第5話 妖怪商店街

 そして、翌朝。私が目が覚めると、左右にいたはずの天使くんとアクマちゃんがいません。私は、ハッとして、一瞬で目が覚めました。

それから、急いでベッドから起きて、二人を探します。

床に敷いてあるふとんにはいません。二人が使っていた枕は、ベッドにありました。

「どこ行ったの?」

 私は、一階に駆け下りました。

「おはようございます。美久お姉ちゃん」

「遅いわね、美久ねぇ」

 私は、ビックリして、声も出ませんでした。二人は、私より先に起きて、

一階のキッチンにいました。

しかも、よく見れば、やかんでお湯を沸かしていました。

「お、おはよう…… 二人とも、早いわね」

 私の方が、朝からダメダメです。

「えっと、なにしてるのかしら?」

「お湯を沸かしてるのよ。見れば、わかるでしょ。人間は、朝は、お茶を飲む

んじゃないの?」

 アクマちゃんが冷静に言いました。そうだけど、どうして……

「危ないから、私がやるわよ」

「平気だよ、美久お姉ちゃん。ぼくは、天使だもん」

 天使くんは、そう言って笑いました。口元から見える白い歯が、朝から眩し

すぎます。

「そ、それじゃ、パンを焼こうかな」

 私は、そう言って、キッチンの棚からパンを探します。そのとき、トースターから音がしました。

「もう、出来るわよ。その前に、顔でも洗ってきたら、美久センセ」

 アクマちゃんが皮肉っぽく言いました。だけど、その通りなので、何も言い

返せません。私は、黙って、洗面所に行って、顔を洗って、歯を磨きました。

キッチンに戻ってくると、お皿に焼けたパンとコーヒーがありました。

「後は、自分で好きにやって」

 アクマちゃんは、そう言うと、椅子に座りました。

「いただきます」

 天使くんとアクマちゃんは、二人で声を合わせて、手を合わせました。

二人は、パンを食べながら、冷蔵庫にあったオレンジジュースを見つけて、

コップで飲んでいました。二人の適応能力に、私は、唖然としてしまいました。

「どうしたの? 食べたら」

「う、うん、いただきます」

 私は、そう言って、バターをパンに塗って、自分でコーヒーを入れました。

なんだか質素な朝食でした。せめて、ハムとか卵とか焼けばよかった。

「あなたたちに朝食を作ってもらうなんて、思わなかったわ。ありがとうね」

 私は、素直にお礼を言いました。こんなことじゃ、先生失格と言うより、

大人失格です。

「毎日じゃないから、気にしないでいいのよ」

「美久お姉ちゃん、人間のゴハンて、おいしいね」

「そう、よかったわね。明日は、私が、作るからね」

「うん、楽しみにしてる」

 天使くんは、相変わらず素直ないい子です。このまま成長してもらいたい。

そして、朝食を食べ終わると、せめて後片付けくらいと思って、私がやりました。

二人は、登校の準備に着替えて、ランドセルの用意をしています。

私も急いで着替えて、軽くメイクして、髪をとかします。

 そのとき、あることを思いつきました。

「アクマちゃん、ちょっと、ここに座って」

 私は、そう言って、アクマちゃんに椅子を勧めました。

素直に座ると、私は、アクマちゃんの髪にブラシをかけながら言いました。

「今日は、三つ編みしてみない?」

「三つ編み? なにそれ」

「アクマちゃんの髪は、きれいだから、もっと、可愛くするのよ」

 そう言って、アクマちゃんの髪をブラシで漉きながら、三つ編みにして

いきました。

その様子を天使くんは、目をキラキラさせながら見ています。

「アクマちゃん、可愛いよ。ぼくも三つ編みしたいなぁ」

「天使くんは、短いから、出来ないわね」

 そう言うと、天使くんは、すごく残念そうな顔をしました。

そして、五分ほどで三つ編みが完成しました。

「ほら、見て」

 私は、鏡を見せました。アクマちゃんは、鏡を見ながら、顔を右や左に向けています。

「気に入らなかったら、解くから」

「別に、いいんじゃない」

 アクマちゃんは、そう言って、まんざらでもない顔をしました。

よかった、気にいってもらえなかったら、どうしようと、心の中で心配でした。

「それじゃ、学校に行こうか」

「うん」

「ピーちゃん、行ってきます」

 私がインコのピーちゃんに言うと、天使くんとアクマちゃんは、軽く手を

振ります。ピーちゃんも、それがわかったのか、いつものようにさえずり

ながら、私たちを見送りました。


 私は、二人と手を繋いで、坂道を登ります。

「今日から、美久お姉ちゃんといっしょなんだね」

「そうよ。でもね、学校では、先生って言わなきゃダメよ」

「は~い」

 天使くんは、今日も元気がいいです。

アクマちゃんは、三つ編みが気になるのか、しきりに空いている手でお下げの

三つ編みを触っています。

でも、口元は、緩んでいるようで、決して、気に入らない様子ではありません

でした。

 山の上に着くと、祠から中に入ります。すぐに妖怪学校が見えます。

「さぁ、着いたわよ。先に教室に行っててね」

「ハイ、美久先生」

 天使くんは、元気に返事を返してくれました。

でも、アクマちゃんは、振り返らずに黙って、教室に行くだけでした。

気難しいのかなと、思いながら私は、職員室に入りました。

「おはようございます」

「おはよう」

 私は、中に入ると同時に、朝の挨拶をします。

カラス先生と天狗校長も機嫌がよさそうに返事をしてくれました。

「さて、今日もよろしくお願いします」

「ハイ」

 私は、自分の席について、子供たちに負けずに元気に返事をしました。

がんばらなきゃ。私は、自分にカツを入れました。

「今日の二時間目はなんでしたっけ?」

 天狗校長が言いました。私は、机の引き出しから、時間割のコピーを取り出して確認します。

「今日の二時間目は、国語です」

「国語ですか。まぁ、いいでしょう。今日の二時間目は、健康診断の時間になるので、子供たちを保健室まで案内して下さい。後は、包帯先生がやってくれる

ので、指示に従ってください。子供たちが騒ぎ出すと思うので、牧村先生は、

注意して下さいね」

「ハイ、わかりました」

 とは言うものの、健康診断て何をどうすればいいのかしら?

