第7話 赤鬼登場

 そして、ようやく妖怪旅館に戻ってきました。

「遅かったですね」

 カラス先生が、私たちを迎えてくれました。

「すみません、カラス先生にだけやらせてしまって」

「イヤイヤ、構わんですよ」

 そう言って、部屋に入ると、ふとんがちゃんと敷いてありました。

今夜は、ここでみんなで寝るんだ。私は、なんだかウキウキしてきました。

「それじゃ、俺は、校長と明日のことを打ち合わせしてきます。牧村先生は、

子供たちを頼みます」

「ハイ、わかりました」

 カラス先生が出て行くと、私は、子供たちに言いました。

「それじゃ、みんな、もう寝る時間だから、ふとんに入りましょう」

 すると、カワウソくんが、私に向かって枕を投げてきました。

隙を疲れた私は、顔にもろにぶつかります。

「あっ……」

「やったーっ! 大当たりだじょ」

「こらぁっ! カワウソくん、やめなさい」

 と、注意すると、今度は、胸に枕が投げつけられました。

「また、当たった。美久先生の負け」

 三つ目くんが、笑います。

「こらっ、そういうことしないの!」

 と、注意したのも束の間、それが合図になったのか、他の子供たちも一斉に

枕を投げ始めました。

「ちょっと…… 待って、やめなさい」

 私は、いくら注意してもやめません。それどころか、私に向けて、集中攻撃をしてきます。

「もう、やったな、こらぁ」

 こうなると、私も枕を投げ返します。これが、修学旅行名物、枕投げです。

妖怪もオバケも幽霊も関係なく、子供たちは、笑いながら枕投げに夢中に

なりました。

男の子も女の子も、みんなでワイワイ言いながら投げ合っています。

あのアクマちゃんも天使くんも、加わって楽しそうに笑っていました。

 もちろん、私も今は、先生という立場も忘れて、子供たちと枕投げに参加しています。

「やったな、このぉ!」

「え~い!」

「ちょっと、痛いじゃない」

「お返しよ」

 子供たちの声が部屋中に響きました。

私にとって、この日のことは、一生忘れない、楽しい思い出になりました。

「こらぁ、静かにしなさい」

 そのとき、襖が開いて、天狗校長が入ってきました。

一瞬にして、静かになります。

「明日もあるんだから、早く寝なさい」

 校長の一声で、子供たちは、ふとんに潜り込みました。

「牧村先生、ちょっと」

 天狗校長に呼ばれて、私は、部屋を後にしました。

私たちは、部屋を出て外のベンチに並んで腰を下ろしました。

「あの、校長、さっきは、すみませんでした」

 子供たちといっしょに枕投げをしたことで、怒られると思った私は、

先に謝りました。

「いいんですよ」

 天狗校長は、怒るどころか、笑って私に言いました。

「私は、むしろ、あなたに感謝しているんです」

「えっ?」

「少し、話を聞いてもらえますか」

 校長は、そう言って、持っていた水筒から温かいお茶を注いで、私に渡しました。

「子供たちのあんな楽しそうな顔を見たのは、久しぶりです。それもこれも、

みんな、牧村先生が来てからですからね。私は、あなたになんてお礼を言ったらいいのか、言葉がありません」

 私は、思いがけない展開に、何も返事ができませんでした。

「あなたがこの学校に来るまで、あの子たちは、一度も笑ったことはありませんでした。あんなに楽しそうな笑顔を見たことはなかったんです」

 天狗校長が夜空を見ながら静かに話をしました。

夜空には、数え切れないくらいの星が光っていました。オマケに、流れ星まで

流れていました。

こんなにきれいな夜の空なんて、見たことありませんでした。

「あなたが来る前は、実は、もう一人先生がいました。その先生は、とても厳しくてね。子供たちをいつも怒っていました」

 私は、お茶を一口飲みます。渇いた口に広がる香ばしいお茶の香りに満たされます。

「それも子供たちのためと、私は黙認してました。事実、子供たちは、その

おかげで今も行儀よくしているのは、わかりますよね」

「ハイ、それは、わかります」

 給食を食べるとき、手を合わせていただきます、ご馳走様をちゃんと言える。

相手に対しての感謝の気持ちの、ありがとうも言える。

悪いことをしたときは、ごめんなさいも言える。それは、私が教えたことでは

ありません。

「前任者って、どんな人だったんですか?」

「赤鬼です」

「赤鬼? もしかして、鬼ですか」

「そうです。その鬼です」

 鬼が先生なんて、想像すると、怖すぎる。子供たちだって、萎縮してしまう

だろう。

「教育方針は、常に厳しくということで、私も何度も話し合いをしました。赤鬼先生の言うことも一理あります。しかし、まだ、子供なんですよ。厳しすぎるのも問題だと思いました。何しろ、まだ子供ですからね」

 私は、黙って天狗校長の話を聞いていました。

「私は、子供たちは、学校では、もっと楽しく勉強をして欲しかった。学校は、楽しい場所。友だちもできて、遊んで、勉強して、笑って、時には泣くことも

あっても、子供たちはいつも笑顔でいてほしかった」

 天狗校長は、空を見上げながら、一拍置いてから、話の続きを語り始めました。

「それが、あの頃は、子供たちから笑顔が消えていたんです。私は、赤鬼先生ともう一度話をしました。結局、それが原因で、赤鬼先生は、辞めてしまいました」

 そんな話を聞くと、胸が締め付けられる気がして苦しくなりました。

数分前、みんなで枕投げをしたり、肝試しをしたり、温泉に入ったりしてときの子供たちの笑顔を思い出すと私は、悔しくて涙が出そうでした。あんな可愛い

子供たちから、笑顔を奪うなんて許せない。

「私は、どうにかして、子供たちに笑顔を取り戻してもらいたい。そう思って、あなたのご両親にも相談しました。そのとき、あなたを推薦してくれましてね。私は、あなたならと思って、ここに来てもらったんです」

