神と魔法とメタ読み攻略 パンドラの箱の正しい開け方とは?

りーす=れんたる

第1話 運命の出会いとゲームのお誘い

 ほぼ予定通り、かつての古代文明によって築かれた人工天体の一つに降り立った少女が一人。


 いかにもメイドでございます。といったで、鬱蒼とした森にたたずむ楚々とした風体の女だ。


 年齢は年若く見えるが、成人していると言い張れる程度の面差しと佇まいはある。


 その柔和な貌は、この地に降り立った直後から終始邪悪な雰囲気を纏わせていた。



「初っ端からチャートが崩壊とか…、なんとも幸先がいい♪」


 そのメイドさんは、本心からそう思い。軽やかに歩を進める。迷うことなく、まっすぐと。

 二つの異物。全く予定になかった出会いに向かって。




 そんなこととはつゆ知らず、二人はすっかり日常になってしまったサバイバル生活を淡々と営んでいた。


 山と森に囲まれ人里も存在しない場所で、二人はかれこれ三カ月ほどの時間を無為に過ごしていた。



「何も起こらな過ぎてつまんねー」

 女が言った。


 手ごろな岩に寝そべり、目の前を流れる川を見るともなく眺めている。



 着の身着のままこんなところに放り出された彼女は、下着姿だった。

 それはすでにボロボロで、ほどなく用をなさなくなりそうだが、代替物で補うようなこともなく、今もその姿で過ごしている。


 なんなら召喚直後は、酒瓶抱えてブラ握りしめた状態でイビキをかいていたから、その時から比べれば、まだマシな身なりと言なくもない。



 見目は美人と形容する以外になく、その容姿だけでも特筆すべきものだったが、中身がそれに伴っているとは言い難かった。



 年齢は非公開。アダルトなおねーさんなのは間違いない。




「サバイバル環境がイージー過ぎるからな。緊張感が維持できないのは仕方ない」

 おねーさんのぼやきに、静かに答えた男。



 学生服だったものをラフに気崩し、手製の釣竿を垂らしている。



 十代後半の少年である。目つきはやや鋭いものの、雰囲気や物腰に棘はなく、自然な所作で適度に親しみやすさを演じている。


 本心を見せないいかにもな思春期ムーブを、ただ楽だからと言う理由でそうしている。



「とはいえ、なにもかもが作為的だからな。いずれなんかあると信じたいところだ」



 少年も今のただ不自由なだけのキャンプ生活には飽き飽きしているらしく、おねーさんのだらけた態度をたしなめることもない。



 やることないなら、そこの美女とヤルことヤレばいいじゃん。とも思わないでもなかったが、「うっかり生き延びでもしたらどうすんだ」という、ただそれだけであっさりと思いとどまる。