相手は、妖怪やバケモノ、オバケや幽霊です。健康診断なんて必要なのか少し

疑問です。

 とにかく、私は、出席簿を持って、教室に行きました。

教室の中からは、早くも子供たちの声が聞こえました。そっと、耳を澄ませると、こんな声が聞こえました。

「アクマちゃん、それなに?」

「三つ編みって言うのよ」

「可愛いね。あたしもやってよ」

「美久センセがやってくれたのよ」

「あたしもお願いしてみようかな」

 アクマちゃんと女の子たちの声が聞こえました。

どうやら、三つ編みは、受けているようで安心しました。

「アクマちゃんは、それのが可愛いよな」

「うん、俺もそう思うジョ」

「そうかなぁ…… ぼくは、いつもの方が好きだけどなぁ」

 男の子たちの間では、賛否あるようでした。

でも、アクマちゃんは、まんざらじゃないようで、ホッと一安心です。

「みんな、席について」

 私は、扉を開けて言いました。子供たちは、それぞれ自分の席に着きます。

「美久先生、おはようございます」

「ハイ、おはようございます」

 私たちは、いつものように朝の挨拶を交わします。

そして、一人ずつ、出席を取ります。

「一つ目くん」 

「ハイ」

「三つ目くん」

「ハイ」

「雪子ちゃん」

「ハイ」

「カワウソくん」

「ハイ」

「ろくちゃん」

「ハイ」

 こうして、全員ちゃんと来ている事を確認します。

「今日は、二時間目は、健康診断なので、全員保健室に行きますからね」

「は~い!」

 子供たちは、今日も元気一杯です。

そんなこんなで、二時間目がやってきました。

「それじゃ、みんな、保健室に行きますよ」

 私は、子供たちを保健室に連れて行きました。

「失礼します」

 そう言って、保健室のドアを開けて中に入りました。

「どうぞ、それじゃ、男の子からやりましょうか」

 包帯先生が言いました。とは言っても、私は、どうすればいいのかわかり

ません。

「あの、服は、脱がせた方がいいですよね」

「大丈夫ですよ。牧村先生は、そこのカルテの記入をお願いします」

 そういわれて、慌てて机の上にあった、各自のカルテを取りました。

「それじゃ、一つ目小僧くん」

 まずは、一つ目くんからでした。健康診断と言っても、私たちが普通に

やってることと同じです。

身長、体重、歯の検査、視力検査などで、特に難しいものはありませんでした。

私は、言われた数字をカルテに記入します。

 しかし、子供が集まれば、賑やかになるのは、当然でした。

「ちょっと、静かにしなさい」

 私は、おしゃべりに夢中な子供たちに注意します。しかし、ちっとも言う事を聞いてくれません。

「静かにしないと、包帯先生に怒られますよ」

 私は、そう言って、注意を促します。

「大丈夫ですよ。慣れてますから」

 包帯先生は、目も口も包帯で見えないのに、なぜか、おっとりしてしました。

この包帯の下は、どんな顔をしているのか、私は、イケナイ想像をしてしまい

ました。

「次は、ろくろ首ちゃん」

 ろくちゃんは、首が伸びるので、身長は、どうやって測ればいいのでしょうか……

「首を伸ばさないで」

 やはり、首を伸ばそうとすると、注意されています。

「カワウソくん、背伸びをしないで」

 クラス一、背が低いカワウソくんは、つま先立ちをして注意されました。

「人魚ちゃん、尾ひれをちゃんと床につけて」

 人魚ちゃんは、尾ひれがあるので、足を床につけられませんでした。

「次は、体重を量りますよ。霊子ちゃんと幽子ちゃんは、ゼログラムですね」

 幽霊は、体重がないんだ。私は、0とカルテに書きます。

「天使くんは、もっと、食べた方がいいですね」

 見ると、天使くんの体重は、たったの20キロです。私の半分以下です。

「カカシくん、口を開けて。ちゃんと歯を磨いてますか? キミは、歯が2本しか

ないんだから、大事にしなさい」

 カカシくんは、上の前歯が2本しかないみたいです。

「バケ猫ちゃん、キバのお手入れしないと、骨を噛み切れなくなりますよ」

 バケ猫ちゃんは、歯ではなく、キバなんだ。ネコの妖怪だから、当然と

いえば、当然です。

「アクマちゃんは、とてもきれいな歯をしていますね」

 褒められても、アクマちゃんは、表情を変えません。

こうして、健康診断は、騒がしい中でも、なんとか終わりました。

「牧村先生、カルテの記入は大丈夫ですか?」

「ハ、ハイ、なんとかやりました」

「それじゃ、後で、まとめておいて下さいね」

 三時間目は、体育なので、カラス先生の担当です。その間に、私は、カルテをまとめることにしました。

しかしカルテを見ると、子供たちの結果は、驚くことばかりでした。

体重は、霊子ちゃんや幽子ちゃんのような幽霊は、そもそも体重がありません。

一番重くても、カワウソくんの30キロで、傘バケくんのように10キロもない子もいます。

 身長も一番背の高いカカシくんでも、120センチしかなく、ほとんどの子が、

1メートルもありません。カワウソくんが、50センチという、背の低さには、

正直、ビックリしました。

体格は、みんなバラバラなのです。それぞれの種族の違いなのかもしれません。

「どうしました?」

 職員室の机でカルテをまとめていると、ため息が出ました。それを見て、

天狗校長が話しかけてきました。

「あの、健康診断の結果なんですけど……」

 私は、そう言って、カルテニまとめた結果を見せました。

「こんなに差があって、大丈夫なんですか?」

「問題ありませんよ。だって、あの子達は、人間じゃないんですよ。あなたの

世界の子供たちと同じと考えては、いけませんよ」

「それは、そうなんですけど。あのままで、大丈夫なんですか? 大人になれるん

ですか」

「なれますよ。ただ、牧村先生のような、人間とは時間がかかるだけです」

 天狗校長にそう言われると、少し安心しました。そんな時に、お昼休みの

チャイムが鳴りました。


 お昼休みは、みんな楽しみの給食です。今日の献立は、週に一度の人間の

食べ物の日です。

私が考えて、八つ手女さんが作ってくれたものなので、この日だけは、私も子供たちと同じものが食べられます。そして、今日の献立は、カレーライス、ポテトサラダ、プリン、普通の牛乳です。