 天狗校長は、私のほうを向いて言いました。

「私の目に狂いはなかった。あなたを信じてよかった。子供たちに笑顔が戻った。すべて、あなたのおかげです。本当にありがとうございました」

 天狗校長は、そう言って、私の手を取って、頭を下げたのです。

「校長……」 

 私の頬に、自然と温かいものが伝っていました。

「さっきの子供たちの笑顔を見て、私は、本当に感動したんです」

「校長、お任せ下さい。私が、あの子たちを、もっともっと、笑顔にして見せます」

「よろしくお願いします」

 私は、立ち上がると、胸を張って言いました。このきれいな星空に誓ったの

です。

あの子たちをたくさん笑顔にすることを……

 この日の夜は、私は、子供たちとの夢を見ました。素敵な夢でした。


 翌日も朝からおいしい朝食を食べると、ヤマメ師匠やカラス先生と、商店街の森を抜けたところにある池に案内されました。どうやら、今日は、水泳を

やるようです。

「ここなら、安全に遊べるから、好きなようにするがよい」

 イワナ師匠が言うと、カラス先生が声を上げました。

「よぅし、全員、飛び込め!」

 それを合図に、子供たちは、一斉に池に飛び込みました。

「えっ、ちょっと」

「どうですか、牧村先生もごいっしょに」

 そう言うと、カラス先生は、着ていた着物を脱いで、下帯一つの姿になると、池に飛び込んだのです。

「ちょ、ちょっと……」

 私の話も聞かずに、とびこんだカラス先生は、華麗に泳いでいます。

他にも、泳ぎが得意な、河童くんと人魚ちゃん、カワウソくんは、楽しそうに

泳いでいます。

一つ目くんや三つ目くん、犬男くんと雪子ちゃん、ろくちゃんも、水遊びに

はしゃいでいます。

「どうしたの、美久センセ。泳がないの?」

「まさか、泳ぐなんて思ってなかったから、水着を持ってないし、私はいいわ」

 アクマちゃんが言いました。実は、泳ぎは、余り得意ではない。

「美久先生、泳げないんですか?」

 天使くんが私を見上げて言いました。

「そんなことはないのよ」

「それじゃ、いっしょに泳ごうよ」

 そう言うと、私の手を握って、池の中に飛び込んだのです。

「えっ、ちょっと……」

 そう言う前に、私は、服のまま池の中にいました。

顔を上げると、人魚ちゃんとカワウソくんが、口から水を吹いて私に吹きかけ

ます。

「美久センセに泳ぎを教えてあげるでゲロ」

 河童くんが、私の手を取って、水をかき分けて泳ぎだしました。

「ちょっと、河童くん、待って……」

 池の真ん中まで言って、河童くんが手を離します。

「待って、待って、今、手を離しちゃダメ……」

 私は、池の真ん中で足が付かないので、服も着ているので、溺れる寸前です。

「た、た、助けて……」

 顔が水の中に沈んでいきます。

そのとき、私の体が水面が浮き上がりました。

「こらっ、牧村先生になにをするんだ。まったく、お前らは、ちゃんと謝りなさい」

 カラス先生が、私を持ち上げながら立ち泳ぎをして、池の縁まで助けてくれました。私は、全身ずぶ濡れで、池の縁に座りました。

「美久先生、大丈夫?」

 天使くんが優しく言ってくれました。

「もう、大丈夫だから」

「美久先生、ごめんなさいゲロ」

 河童くんが水の中から顔を出して、言いました。

「いいのよ。もう、平気だから」

 と言うと、私は、河童くんのお皿を手で水の中に押し込みました。

「どうだ、河童くん。反省した?」

「ぐわぁ、急に押したら、鼻に水が入ったでゲロ」

「先生を怒らせると、怖いのよ」

「わかったでゲロ。ごめんでゲロ」

「わかればいいのよ」

 と、私は、開き直って服のまま、水の中で河童くんにお説教しました。

「美久センセ」

「なに?」

 呼ばれて振り向くと、雪子ちゃんが顔に水を引っ掛けました。

「やったな」

 私は、泳いで逃げる雪子ちゃんを追いかけます。でも、服を着ているので、全然追いつけません。

「美久センセ、それ、脱いだら」

 アクマちゃんが言いました。

「そう言うわけには、いかないのよ」

「それじゃ、濡れたまま帰るつもり?」

 確かにそう言われると、このままで帰るわけにはいかない。

返事に困っていると、ヤマメ師匠が言いました。

「これに着替えるとよい」

 そう言って私に差し出したのは、毛皮のような服でした。

「大丈夫ですから」

「気にせんでよい。これは、うぶめの羽毛で作った服だから、人間の体にも合うはずじゃ。その間に濡れた服は、乾かしておく。着替える場所なら、そこの森の中なら誰も見えんぞ」

