んでリング探査に力を貸してくださったハーピーさんたち……みんなみんな……私たちのせいで………………んぐっ」
初めてみるルルナの泣き顔。
「こんなの………こんなの絶対に許されない!! あの人間たち……いいえ! あんなの人間じゃない!!!! アタシは、あいつらを絶対に許さない!!!!」
涙を流しながら叫ぶチェルシー。
──これはゲームオーバーじゃない。
正規ルートであり、正解のルートだ。
ハーピー族を皆殺しにされた後も、主人公たちの運命の旅は続いていく。
皇帝ディアギレスに対し、憎しみの炎を燃やして。
それがゲーム本来の流れ。
でも。
「俺は──」
俺は自分の掌を爪で切り刻み、両手を真っ黒い血で染め上げる。
「ヴェリオさん!? ま、まさか……っ」
「これは、あの時の……《イーリスの町》で悪霊に取り
俺は……。
俺は、この結末を認めねぇ!!!!!
ゲームの流れなんか、いくらでも改変してやる!!
ハーピーたちが死ななきゃいけない理由なんか、どこにもない!!
そんな開発者都合のシナリオなんか、
「《
俺は掌に溜めた漆黒の血を空に撒き散らした。
空に舞い上がった魔神の血は、不気味なオーラを放ちながら島内に横たわるハーピーたちの口へ向け、一斉に飛散していく。
魔神の血を口に注ぎ込まれたエルフたちは、次々と息を吹き返し……。
「……あ、あれ? ここは……《
俺たちの近くで倒れていた1体のハーピーが身体を起こした。
『風のリング』を発見したハーピーである。
「ヴェリオさん!! ハーピーさんたちが目覚めていきますよ!! やっぱり…………ヴェリオさんは凄いです……っ!!」
「よがっだぁ……んぐっ……本当に……んぐっ」
張り詰めていた感情の糸が一気に解けたのだろうか。チェルシーの瞳から再び大粒の涙が流れ出した。
「…………」
こうなることは分かっていた。
こうすることも分かっていた。
俺は《イーリスの町》で女性を生き返らせた際、この避けられない鬱イベントの結末を絶対に変えてやろうと心に決めていた。
もしかしたら、俺の行動によって、シナリオ進行に致命的なエラーが発生してしまうかもしれない。
それでも──
それでも、目の前で死んでいった者たちを放置して、リング探しの旅を続けるなんてこと、俺には出来るわけなかった。
俺は選ばれし主人公なんかじゃないんだ。
俺は、ただのゲーム好きの大学生で…………ただの裏ボスなんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。