 いつものように、校歌をみんなで歌います。私もすっかり覚えました。

子供たちといっしょ歌いました。この時の一体感が、私は、とても好きでした。

「手を合わせてください。いただきます」

「いただきます」

 雪子ちゃんと三つ目くんの合図で、みんなで声をあわせます。

「なんだ、これ?」

「見たことないじょ」

「でも、おいしそうなニオイがするニャ」

 子供たちは、初めて見る人間の給食に、大興奮です。

そんな中、天使くんとアクマちゃんは、誰よりも先に口をつけて食べ始めます。

「まぁまぁね」

「とってもおいしいよ」

 アクマちゃんと天使くんの感想は、私も想定内です。

二人が食べるのを見て、他のみんなも食べ始めました。

「おいしいわ」

「うまいワン」

「早く食べて、お代わりもらうじょ」

 他の子供たちにも好評のようで、私は、うれしくなりました。

「美久先生、こんなおいしいものを、毎日食べてるんですか?」

 ろくちゃんが首を伸ばして、私に聞きにきました。

私は、一瞬、ビックリしたけど、冷静に答えます。

「そ、そうよ。でも、毎日じゃないけどね」

「あたしも人間に生まれたかったなぁ……」

 そう言いながら、首を戻すろくちゃんです。

「美久センセ、これは、どうやって作るんですか?」

 キツネくんが二つに割れたシッポをゆさゆさしながら聞いてきます。

「えっとね…… それは、八つ手女さんに聞いて下さい」

 正直言って、私が作るカレーライスより、断然おいしかった。

初めて作ったと言ってたのに、このレベルって、八つ手女さんは、ホントに

すごい。

「美久センセが作ったんじゃないの?」

「給食は、八つ手女さんが作ってくれるから、私は、作らないのよ」

 かなり苦し紛れのいいわけでした。人間の食べ物なのに、初めて作った、妖怪のがおいしいって、人として屈辱です。

でも、どうやっても、私には、これ以上の料理は作れません。

「美久センセ、これは、なんですか?」

「それは、プリンて言うのよ。甘くておいしいでしょ」

「あたし、これ、大好きです」

 雪子ちゃんはもちろん、女の子たちには、かなり好評でした。

私も一口食べてみると、どこかの高級レストランで出てくるような味わい

でした。

私は、てっきり、スーパーのプリンを出すのかと思ったけど、これも手作りなのでしょうか?