「だって。ほら、行って行って」

 アクマちゃんは、そう言うと、私を水から上がらせて、背中を押して森の中に連れて行きます。

仕方がないので、私は、森の中で回りを気にしながら、濡れた服を脱いで、羽毛の付いた服に着替えました。

見ると、羽毛で出来たビキニでした。胸と下半身を羽毛で覆われているだけです。

「似合うじゃない」

「なんか、恥ずかしいな……」

 アクマちゃんは、そう言って私の体を見て言いました。

私の濡れた服をイワナ師匠は受け取ると、妖怪旅館に戻っていきました。

「もう、大丈夫でしょ」

 アクマちゃんは、そう言うと、私を池の中に落としたのです。

不意を疲れた私は、頭から池の中に落ちました。

「こらぁ、危ないでしょ」

「美久センセ、その服は、どう?」

 言われて触ってみると、見事に私の体にフィットしているのです。

しかも、羽毛が浮き輪代わりになっているのか、沈むことはありませんでした。

「人魚ちゃん、カワウソくん、美久センセに泳ぎの見本を見せてあげて」

 アクマちゃんがいうと、二人が私を見ました。

すると、二人は、あっという間に水の中に消えていきました。

二人の姿が見えなくなると、水の中で私の足を持って、水の中に引きづりこまれました。

「あっ!」

 と、声を出すまもなく、水の中に沈んでいきました。

目を開けると、そこに、人魚ちゃんとカワウソくんが見えました。

しかも、笑ってます。私は、二人を両手で抱えると、水から顔を出します。

「イタズラばっかりしないの」

「それじゃ、あたしたちを捕まえて」

 そう言うと、二人は、私の脇からすり抜けると、泳いでいきます。

「待ちなさい」

 私は、そう言いながら後を追うけど、思うように泳げません。

「美久先生、泳ぎ、下手なんだ」

 隣で羽を使って、水面を器用に泳ぐ天使くんに言われました。

「やっぱり、ぼくが泳ぎを教えてあげるでゲロ」

 河童くんが私の足を掴んで押し出します。

「ちょ、ちょっと……」

 私は、足を押されて、勢いよく水面をイルカのように進みます。

「あら、美久センセ、泳げるじゃない」

 人魚ちゃんたちに追いつきます。自分で泳いでいるわけじゃないんだけど……

「もう、やめなさい」

 私は、そう言って、池から上がります。

水遊びをしている雪子ちゃんたちのそばにいくと、いっしょに遊んでいる

一つ目くんが言いました。

「美久先生も楽しそうだねぇ」

 もちろん、楽しくないわけがない。水の中で泳いだのも久しぶりだったし

子供たちとこんなに楽しくはしゃいだのは、初めてでした。

「美久先生、ずっと笑ってるね」

 犬男くんが言いました。言われて見ると、こんなに笑ったのは、何年ぶりだろう……

大きな声を出したり、子供たちと遊んだり、自分でも知らないうちに、たくさん笑っていました。


 楽しい水遊びの時間もあっという間でした。

私は、子供たちと妖怪旅館に戻りました。

「先生、お洋服は、ちゃんと乾いてますよ。ついでにお洗濯もしておきました」

 旅館の店主の死神さんが、きれいにたたまれた私の服を出してくれました。

「ありがとうございます」

 私は、服を受け取って、急いで着替えを済ませました。

子供たちも服に着替えると、妖怪学校に帰る時間でした。

 私たちは、妖怪旅館の前に一列に並びます。

「今回は、お世話になりました。本当にありがとうございました」

 天狗校長が挨拶をします。

「今回のこと、私は、忘れません。ありがとうございました」

 私は、感謝の気持ちで一杯でした。

「ありがとうございました」

 子供たちが声を合わせて言いました。

「また、来いよ」

「待ってるからね」

「元気でな」

 私たちは、みんなに見送られて、天狗校長や先生方と帰りました。

妖怪商店街のみんなも、妖怪旅館の人たちも、私たちが小さくなるまで、

手を振って見送ってくれます。

 私は、すごくいい経験をしたという実感で胸が一杯でした。

子供たちと遊んだこと。天狗校長の話。妖怪旅館のおもてなし。

どれも私の一生の宝物になりました。

この日のことは、何事にも帰られない経験でした。決して、忘れることがない

思い出でした。

 妖怪学校に一度戻ってから、解散となりました。

私は、天使くんとアクマちゃんとウチに帰りました。手を繋いで帰る道すがら、私は、言いました。

「楽しかったね」

「うん」

 天使くんは、そう言って、笑いました。

「アクマちゃんは?」

「美久センセがオバケが嫌いってことは、わかっておもしろかったわ」

 そう言って、アクマちゃんは私を見上げて口元だけを上げて笑いました。

「疲れたから、帰ったら、ご飯を食べようね」

 私は、話を変えてそういいました。

家に着いて、玄関を開けようとすると、鍵が開いていました。

鍵は、かけていったはずなのに…… そう思いながら、静かに戸を開けると、

パパとママの靴がありました。

「お帰り」

 中からママの声に迎えられて、ホッとしながら中に入りました。

「ただいま。パパもママも、どうしたの?」

「時間が出来たから、久しぶりに夕食をウチで食べようと思って帰ってきたんだよ」

 普段から、忙しい両親は、滅多に帰宅しません。

会ったのも、何日ぶりだろうか……

「その子たちが、天使くんとアクマちゃんね」

 ママが、そう言って、二人に近寄ります。

「私のパパとママよ。大丈夫だから安心して」

 私は、安心するように言いました。

二人は、私の両足にしがみついたまま、隠れています。

「よろしくね」

 ママは、しゃがんで目線を低くして言いました。

「お泊り会に行ってたんだろ。疲れただろ。風呂でも入って、ゆっくり寝なさい」

「そうね。ご飯は、ママが作るからね」

 私は、天使くんとアクマちゃんを紹介しました。

「話は聞いているわよ。可愛い双子ちゃんね。よろしくね」

 ママがそう言って、二人の頭を撫でました。

「美久先生は、ちゃんとやってるのかね?」

 パパが笑いながら言うと、天使くんが言いました。

「うん、美久先生は、とっても優しいよ」

「そうか、それならよかった」

「それじゃ、ご飯が出来るまで、三人で遊んでたら」

 ママが言うので、私は、リビングで遊ぶことにしました。

最近のブームは、ボードゲームです。私が子供の頃にパパに買ってもらった、

双六ゲームです。サイコロを振って、出た目でコマを進めて、ゴールを競う

ゲームでした。今は、これに夢中でした。天使くんもアクマちゃんも、この

ゲームが大好きで、毎晩三人で遊んでました。

 他にも、トランプでババ抜きをして遊んだこともありました。

でも、ババ抜きは、アクマちゃんが強くて、私も天使くんも負けてばかり

でした。

 私たちは、双六に夢中で遊んでいると、ママが呼びました。