 は、おいそれと手を出していい手合いではない。そう確信している。



「……(まあ、異世界に放り出されて、生きてるだけでも御の字なんだろうな)」

 と、少年は思う。



 当初は一週間と持たずに命を落とす想定で心構えをしていた。異世界でサバイバルなんて、どこをどう頑張ったところで未知の感染症で詰む。と。


 が、実際には食あたり一つすることもなく、おまけに相方のおねーさんは頼もしすぎる剛の者であった。



 出会ったその日のことである。


「お互いの血肉が最後の晩餐になるのだから、お互いを大事に扱うのがいいと思うのよね」

 と、おねーさんは言った。



 あっけらかんと、少年がその問題発言でしかない言葉を、正しく受け止められると確信してるかのように、言ってのけたのである。



 目の前の非常食の鮮度をいかに維持管理すること。そして調理しておいしく頂けるコンディションを維持すること。


 合理的で嘘の入り込む余地のない、共生のための言葉。



 少年はそれを理解し納得し、……その上でドン引きだったという。



 なんなら、この女が人外で、一杯食わされてるんではないかと疑うほどだったが、こう長々と停滞すれば、むしろそうであったほうがマシに思えてくる。



「お!どうやら、今日は特別な日だったみたいよ♪」


 少年が物思いにふけってる間に、それは起こっていた。



 川辺へとやってきた闖入者。メイドの姿をした不自然なナニか。



「おねーさんたちと同類かしら?」

 同類…つまり、自分たちと同じ異邦人だろうか? という意味だろう。



「さあ、だとしたら俺らよりこの世界に馴染んでると言えるな」


 果てなく続く森からやってきたにしては、あまりにキレイすぎるソレはこちらを見ても驚く気配もなく柔和に微笑んでいる。



 それ一つだけ見てとっても、二人にとっては朗報だ。


 情報の塊。二人にはそう見えるようだ。そして、それを隠そうともしない。

 


「はじめまして。――特別な日で合ってますので、必要以上に勘繰らなくても大丈夫ですよ?」

 メイドさんは、敵意はないと所作で示す。



「どうせ聞かれるので先に答えますが、私は人外です。そしてお二人は地球人であってますよね? お二人とはここで出会うように仕組まれたようなのでノコノコとやって来ました」

 と流暢な日本語で言うと、メイドさんは軽く一礼する。


 すると、ふわりと体が浮き、そのまま空中に腰かけた。



「見ての通りです。ご想像の通り、ここは魔法が当たり前の世界で、お二人はどうやら私の事情に巻き込んでしまったようです」


 パフォーマンスが過ぎるが、手っ取り早く魔法を見せた格好だ。無論、相手の理解力の高さを考慮したうえでの行動だった。

 


 それを察したのか、二人もそこには食いつかず、

「やっぱスカートはロングに限るわよね、少年」

「それは同意せざるを得ないな」

 と、どうでもいいことに感嘆していた。



「あの、続きいいですか?」


「どうぞ、続けて」


 おねーさんに促され、メイドさんは続ける。


「私は、世間でいうところの神? 魔? のようなものです。地球やこの世界の神話に出てくるようなものとは違いますけど、事象を創造する側の存在です」



「……神様ってこと?」

 おねーさんの相槌に、メイドさんはあいまいに頷く。



「【魔術】を使うもの=神に類する存在ということですね。およそ想像する神にできることなら、私もできますよと言う程度の話です。まあ、今、この身体でできることは限られますが…」

 彼女は、メイドと呼んでほしいと言った。



「実はあまり時間に余裕がないので手短に説明しますと、この銀河に結構な数の地球人が流入してます」


 いわゆる異世界転生というやつです。と、ほんとに手短でわかりやすい説明だった。



「あ、知ってる。事故って死んだら神様出てきて、別の世界で勇者やってくれー、かわりにめちゃんこ強くしとくからさーってやつでしょ。おねーさんとこには来なかったけどね」