 結局、今日の給食は、すべて完食で、米の一粒残らず食べてしまいました。

「今日の給食は、一番おいしかったワン」

 犬男くんが、お皿までペロペロ舐めながら言いました。

「あら、あたし、食べ過ぎたかもしれないわ」

 人魚ちゃんが、体型を気にしながら、鱗が生えているお腹をさすります。

「おいしくて、目が落ちそうだったよ」

 三つ目くんが、三つある目を押さえながら言いました。

「これからも、人間の給食を食べたい人は、手を上げて」

「ハーイ」

「ハイ、ハイ」

 全員が元気よく手を上げました。

「それじゃ、これからも、たまにこんな給食を作るからね」

「たまにじゃなくて、毎日がいいわね」

 雪子ちゃんが言いました。

「う~ん、ホントは、そうしたいんだけどね。人間の食事って、高いから、毎日は無理みたいなのよ」

「え~っ、残念だなぁ……」

 クラス一の食いしん坊の、一つ目くんと三つ目くんが、顔を見合わせて

言いました。

「みんな、我慢してね」

「でも、美久先生だけ、人間の給食を食べるのは、なんかずるいニャ」

 そう言われると、返す言葉がない。

「ごめんね。私だけ人間で」

「だったら、美久センセも、妖怪になればいいのよ」

 雪子ちゃんが言いました。でも、それは、無理です。

「そんな事、出来るわけないでしょ。妖怪は妖怪、人間は人間なんだから」

 アクマちゃんが、食べたお皿を片付けながら言いました。

なんだか、いつもアクマちゃんに私は、助けられている気がします。

だけど、ホントは、すごく悔しくてたまりませんでした。私だけ、人間という

だけで、先生というだけで子供たちと違うなんて、特別扱いを受けているみたいで、決していい気はしません。

給食のことは、何とかしないといけないと思いました。

 お昼休みの時間を利用して、まずは、天狗校長に掛け合って見ます。

それでも、やっぱり、経済的なことを理由に、いい返事がもらえませんでした。

それならと、私は、ママに電話してみました。官房長官をしているなら、少しくらい予算を回してくれるかもしれません。

 いつも公務で忙しいので、滅多に電話などしないけど、今回は、緊急事態です。すると、珍しく三回ほどで電話に出てくれました。

『ハイ、もしもし』

「ママ、美久です」

『珍しいわね、電話なんて』

「ちょっと、話があるんだけど、大丈夫?」

『少しならいいわよ』

 私は、かなり緊張しながら、給食の事を話してみました。

「ねぇ、少しくらい、予算を回してくれない? 給食の問題なのよ」

 ママは、少し間を置いてから、話をしてくれました。

『美久ちゃんの気持ちはわかるけど、その学校だけ特別ってわけにはいかないのよ。それに、最初から、給食費は、親御さんからいただいてないしね。ごめんね、美久ちゃん』

「どうしてもダメなの? 少しでいいのよ。たった16人の子供たちなのよ」

『ごめんね』

 それだけいって、電話は切れてしまいました。

私は、心の底から悔しくて、涙が出そうでした。自分の親なのに、なんだか娘の気持ちを踏みにじられた気がしました。

 それなら、パパにお願いしてみようかと思ったけど、ママがそういうなら、

パパはもっと無理だろうなと、思うと電話をする気にもなりませんでした。

できることなら、私の方が、妖怪になりたいと思いました。

 その日も天使くんとアクマちゃんと学校から帰るときに、さりげなく聞いてみました。

「ねぇ、妖怪商店街って知ってる?」

「知ってるわよ」

「私を連れて行ってくれないかな?」

 私は、アクマちゃんに言いました。

「行ってどうするの?」

「学校の給食の事を聞いてみたいのよ」

「美久センセ…… じゃなくて、美久ねぇの気持ちはわかるけど、妖怪と人間は、そもそも違うんだから、気にしなくていいのよ」