私たちは、みんなで食事をしました。今夜のおかずは、ハンバーグでした。

 天使くんもアクマちゃんも、おいしいといって、たくさん食べてくれました。

私も家族全員で食事をしたのは、久しぶりなので、食べ過ぎてしまいます。

食事をしながら、パパが私の事を聞くと、アクマちゃんがいろいろ余計なことを話します。

 肝試しで泣いたこと。池に落とされてずぶ濡れになったこと。みんなで枕投げをしたこと。その度に、パパもママも大笑いしました。

まったく、アクマちゃんは、親の前でそんなことを言わなくても……

「アクマちゃん、もう、そのくらいにして」

 私が止めに入るほどでした。でも、天使くんは、私の事をたくさん褒めて

くれました。

「頼りない先生だけど、天使くんもアクマちゃんも、よろしく頼むな」

 パパに言われると、私の先生としての立場がない。

恥ずかしくて真っ赤になった私を、アクマちゃんがイジワルそうな顔をして笑いました。

 楽しい夕食の時間が過ぎると、いつものように、三人でお風呂に入りました。

湯船の中で、二人を抱いて言いました。

「アクマちゃん、余計なことをパパに言わないでよね」

「だって、ホントのことだもの」

「恥ずかしいじゃない」

 そう言うと、アクマちゃんは、静かに笑いました。

「でも、美久お姉ちゃんも楽しかったでしょ」

「そりゃ、楽しかったけどね」

「それなら、いいじゃん。ぼくも楽しかったよ」

 天使くんは、いつも天使のような笑顔で私をフォローしてくれます。

うれしくなって、天使くんを抱きしめました。

 お風呂から上がると、私たちは、早めに寝る事にしました。

今夜も三人で寝ます。最初は、床にふとんを敷いて二人で寝かせるつもりだったけど、結局、毎晩、三人で狭いベッドに体を寄せ合って、寝るようになりました。

 その日の夜は、私たちは、疲れていたのか、あっという間に寝てしまいました。この日に見た夢は、子供たちと楽しく遊んだ夢でした。


 それからも私は、学校では先生として、家では、天使くんとアクマちゃんの

保護者として、楽しい毎日でした。私が、妖怪学校に赴任して、もうすぐ一年です。

子供たちは、ひらがなの読み書きは出来るようになったし、算数も簡単な足し算と引き算もできるようになりました。

給食は、妖怪商店街の皆さんの御厚意で、毎日、おいしい食材を譲ってもらって

私も子供たちも同じものを食べられるようになりました。それを調理してくれる、八つ手女さんにも感謝です。

 体育は、カラス先生が担当でも、私も手伝うようになりました。

相変わらず、子供たちの体力には付いていけないけど、楽しい授業には変わり

ありませんでした。

 音楽も天狗先生が作った歌を私も歌えるようになりました。

そして、私が知ってる童謡なども子供たちと歌うこともありました。

 こうして、楽しい毎日が過ぎていったのです。お泊り会のときに天狗校長の

言葉を忘れずに毎日を笑顔と笑い声が耐えないように、子供たちと楽しい

学校生活を送っていました。

 そんな時、事件が起きました。その日も、いつものように、国語の授業を

送っていたときです。

「牧村先生。授業中に、すみません。すぐに子供たちを非難させて下さい」

「ハイ?」

 いきなり教室に乱入して来た天狗校長に、驚いて思わず聞き返すことしか

出来ませんでした。

でも、あの天狗校長が、慌てふためいている様子に、ただ事ではないことが

わかりました。

「あの、どうしたんですか?」

「赤鬼先生が来るんです」

「赤鬼先生?」

 その名前を聞いて、どこかで聞いたことがある気がしました。でも、すぐには思い出せませんでした。

「牧村先生は、カラス先生と子供たちを守ってあげて下さい。私が大団扇を取りに行ってくるまで、時間を稼いで下さい」

「ハ、ハイ、わかりました」

 そう言われても、どうすればいいのかわかりませんでした。

天狗校長が出て行くと、代わりにカラス先生がやってきました。

「牧村先生、子供たちを一箇所に集めて。いいですか、何があっても、教室から出ないでくださいよ」

「ハイ、わかりました」

 いつものカラス先生とは思えないくらい、真剣な表情をしているので、私も

緊張しました。

「みんな、こっちに集まって。大丈夫だからね。先生がいるから、安心して」

 見ると、子供たちも不安な顔をしていました。女の子などは、震えています。

「大丈夫。私が守ってあげるから」

 私は、子供たちを抱きしめました。いったい、これから何が起きるのか、私にはわかりません。

それでも、子供たちに危険が及べば、私は、先生として、命に代えても守らないといけません。

 そのとき、外から、大きな男がやってきました。

それは、まさに、赤鬼でした。

全身が赤く、虎柄のパンツを履いて、真っ赤な顔にモジャモジャの茶色い髪、

そこから2本の角が生えています。

目が大きく、その目で睨まれると、怖くて腰が抜けそうでした。

そして、口からはみ出る鋭いキバを見ると、子供じゃなくても震えてきます。

 そうか、これが、あの時、天狗校長が言った、私の前任者の赤鬼先生なのかと、気が付きました。

「出てこい、天狗。子供たちを渡せ。俺が、もう一度、鍛え直してやる」

 ものすごい大きな声でした。アレが、子供たちを不安にさせていた、笑顔を

取り上げた、赤鬼先生なのか。私は、怖くて緊張していました。

でも、子供たちから笑顔を取り上げた、あの前任者が許せませんでした。

「赤鬼先生、帰ってくれ。ここは、アンタの来る場所じゃない。帰ってくれ」

 外で、カラス先生が言いました。

「やかましい、カラス天狗なんかに用はない。噂じゃ人間がいるようだな。

そいつを出せ。俺が、食ってやる」

 赤鬼先生が次第にイライラして来て、私の事を言い出しました。

「いいから帰れ。もう、あんたは、先生じゃないんだ」

「うるさい! 子供たちを出せ。俺が、鍛え直してやる」

「そんなことは出来ない」

「出来ないなら、力づくでももらっていく」

「そんなことはさせるか。ここから先は、一歩も入れないぞ」

「カラス天狗ごときになにが出来る」

 そう言うと、赤鬼先生は、学校の中に足を踏み入れました。

カラス先生が、羽を使って空に飛び上がると、持っている天狗棒で赤鬼先生に

襲い掛かります。

しかし、カラス先生よりも数倍大きい赤鬼先生は、片手であっさり跳ね除けました。

それでも、カラス先生は、子供たちのために必死に赤鬼先生に立ち向かいます。

 私は、その様子を見ているだけで、震える子供たちを抱きしめるしかありませんでした。

カラス先生は、何度も地面に叩きつけられて、傷だらけになっていきます。

それでも、立ち上がって、赤鬼先生に立ち向かっていきました。