 おねーさんが言い、少年も続ける。

「な。幼児時代のサンタより待ったわ」


 さすがに三カ月近く、ほったらかしにされただけあって、言葉の棘が半端なかった。


「お二人は完全なイレギュラーですね。この世界の今の【管理者】とは別ルートでここに召喚されたようです」



 かつて、この星系にあって、近隣の銀河をすらも掌中に収めた超魔導国家が存在していた。


 彼らは約束された繁栄を謳歌し、やがて滅亡した。時間で換算することに意味がないほど大昔の話だ。



「その経緯は省くとして、この星はそのかつての主星の人工衛星で、研究区画だったところですね。今の世界図でいうと発見すらされてない未開の地です」


 主星の消滅と共に、公転から外れた衛星は、朽ちるその日まで星の大海を漂っていた。



 だがそれ故に超技術がそのまま保存され、神の降臨と時を同じくして術が作動した。



「おそらく、かつての文明人が、私がここに来ることを予知していたのでしょうね」



「おねーさんたちとメイドさんを引き合わせるために?」


「はい。今の私はこの世界で活動するのに最低限必要なレベルにデチューンしてるので、はっきりそうだと断言はできませんが、まあ、まず偶然ではなく必然です」



 であれば何のために? と、なるのだが、二人は敢えて追求しない。

 メイドさんは時間がないと言っていた。聞かずとも必要があれば話すだろう。



「彼らの思惑については、現状考慮しなくて大丈夫です。お二人の無事は私と出会った時点で保障いたします」


「おねーさんたちは、メイドさんの庇護下に入ったってこと?」


「はい。私の目的は、この世界に招かれた地球人の保護と帰還です。残念ながら、拒否は認めません。どんな手段を用いても完遂します」


 メイドさんは言葉の割にはのんびりとしたものだった。穏やかを通り越してやる気が感じられない。



「問題なのはそこでして」

 と、二人の気づきを見透かしたようにメイドさんは苦笑する。



「実のところ、私が負ける要素が皆無でして。地球人の保護と帰還という達成条件はあるものの、それ以外がないんですよ」



「ふむ……?」

 おねーさんが珍しく首をかしげる。言わんとしてることを測りかねているらしい。


「極論を言えば、私の化けの皮を今すぐ剥いで、この銀河を地球人諸共滅して、地球人だった情報だけ持ち帰って地球で復元するだけなら、即時可能です」

 

 もちろんそんなことはしませんけど、とメイドさんはころころ笑う。



「あー……そういうこと」

 おねーさんは察した様子だった。ずっと黙っている少年も同様だ。



 どうやらこの神様とやらは、その保護活動うんぬんを、自分達にやらせようとしているようだ。


「私がなにをどうしたところで、ベターな結末にしかならないんですよね。そこにどんな悲喜劇があってとしても、私は痛痒を覚えませんから」


 だから、その悲喜劇の取捨選択を当事者により近い人間にやらせようという魂胆らしい。



「私と一緒に絶対に負けないゲームをしましょう!」



 メイドさんはそう言って、無邪気に笑い、手を差し伸べた。なに、掛かっているのはせいぜいこの世界の命運だけですから、と。



「おねーさんはいーわよ。手伝ったげる。おもしろそうだし♪」


「俺も異論はない。……というか、時間に余裕がないってのは、俺らが介在することで元々の予定より事態が悪化し続けるって意味だろ?」

 少年は、やや不機嫌な声音で問う。



「はい♪ その通りです。

 ゲームでいえば、数多のチーターと、それ用に用意されたレイドボスがひしめくリアルタイムストラテジーを、電源入れてから悠長に昭和の電話帳くらいある紙の説明書を開いているようなものです。

 もたもたしてたらこの世界が滅んじゃうかもしれませんねー☆」


 つまり、このまま手をこまねいていれば、このメイド姿の神様が、ちょこっと本気を出して、チート勇者諸兄が倒すはずのボスを置き去りにして、強引にでも地球人を回収する。  


 なんていう未来も容易に起こるということなのだろう。



「私はかなり優秀な攻略ツールですよ。うまく使って、お二人の望む救済の道を探してみてください。私はそれについていきますから」

 メイドさんは、慈愛すら感じる笑みで言う。世間ではそれを丸投げと言うのだが。



「色々と聞きたいことはあるが、先ずは行動だな」

 少年は腹を括ったようで、もういつもの適度に距離のある思春期ムーブを取り戻し、大げさに肩をすくめて見せる。



「あー…、やっと退屈から解放されるわね」

 言いながら、おねーさんは、やおらボロボロだった下着をその場に脱ぎ捨てる。


「おねーさんは、まず報酬として服を要求するわ!」


「あ、はい。ちゃんと用意しますので、しばらく謎の光で隠しときますね」

 言うが早いか、謎の光が仕事をする。


 


「え~……、服とか作れないの?」


「作れはしますけど、今の私のスペックだと遅延行動なんですよ。買うか拾う方が時間効率が良いんです」


「そっか、その辺もこれから学習かぁ」

「はい。なので、わりと序盤は殺人スケジュールですよ」


「うーん、そっちのがおねーさん向きだから良し♪」



 こうして、胡散臭いメイドの神様が言うところの、絶対負けない物語ストラテジーが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る