「そうはいかないわ。先生だけ、みんなと違う給食なんて、よくないもの」

「だったら、あたしたちと同じ物を食べればいいじゃない」

「そ、それは……」

「そうよね。それは無理だもんね。でも、これって、差別じゃなくて区別

だから、あたしたちは気にしてないから」

 アクマちゃんは、あくまでもクールでした。

「行こうよ、妖怪商店街」

 天使くんが、気を取り直すように言いました。ダメ元で、行くだけ行ってみよう。それで、お願いしてみよう。それでダメなら、諦めればいい。そう自分を

納得させました。


 私は、天使くんとアクマちゃんに案内されて、初めて妖怪商店街に足を踏み

入れました。

学校に行く山を降りて、いつもならそのまま住宅街に行く道を曲がって、細い道を下って行きました。

大人一人が通れるくらいの草木に覆われているので、私はまったく気がつきませんでした。草を分けながら歩くこと数分、すぐに目の前に大きな看板が目に入りました。

「ここが、妖怪商店街……」

 駅前の大きなアーケードに看板が掲げてあるような、大きな文字で

『妖怪商店街』と書いてありました。

「どうしたの? もしかして、ビビッてる」

 アクマちゃんが上目使いで言いました。

「べ、別に……」

 そう言いながらも、実は足が竦んでいました。一歩中に足を踏み入れると、

まるで別世界でした。

私が知っている商店街とは、まるで違いました。売ってる物、売ってる人々、

全然違うのです。

そこにいるのは、私が見たこともない、妖怪やバケモノたちでした。

 私が呆然と立ち尽くしていると、見たこともない妖怪たちが声をかけてきました。

「おや? 人間がいるぞ」

「あれ? アンタ、アクマと天使だろ。何しにきたんだ」

「おーい、珍しい客だぞ」

 そんな声がする妖怪たちに囲まれた私は、なす術もありません。

次々に、妖怪たちが現れて、私は取り囲まれました。

私は、動けずにいると、天使くんとアクマちゃんが言いました。

「砂かけ婆を呼んでくれる?」

「砂かけに何の用だ?」

「あたしじゃなくて、美久ねぇが用があるのよ」

 そう言って、妖怪たちをかき分けて、私の手を引いて歩きました。

情けないことに、私は、アクマちゃんに手を引かれて歩くしかありません。

天使くんは、私の後ろに隠れて、おどおどしています。

「ちょっと、しっかりしなさいよ。アンタも天使なんだから」

 アクマちゃんに言われて、天使くんは、顔を覗かせます。

そして、妖怪たちを引き連れて、歩き始めると、白い着物に白くて長い髪の

おばあさんが現れました。

「わしが砂かけじゃが、何の用じゃ?」

 そのおばあさんは、私よりも背が低いのに、目が鋭く威嚇するような目で私を見ました。

「あ、あの…… 私は、牧村美久といいます。妖怪学校の教師をしている者です」

「お前さんが、噂の人間か。天狗から、話は聞いておる」

「は、初めまして、こんにちは」

 私は、そう言って、頭を下げました。

「今日は、給食のことについて、お願いがあって来ました」

「給食? それで、お願いとは?」

 私は、人間の給食を出したいこと。私も子供たちと同じ物をいっしょに

食べたいこと。人間のわがままだとはわかっていても、それでも、私は、

子供たちと区別したくないことを一生懸命話しました。

相手に伝わったかは、わかりません。それでも、そのおばあさんは、黙って話を聞いてくれました。

いつの間にか、私たちの回りにいた妖怪たちも、静かに聞いてくれていました。

「正直言って、予算はありません。天狗校長からも話は、聞いています。

それでも、子供たちに、人間の食べ物を食べて欲しいんです。安く分けていただけませんか? お願いします」

 私は、そう言って、深くお辞儀をしました。