 そして、赤鬼先生に捕まった、カラス先生は、背中の羽をもぎ取られて、地面に墜落してしまいました。力尽きたのか、倒れたまま動けません。

「みんなは、ここから出ちゃダメよ。わかったわね」

 私は、子供たちに言い聞かせると、教室から走って外に出ました。

「カラス先生、大丈夫ですか?」

「牧村先生……出てきちゃダメだ。子供たちを……」

 羽を千切られて、背中から血が流れていました。顔や体も傷だらけでした。

私は、怖く手足が震えていました。それでも、カラス先生がやられた今となっては、私しかいません。

「赤鬼先生、もう、やめて下さい」

 私は、カラス先生の前に立ちはだかって、両手を大きく広げて言いました。

見上げるくらい大きな巨体の赤鬼先生でした。自分でもわかるくらい、足が

震えていました。

「なんだ、お前は?」

「私は、この学校の教師です」

「すると、お前が、人間の先生か」

 私は、黙って頷きました。

「そうか、お前か。お前が、子供たちを腑抜けにしたのか」

「そうじゃないわ。あの子たちは、今は、毎日、楽しく勉強しているだけよ」

「ふざけるな。なにが、楽しく勉強だ。そんなもの、バケモノや妖怪には、

関係ない。厳しい躾が必要なんだ」

「そうかもしれない。あなたのいうこともわかるわ。でも、あの子たちは、

まだ、子供なのよ。厳しさや躾より、楽しいことが優先なの。学校の楽しさ、

友だちと遊ぶこと、それのが大事なのよ」

「人間のお前になにがわかる。あいつらは、人間じゃないんだ」

「人間も妖怪も関係ないわ。子供たちから笑顔を奪ったあなたに、この学校の

教師になる資格はないわ」

「もう一度言ってみろ。貴様から食ってやる」

 そう言うと、大きな赤い手が私に襲い掛かってきました。

私は、両手で頭を覆って、目を閉じました。

ガシッという大きな音がして、ゆっくり目を開けると、カラス先生が私を庇っていました。

「牧村先生…… 早く、逃げて……」

「カラス先生!」

「早く……」

 私がその場から転がるように逃げると同時に、カラス先生が大きな腕の下敷きになってしまいました。

「あっ」

 私は、思わず顔を背けました。

「次は、お前だ。俺が、子供たちを鍛え直して、立派なバケモノにしてやる」

 私は、怖くてこの場から逃げ出したくなりました。

だけど、カラス先生は、命をかけて私を助けてくれました。

私がやられたら、子供たちはどうなるの? こんな先生に、子供たちを渡しちゃ

いけない。私は、顔を上げました。

「子供たちは、あんたなんかに渡さない。アンタみたいな鬼に、先生の資格

なんかないわ」

「言ったな、人間。食うより先に、踏み潰してやる」

 赤鬼先生は、そう言うと、私を睨みつけました。でも、私も負けません。

その目を睨み返してやりました。

その時です。教室で震えていた子供たちが全員出てきたのです。

「待てぇ!」

「美久センセに、なにするんだ」

「お前なんか、先生じゃない。帰れ!」

「そうだ、帰れ、帰れ」

「ぼくたちの美久センセに手を出したら、許さないぞ」

 小さいあの子たちが、私の前に立ちはだかりました。

弱虫のカカシくんも、臆病な傘バケくんも、背が低くていつも転んでばかりの

カワウソくんも余り人の輪に入らない幽子ちゃん、霊子ちゃんも、バケ猫ちゃんと犬男くんは、四つん這いでキバを剥いています。

キツネくんとろくちゃんが長いシッポと首で、私を守ろうとしていました。

「あたしたちの先生は、美久先生だけよ」

 雪子ちゃんがはっきり言いました。あの河童くんまでが、震える足を我慢

しながら赤鬼先生に向かっています。

「あたしの美久センセに、手を出したら、許さないからね」

 人魚ちゃんが怒ったように言いました。

そんな子供たちを見て、私は、子供たちを制して、前に出ました。

「みんな、ここは大丈夫だから。危ないから、向こうに逃げていよう」

「イヤよ」

 アクマちゃんがきっぱり言いました。

「もう、逃げないって、みんなと約束したんだもん」

 天使くんが言いました。

「ダメよ。キミたちは、私の大事な生徒だから、かすり傷一つつけたりしない。赤鬼先生、見てください。

あなたの生徒は、こんなに立派になったんですよ。これでいいでしょ」

「うるさい!」

 赤鬼先生の大きな手が私を一気に吹き飛ばしました。

「美久センセーっ!」

 倒れこんだ私に子供たちが駆け寄ります。

「これくらい平気よ。私は、先生だもん。あんなやつに負けないから」

 私は、ヨロヨロと立ち上がると、赤鬼先生を睨みつけました。

「人間、貴様などに、妖怪の教師など出来てたまるか」

 頭の角がピカッと光ると雷が私に落ちました。

「キャアーっ」

 私は、悲鳴とともにその場に倒れました。

服のところどころが焦げて穴が開いて、髪が焦げていました。

「美久先生」

 子供たちが私を助け起こします。

「今、冷やしますからね」

 雪子ちゃんが口から雪を吹いて焦げた私の体を冷やします。

人魚ちゃんとカワウソくんが口から水を吹いて、真っ赤になった手足を冷やしてくれました。

「大丈夫。先生は、あんなやつに負けたりしないから。私は、先生だから、

みんなを守って見せる」

 私は、フラフラしながら立ち上がりました。でも、足に力が入りません。

膝から崩れそうになるのを、アクマちゃんが抱きとめました。

「美久センセ、しっかりして」

「アクマちゃん……」

「バカね、人間なのに、鬼に勝てるわけないじゃない」

「でも、私は、先生だから……」

「あたしたちなんか放って、逃げればいいのに」

「そんな事……出来るわけないでしょ。それが、先生なんだから」

 そう言って、アクマちゃんから手を離して、必死で立つと、赤鬼先生に歩き

ました。

「お願い、子供たちに手を出さないで。私の大事な宝物なの。この子たちの笑顔を奪わないで」

「笑顔など、関係ないわ」

 そう言って、今度は、大きな足が私を踏み潰そうとしました。

私は、両手を広げて、決して、目を反らさず、赤鬼の足の裏を見詰めていました。

そのとき、一陣の突風が吹いて、赤鬼が後ろに倒れたのです。

唖然とする私の前に降り立ったのは、天狗校長でした。

「遅くなりました。牧村先生、もう、大丈夫ですよ。よく、がんばりましたね」

「校長……」

 私は、そう言ったきり、膝から崩れ落ちました。

「みんな、牧村先生とカラス先生を助けるんだ」

「ハイ」

 そう言うと、子供たちが倒れているカラス先生を助け起こします。

私は、雪子ちゃんやアクマちゃんの肩に手を置いて何とか立ちました。

「赤鬼先生、この子たちを見ましたか。こんなに強くなったんですよ。あなたのおかげです。だけど、先生を思う気持ち、仲間を思う心、それは、ここにいる、牧村先生が教えたんです。もう、ここには、あなたの居場所はない。帰ってください」