少しの間黙っていたおばあさんは、やっと口を開きました。

「どうする、みなの衆?」

「別に、わしは構わんぞ。そこの人間の言うことも、一理あると思うがの」

「俺の魚でよければ、持って行っていいぞ。子供たちのためだからな」

「おいらの小豆で作った、饅頭とか豆の煮物とか、子供たちに食わせてくれんか」

「あたいがうまいもんを作ってやるが、食ってくれるか?」

 口々にそう言ってくれました。私は、涙が出るほどうれしくなりました。

「アンタ、いい先生になるな」

 ダルマのような顔をした真っ赤な妖怪が言いました。

「ぼくの豆腐を食べるか?」

 笠を被った小さな男の子が、お皿に豆腐を乗せて私に差し出します。

「食ってみろ」

 おばあさんが言いました。私は、恐る恐る小さなスプーンで一口食べました。

「おいしい!」

「そうだろ。とうふ小僧の作った豆腐は、日本一じゃ。それを子供たちにも食わせてやれ」

 口いっぱいに広がる大豆の風味。柔らかい口当たり、しょうゆもないのに

そのまま食べられます。

「どうする、みんな。別けてやるか?」

「ただでもいいぞ」

「よし、明日から、もっと大福を作るぞ」

「ぼくもとうふを作るよ」

「皆さん…… ありがとうございます」

 私は、感極まって、少し泣いてしまいました。

「勘違いするなよ、人間。お前のためではない、子供たちのためにやるんじゃ」

「ハイ、わかってます」

「人間、お前の名前は?」

「牧村美久と申します。今後とも、よろしくお願いします」

「美久とやら。八つ手女と天狗に行っておけ、食材の仕入れなら、いつでも来いとな」

「ハイ、必ず伝えます。ありがとうございました」

 私がそう言うと、そのおばあさんは、アクマちゃんと天使くんに言いました。

「お前たち、その先生の言うことをちゃんと聞くんじゃよ。言うこときかないとわしがおしおきするからの」

 そう言って、二人の頭を優しく撫でました。

「話は済んだ。はよ、帰りなさい」

 おばあさんと妖怪の皆さんに見送れて、私たちは、妖怪商店街を後に

しました。

「よかったね、美久お姉ちゃん」

 帰りながら天使くんが言いました。

「うん、よかったわ。これで、明日から、私もみんなと同じ給食が食べられるわ」

「さぁ、どうかしらね?」

 アクマちゃんが、不吉なことを言いました。

「どういうこと?」

「あの人たちも妖怪なのを忘れてない?」

「でも、人間の食材って、約束してくれたわよ」

「まぁ、明日が楽しみね」

 アクマちゃんは、私を不安にさせるようなことばかり言うので、

微妙に可愛くないです。


 この日も帰宅すると、夕食の準備です。今夜は、ハンバーグにしました。

まずは、挽き肉をよく練ってみます。すると、天使くんがやってきました。

「美久お姉ちゃん、ぼくもやりたい」

「そうね、それじゃ、お願いしようかしら。これを手でかき回してくれる」

「うん、わかった」

 天使くんは、ニコニコ笑って、ボールに入れた挽き肉を小さな手で練り始めました。私は、母親気分でその様子を見守ります。

 今度は、そこに、アクマちゃんがやってきました。

「なにを作るの?」

「ハンバーグよ」

「見ててもいい?」

「いいけど、見てるだけ? お手伝いしてくれると、うれしいんだけどなぁ」

 私は、物ほしそうな言い方をすると、アクマちゃんは、小さな息をついて言いました。

「しょうがないわね。なにをすればいいの?」

「サラダも作るから、この野菜を食べやすい大きさに切ってくれる?」

 そう言うと、アクマちゃんは、包丁を手にしました。

背が低いので、台に乗らないと、テーブルに届きません。

私は、台を持ってきて、そこに乗せて、野菜を切ってもらいました。

アクマちゃんに刃物は、危険かもしれないと思ったけど、そんなことは

ありませんでした。むしろ、包丁の使い方が、とても上手だったのです。

「アクマちゃん、上手ね」

「これくらい、誰でも出来るわよ」

 そう言って、レタスやトマトなどを切っていきました。

「出来たよ、美久お姉ちゃん」

 天使くんが挽き肉を入れたボールを持ってきました。

「天使くんも上手ね」

「えへへ……」

 天使くんは、褒められてうれしそうです。

切った野菜を洗って、水を切ってから、お皿に盛り付けます。

 そして、ご飯を炊いている時間を見ながら、ハンバーグを焼きます。

アクマちゃんは、私が料理をしているのに興味があるのか、ずっと見ていました。

余計なことなのかもしれないけど、私は、いちいち料理を作る説明をします。

「両面が焼けたら、弱火にして中まで火を通すのよ。アクマちゃん、ちょっと

見ててね」

 私は、そう言って、ご飯を確認します。もう少しで炊き上がります。

「アクマちゃん、ハンバーグをひっくり返してくれる?」

「どうやるの?」

「見ててね」

 私は、フライ返しを使って、一つを裏返します。

「こうやるの。やってみて」

 私から、フライ返しを受け取ると、台に乗って、フライパンの中のハンバーグをじっと見つめていました。

そして、恐る恐るハンバーグをクルッと返しました。

「上手ね。もう一つ、やってくれる」

 私が大袈裟に褒めると、残りの一つも上手に裏返します。

「いいじゃない。おいしそうに焼けたね」

 でも、アクマちゃんは、表情変えずに音を立てるハンバーグを見ているだけでした。

「それじゃ、お皿にハンバーグを盛り付けて。熱いから気をつけてね」

 そう言うと、アクマちゃんは、三つのお皿にハンバーグを一つずつ乗せました。

「もうすぐご飯も出来るから、今度は、目玉焼きを作るからね」

 私は、フライパンに卵を三つ割って入れます。

「美久お姉ちゃん、ぼくもやりたい」

 ハンバーグを焼いたアクマちゃんを見て、天使くんも興味を示しました。

「いいわよ。それじゃ、フライパンに蓋をして、焼けるまで見ててね」

「うん」

 天使くんは、私の言うとおり、フライパンに蓋をすると、じっと見ています。

その間に、サラダにドレッシングをかけてテーブルに並べました。

「アクマちゃん、そこの棚から小さめのお皿を用意して」

 私が言うと、アクマちゃんは、棚からお皿を並べます。

三人で料理を作るなんて、楽しすぎる。今までは、一人で作って、一人で食べるだけでした。

それが、今は、天使くんとアクマちゃんと三人で作っています。

私は、この景色をきっと、忘れないと思います。

「ねぇ、もういいかな」

 天使くんが蓋を開けて私に見せます。

「いいんじゃないかな。それじゃ、これで、ハンバーグの上に目玉焼きを乗せてみて」

 天使くんは、おっかなびっくりしながらも、ハンバーグに目玉焼きを乗せました。

そのときの真面目な表情。一生懸命やる姿に、私は、胸が熱くなりました。

 炊飯器が音がしました。

「ご飯、炊けたんじゃない」

 アクマちゃんが言いました。

「それじゃ、ご飯をよそってくれる」

 私が言う前に、アクマちゃんは、三人分のお茶碗を手にしていました。

もう、私が何も言わなくても、やってくれるようです。

 天使くんも、私たちの席に、お箸を並べたり、お皿を並べています。

なんだか、お母さんになった気分でした。そして、食卓に夕食が並びました。

「今日は、たくさん手伝ってもらって、ありがとうね。それじゃ、いただきます」

「いただきます」

 三人で手を合わせて、みんなで作った夕食をいただきます。

天使くんもアクマちゃんも、おいしいといって、たくさん食べてくれました。

「こんなご飯を、他のみんなにも食べてもらいたいね」

「そうだよ。カワウソくんなんて、絶対、おかわりするよ」