「うるさい、黙れ! こいつらは、弱いんだ。ここにいるのは、みんな弱い妖怪

なんだ。もっと強く鍛えないと人間に勝てない。この世界で生きていけない。

俺は、それを教えるんだ」

「赤鬼先生、それは、間違っていますよ。それに気がつかないあなたは、もう、教育者ではない。あなたは、この子たちの顔をちゃんと見ていますか。あなたの目は、節穴のようですね」

「なんだと!」

 赤鬼先生は、顔をさらに真っ赤にして目を吊り上げ、大きな腕を天狗校長に

振り下ろしました。

「まだ、わかりませんか」

 しかし、天狗校長は、その手を簡単に受け止めたのです。

「赤鬼先生、もう、先生とは呼べませんね。あなたは、教師失格です。この子たちは、強くなりましたよ。それは、この牧村先生のおかげです」

「うるさい、人間風情になにが出来る。なにがわかる」

「わかりますよ。人間も妖怪もバケモノも、幽霊だって、オバケだって、変わりないはずです。それを教えてくれたのは牧村先生なんです。だから、もう、

あなたは必要ない。これ以上、この子たちと牧村先生に手を出すようなら、

校長の私が許しませんよ」

「おのれ!」

 そう言って、天狗校長を踏み潰そうとしました。

「言ってもわからないとは、残念です」

 そう言うと、天狗校長は、大団扇を一回、二回と大きく仰ぎました。

すると、突風が起きて、大きな体の赤鬼先生は、あっという間に空中高く舞い

上がり、竜巻に飲み込まれ空の彼方に飛んでいってしまいました。

 学校に静寂が戻ってきました。ウソのように静かになりました。

「牧村先生、遅くなってすみませんでした。もう、安心して下さい」

「子供たちは……」

「大丈夫ですよ。みんな、元気ですよ。牧村先生のおかげです。立派でしたよ」

 それを聞いて、私は、やっとホッとして、そのまま気を失ってしまいました。

気が付いたときは、保健室で寝かされていました。

 目が覚めると、子供たちの顔がそこにありました。

「美久先生が気がついたジョ」

「美久センセ、大丈夫?」

 子供たちの声を聞いて、気が抜けた気がしました。

私は、ただ頷くしかできませんでした。でも、子供たちに怪我がなくてよかった。

私は、体を起こして、子供たちの無事な姿を見て、涙を我慢できませんでした。

「ごめんね。私がこんなに弱くて」

「そんなことないわ。美久センセは、強いわよ。人間て、たいしたものね」

 アクマちゃんは、そう言うと、なぜだか、アクマちゃんも泣いていました。

「美久センセ……」

 そう言うと、私に抱きついてきました。

アクマちゃんのそんな姿を見たのは、初めてでした。私は、そんなアクマちゃんを思い切り抱きしめます。

すると、他の子供たちも私に抱きついてきました。

「美久先生……」

 みんなが私の無事に喜んでくれました。それが、心に沁みて、うれしくて涙が止まりません。

「牧村先生、妖怪の俺なんて、足元に及ばないね」

 包帯だらけのカラス先生が私を見下ろして言いました。

「カラス先生、お怪我は?」

「俺なら、もう、平気です」

「でも、羽が……」

「これですか?」

 そう言って、片翼を千切られたカラス先生が背中を見せます。

そこは、包帯が何十も巻かれていました。痛々しくて、見ていられません。

「俺は、これでも妖怪カラス天狗ですよ。羽なんて、すぐに生えてくるから心配なく」

「カラス先生、私、もっと強くなりたい。子供たちを守りたいです」

「何を言ってるんですか。牧村先生は、この学校の中で、誰よりも強いですよ」

「そんな……」

 私が絶句していると、包帯先生が言いました。

「ほらほら、みんなは、教室に戻って。牧村先生は、ゆっくり寝てないといけないんですよ」

 そう言って、子供たちは、ぞろぞろと教室に戻っていきました。

「牧村先生、あなたは、この学校になくてはならない先生です。あなたは、

この学校と子供たちを変えた素晴らしい先生なんです。それは、あの子たちを見れば、私にもわかりますよ。あなたは、強い。カラス先生の言うとおり、あなたは、子供たちを思う気持ちは、誰よりも持っている。強さでもあるんですよ」

 包帯先生は、私を寝かしながら言いました。

頭に包帯を巻いて、顔にもバンソーコーだらけの顔で聞いていました。

「傷は、大したことはありませんよ。しばらくすれば、消えるから安心して下さい。あなたに傷を残すようなことをしたら、あなたをここに推薦した、ご両親に申し訳がない。私を信じて、すべてを任せて下さい」