「そうね。人魚ちゃんもきっと、食べてくれると思うわ」

 二人もそう言ってくれました。クラスのみんなと、ハンバーグを食べられたら、どんなにおいしいだろう。

私は、そんな夢を思っていました。

 天使くんもアクマちゃんも、ご飯をおかわりしたし、サラダも残さず食べて

くれました。そして、後片付けも三人でやりました。たったそれだけの当たり前のことなのに、私にとっては楽しい時間でした。家族が出来たような気がして、なんだか幸せ気分になりました。

 食事のあとは、三人でお風呂タイムです。三人でお風呂に入って、

体を洗いっこしたり、湯船の中でお湯を掛け合ったり、私にとって、もう一つの幸せの時間でした。

「アクマちゃん、明日も三つ編みで学校に行く?」

 私は、アクマちゃんの髪を洗いながら聞いてみました。

「明日は、違うのがいいな」

「わかった。それじゃ、明日は、ポニーテールで行ってみようか」

「なにそれ?」

「こういうのよ」

 私は、アクマちゃんの濡れた髪を後ろに一つにまとめてみました。

小さな耳が出るのを鏡で見ながら、アクマちゃんは言いました。

「いいんじゃない」

「アクマちゃんばかり、ずるいよ。ぼくもやりたい」

 天使くんが、やきもち見たいに言って、小さなほっぺたを膨らませます。その顔が、ものすごく可愛い。

「天使くんは、髪が短いし、男の子でしょ」

「いいなぁ、女の子は……」

「でも、天使くんには、天使の輪があるでしょ」

「そっか。それならいいや」

 天使くんは、上目遣いにして、頭の上の光るわっかを見ながら納得してました。

湯船に入ったアクマちゃんは、私の胸に興味があるのか、じっと見てます。

「あんまり見ないでよ。恥ずかしいじゃない」

「なんで、美久ねぇの胸は大きくて、私は小さいのかと思ったのよ」

「それは、私が大人だからよ。アクマちゃんも大人になったら、大きくなるわ」

「ふぅ~ん」

「早く、大きくなりたい」

「そうね。子供の体は、小さいから」

 そういう感想なのか。アクマちゃんは、ちょっと大人っぽい。

それに引き換え、天使くんは、まだまだ子供の域から出ていない。

 天使くんは、私の胸を触りながら、しきりに柔らかくて温かいと言ってます。

やっぱり、男の子と女の子とでは、感じ方が違うようです。

 お風呂から上がって、髪を乾かしながら、いろいろ話をしてみます。

「アクマちゃんと天使くんて、妖怪学校に来て、どれくらいたつの?」

 天使くんは、指を折りながら数えて、私に掌を見せました。

「五年もたつんだ。アクマちゃんは?」

「あたしも五年かな」

 二人とも、かなり昔から通っているんだ。五年も勉強している割に、学力は、小学校一年生レベルだ。

今まで、どんな勉強してきたのか、聞いてみたいけど、それはやめておくことにした。

 冷たいお茶を飲んで、この日は、就寝しました。

「今夜もいっしょに寝ようか」

「うん、美久お姉ちゃんと寝る」

「あんたは、まだまだ子供ね」

「子供だっていいもん」

 そう言って、私に抱きついてきました。

「天使くんは、甘えん坊さんね」

 私も抱き疲れても、悪い気はしません。むしろ甘えてくれて、うれしかった。

だから、私も天使くんをギュッと抱きしめました。

「アクマちゃんは、どうする?」

 アクマちゃんは、少し考えて、私のベッドに入ってきました。

私は、そんなアクマちゃんの髪を優しく撫でると、プイと背中を向けてしまいました。

そんなアクマちゃんが、とても愛おしくて、後ろから抱きしめたくなります。

でも、そんなことしたら、アクマちゃんに嫌われるので、やめておきます。

 こうして、今夜も三人で仲良く眠りに付きました。

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