 包帯先生は、優しく言いました。私は、なんて素晴らしい人たちに恵まれているんだろう。

この学校の先生たち、子供たち、この学校にきて、ホントによかった。

私は、心からそう思いました。

「あらあら、牧村先生、大丈夫ですか? お食事召し上がれますか?」

 八つ手女さんが食事を持ってきてくれました。

「すみません、八つ手さんにも心配かけて」

「いいえ、私なんて、見てるだけで何も出来ませんでしたから。これくらい

させて下さい」

 八つ手女さんの優しい心遣いに感動しました。

「カラス先生も、これを食べて元気を出して下さい」

 そう言って、カラス先生にも食事を出します。

「心配しないでね。ちゃんと、牧村先生にも食べられるものですよ。あたし特製の元気が出るお食事です。一口だけでも食べてください」

 それは、お粥でした。私は、一口食べると、とてもおいしくて、元気が出そうです。

「それだけ食欲があるなら、もう大丈夫でしょう。ゆっくり寝て下さい」

 包帯先生は、そう言って、私に毛布をかけてくれました。

私は、言われるとおり、横になりました。早く傷を治して、また、みんなと勉強がしたい。

みんなと楽しく遊びたい。私の正直な気持ちでした。

 すると、保健室の窓の外から、大勢の声が聞こえてきました。

「女先生ーっ」

「元気か」

「ケガをしたって」

「精が出るものを持ってきたぞ」

「ケガをしてるなら、この薬を使え」

 窓の外には、妖怪商店街の皆さんたちが大勢きていました。

手には、たくさんの食べ物を持って、私のお見舞いにきてくれたのです。

 みると、あの時、お世話になった妖怪の人たちの顔が見えました。

砂かけさん、死神さん、お歯黒さん、うぶめさん、とうふ小僧くん、そのほか、たくさんの妖怪が窓から覗いています。

「皆さん、ご心配をおかけしました」

「お前さんに、もしものことがあったら、妖怪商店街の名折れじゃからな」

「あんたは、死ぬにはまだ早すぎる。この死神が言うんだから、間違いない」

「これは、わしが釣ってきた、鮎じゃ。これを食べれば、怪我なんてすぐに治るぞい」

 ヤマメ師匠が窓から取れた手の鮎を差し出します。

それだけではありません。なんと、子供たちの親御さんたちが、現れたのです。

 シッポが九本に分かれた、巨大なキツネ。あのキツネくんのお父さんでした。

他に、一目でわかる、大人の一つ目くんのお父さん、三つ目くんのお母さん。

狼男のような犬男くんのお父さん、何メートルも首が伸びている、ろくちゃんのお母さん。バケ猫ちゃんをそのまま大人にしたようなお母さん。

また、河童が大勢集まったのは、河童くんの一族なのでしょう。

 こんなにたくさんの人に心配されて、私は幸せ者です。私は、言葉になりませんでした。

「皆さんの気持ちは、牧村先生には、通じています。安心して、今日のところは、お帰り下さい」

 天狗校長が私を気遣って言いました。

「こら、天狗。その先生を元に戻さなかったら、わしが許さんからな」

 砂かけさんがそう言って、引き上げていきました。

「牧村先生、あなたは、すごい人ですね。子供たちだけでなく、あのような大人の妖怪たちの心までも変えた。あなたは、素晴らしい人です。これからも子供たちのために、この学校のために、お願いしますよ」

「ハイ、もちろんです」

 私は、はっきり言いました。私の気持ちは変わりません。これからもずっと、ここにいると……

この学校にきてホントによかった。なんだか、清々しい気分になりました。

 その後も、帰るまで、入れ替わり立ち代り、子供たちが私の様子を見に来ました。

人魚ちゃんと雪子ちゃんは、私の擦り傷だらけの足に、薬を塗ってくれました。

傘バケくんとカカシくんは、包帯を取り替えてもくれました。

霊子ちゃんと幽子ちゃんは、背中を摩ってくれました。

カワウソくんと河童くんは、今日の授業で習ったところを話してくれました。

バケ猫ちゃんは、私を元気付けるために、校歌を歌いにきてくれました。

犬男くんとキツネくんは、私の破れた服を縫って直してくれました。

 私は、そんな子供たち一人ひとりに声をかけて、優しく頭を撫でてあげました。

私には、子供たちの気持ちが痛いほどわかりました。最初は、妖怪とか、

バケモノとか、オバケとか見た目で判断してた自分が、情けなくなりました。

それなのに、いっしょにいるうちに、みんな優しい子供たちだということが

わかりました。人間だとか、妖怪だとか、関係ありません。

みんな私の大事な子供たち。愛する生徒たちなのです。私が、先生になって、

初めての生徒たち。

この子たちをいつまでも、見守っていたいと思いました。


 そして、夕方になって、下校の時間となりました。

子供たちは、私にさよならを言いにきました。

「明日は、ちゃんと、授業するからね」

「大丈夫だって、美久センセ、無理するなジョ」

「そうよ、ゆっくり治した方がいいと思うわ」

「でも、みんなと授業している方が、元気が出るのよ」

 私は、笑顔でそう言いました。

子供たちが名残惜しそうに帰っていくと、最後に残った、天使くんと

アクマちゃんです。

「迎えにきたわよ」

 アクマちゃんがそう言って、保健室に着ました。

「ちょっと待ってて、着替えてくるから」

「美久先生、大丈夫?」

「大丈夫よ。ありがとね、天使くん」

 私は、つい立まで歩いて、着替えを済ませました。

そして、天使くんとアクマちゃんに付き添われて、帰宅することになりました。

「牧村先生を頼みますよ」

 天狗校長に言われて、天使くんとアクマちゃんは、大丈夫と手を振って答えました。

こうして、三人で帰宅しました。

「夕食を作らないとね」

 私は、そう言って、キッチンに立とうとすると、アクマちゃんが言いました。

「今日は、あたしたちで作るわよ」

「平気よ。食事くらい作らないとね」

 私は、そう言って、椅子から立とうとすると、天使くんが言いました。

「いいから、美久お姉ちゃんは、座っててよ。大丈夫だから」

「でも、……」

「美久ねぇは、黙って見てて。味の保証はしないけどね」

 アクマちゃんは、そう言って、冷蔵庫の中から残っている食材を取り出しました。

天使くんとアクマちゃんは、二人で相談しながら、出来た料理は、ハムエッグと豆腐のお味噌汁。昨夜の残り物の肉じゃがでした。

「ありがとうね」

「別に、いつも美久ねぇを見てれば、わかるわよ」

「それじゃ、いただきます」

 私は、二人に感謝してご飯を食べました。

味なんて関係ありません。二人が私のために作ってくれた料理です。

おいしいに決まってます。

この日の夕食は、永遠に忘れない味になりました。

「アクマちゃん、さっきは、ありがとね」

「なんのこと?」

「私を強いって、褒めてくれたじゃない」

「ちょっと、見直しただけよ」

 アクマちゃんは、そう言って、ご飯を口に運びます。

「だから、ありがとうって言ったのよ」

「美久ねぇがいなくなると、みんなが困るだけよ」

 アクマちゃんは、素直じゃありません。さっきみたいに、素直に泣きたいときは、泣いた方が子供らしいのに……

「でも、美久お姉ちゃん、カッコよかったよね」

「そうかしら?」

「ぼくは、美久お姉ちゃんのこと、すごくカッコよく見えたもん」

「天使くん、ありがとね」

「美久お姉ちゃんのこと、大好きだよ」

「私も天使くんの、大好きよ。アクマちゃんもね」

 そう言って、笑いかけても、アクマちゃんは、何も言ってくれません。

その方が、アクマちゃんらしいんだけど。

 その日のお風呂は、傷だらけの体には、ちょっと沁みました。

それも、先生としての勲章と思うようにしました。

「お風呂から上がったら、薬を塗ってあげるから」

 アクマちゃんが背中を向けたまま言いました。

「うん、ありがとね」

 私は、そんなアクマちゃんの後姿に話しかけます。

何も言わないけど、湯船から黒くて細長いシッポが顔を出して、ゆらゆらして

いました。照れ臭いのかもしれません。そんなところが、アクマちゃんの可愛いところです。

「美久お姉ちゃん、痛くない」

「ちょっとね。でも、大丈夫よ」

 そう言うと、天使くんは、傷がついた腕を優しく撫でてくれました。

「ぼくにもっと、力があれば、治せるのにね」

「いいのよ。気にしないで」

 私は、天使くんの白い髪を撫でました。

お風呂から出ると、私は、ベッドに寝ると、アクマちゃんは、足に包帯先生からもらった薬を塗ってくれました。

「包帯先生は、アレでも、名医だから、明日には治るはずよ」

 アクマちゃんは、そう言って、私の足を摩ってくれました。

天使くんは、そばで心配そうに見ています。

「ハイ、もういいわよ」

「ありがとね、アクマちゃん」

「別に。美久ねぇには、早く元気になってもらわないと困るだけよ」

 それにしても、娘の私がこんな状態なのに、パパもママも何一つ連絡して

こないのが、ちょっと納得いきません。

今日のことを知らないのかもしれません。私も話してないし、天狗校長が話しているのかはわかりません。

「それじゃ、寝ようか」

 私は、そう言って、ベッドに入ると、いつものように、二人分の隙間を

空けました。

「今日は、こっちで寝るから」

「美久お姉ちゃん、おやすみなさい」

 そう言って、二人は、床に敷いたままのふとんに潜り込みました。

「いっしょに寝ようよ」

 私は、そう言って、二人を誘いました。

「今夜は、一人でゆっくり寝たほうがいいわよ」

「そうだよ。美久お姉ちゃんは、怪我してるんだから」

 こんなときとはいえ、子供に気を使わせてしまうことに、自分は、許せませんでした。

「それじゃ、私も、そっちで寝ようかな」

「ダメよ。今夜は、一人で寝るの。それとも、一人じゃ寝られないの? 大人なのに……」

 そう言われると、返す言葉がない。

「わかったわ。それじゃ、おやすみ」

 私は、そう言って、背中を向けて目を閉じました。

毎晩、三人で寝るようになってから、初めての一人寝でした。

狭いながらも三人で体をくっつけあって寝るのが、当たり前なのに、今夜は、一人です。

なんだか、いつものベッドが広く感じました。なんだか、いつもみたいに、

すぐに寝られそうにありません。

体を反対に向けると、ふとんに包まって、仲良く寝ている二人が目に入りました。

二人の寝顔が、今日は、遠く見えました。正直言って、淋しかったのです。

「やっぱり、三人で寝たいな……」

 私は、聞こえないように、呟いてみました。

私の方が、子供なのかもしれません。でも、それが一番安心して寝られるのも

事実でした。

「どうしたの?」

 そのとき、アクマちゃんがこっちを向いて小さな声で言いました。

「あっ、イヤ、別に……」

 私は、ふとんを鼻まで隠して言いました。

「わかったわよ。ほら、アンタも寝られないんでしょ。あっちに行くわよ」

 アクマちゃんが言うと、寝ているはずの天使くんが、目を開けました。

天使くんもアクマちゃんも、寝られなかったのです。

二人は、起き出すと、いつものように、私のベッドに入ってきました。

「やっぱり、美久お姉ちゃんと寝る方がいい」

「まったく、あんたは、子供ね。そんなんじゃ、神様になれないわよ」

「いいもん。ぼくは、美久お姉ちゃんといる方がいいもん」

 そう言って、私に抱きついてきます。天使くんが、可愛すぎて、私もしっかり抱きとめます。

「美久ねぇも、子供なのね」

「いいじゃない、子供でも。三人で寝るほうが、いいでしょ」

「まぁね」

 アクマちゃんは、そう言って、少し笑いました。

天使くんは、安心したのか、私の腕に絡まったまま、あっという間に寝てしまいました。

「私ね、あの時、すごく怖かったの。でも、みんなを守らなきゃと思ったら、自然と足が動いてたのよ」

 私は、昼間の事を正直に話してみました。

「ホントは、私は、すっごい弱虫なのよ。それに、何の力もない人間だもん。

どうやっても、勝てるわけないのにね」

「そんな事ないわ。美久ねぇは、強いから」

「強くなんかないわよ」

 私が言うと、アクマちゃんが小さな声で言いました。

「あたしね、人間て嫌いだった。先生になるのが、人間て聞いたとき、あの学校を辞めようと思ったの。だから、先生を困らせて、辞めさせようと思ったの。でも、美久ねぇを一目見て、そんな気なくなったのよ」

「どうして?」

「美久ねぇなら、この学校を変えてくれると思ったから。あの子たちを掬ってくれると思ったから」

 私は、そんなことを思っていたのかと、驚いて返事が出来ませんでした。

「どうして、人間のことが嫌いなの?」

 なぜか、そんなことを聞いていました。

「人間て、妖怪とかバケモノを差別するから」

 私も最初は、差別をしていた。外見で判断していた。私は、アクマちゃんに

非難されても仕方がないのだ。

「でも、美久ねぇは、そうじゃなかった。あたしたちを守ってもくれたし、遊んでもくれた。勉強を教えてもくれた。今も、あたしを抱いてくれているじゃない。だから、あたしは、美久ねぇのことを信じることにしたの」

「そうなんだ。ありがとうね。信じてくれて」

「そんな人間、初めてだった。あの赤鬼先生は、人間は、悪いやつだと言ってたし、みんなそれを信じてたのよ。でも、美久ねぇは違った。あたしたちに優しくしてくれた。だから、美久ねぇを信じることにしたの」

「アクマちゃん、優しいね」

 私は、そう言って、黒いきれいな髪を撫でました。

「あんまりしゃべると、天使くんが起きちゃうから、もう寝ようか」

 私は、そう言って、目を閉じました。でも、眠れません。アクマちゃんの話を聞いて、実は、胸が熱くなってホントは泣きそうになりました。

でも、先生として、グッと涙をこらえました。

私がしたことは、間違っていなかった。アクマちゃんを通じて、あの子たちの

本当の気持ちを聞けてよかった。

 明日からもがんばろう。みんなと仲良く、楽しく勉強して、笑顔で学校に行くんだ。私は、そう誓って、眠りに落ちていきました。

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