第12話


 逃げようとする私とトウコを警察が羽交い締めにする。


「ちょっと、触んないでよ!」


 我ながら、安直な言葉だと思う。しかし、私の貧弱な語彙力では、とっさに出るのはこんな言葉だった。


 町を行きかう人々は、騒ぎを聞きつけ足を止める。傍観する者、連れ添いとこそこそと何かを話す者、中にはカメラを向けて来る者もいた。


 一体何をしてるんだよ。女子高生が大人の男に襲われているんだぞ! ぼーっと見てないで、早く助けろよ。それか110番して警察を呼べ。


 私は何とか警察官の束縛を脱しようともがく。しかし、大の大人の腕力に、非力な女子高生の力で敵う訳もなく、そのまま組み伏せられてしまう。


「11時25分、容疑者確保」


 警察官は無線でどこかに連絡を入れる。すぐにサイレンの音が近づいてくる。きっと私たちの姿を見た時から、既に応援を要請していたのだろう。


「ちょっと、何でこんな事するの!?」


「理由はお前たちが一番よく知ってるんじゃないのか?」


 確かに、警察の言う通りだ。理由は私が一番よく知っている。この人も自分の仕事をしているだけで、何も悪い事をしていない。悪いのは前田さんを殺してしまった私だ。


 トウコは警察に両手を後ろに回され、縋るような目で私をみていた。その目からは怯えや恐怖に交じり、どこか安堵したようにも思える。


 そうだ。トウコは何もしていない。前田さんを殺したのも、ここまで逃げてきたのも私の罪だ。なのに、私と一緒に居ただけで、こんな怖い思いをしなければならないのはおかしいじゃないか。


「……その子は関係無いんだから放しなさいよ」


 私の訴えを組み伏せる警官は無視する。なんて態度の悪い警官なんだろうか。後で警察にクレームの電話を入れてやろう。お宅の警察官、逮捕時に容疑者の言い分を無視して捕まえてきました。厳重に注意してください。そう言ってやれば、コイツが困るような処罰が下されるのだろうか。


 やがて二台のパトカーが到着する。中から数名の警察官が出てきて、私を捕らえている警察官と何か話している。そのまま両手に手錠が掛けられ、私は無理やり体勢を起こされる。トウコも同じように手錠を掛けられていた。


 パトカーは二台。容疑者は二人。私はこの瞬間がトウコとの最後になる事を悟る。きっとあの車に乗って私たちが引き離されれば、二度と会う事はできないだろう。


「トウコ!!」


 私は離れた距離に居るトウコにも聞こえるよう大声を出す。


「きっとトウコは大丈夫だけど、私はダメだから。明日から私はトウコと一緒に居る事はできなくなるから。だから!!」


 私はトウコに私無しの世界を押し付けてしまった。私は前田さんから命を奪うと同時に、トウコからは唯一の友人である私を奪ってしまった。私が彼女から私を奪ったんだ。


「昨日の約束、守れなくてごめん!!」


 トウコが私とは別のパトカーに連れて行かれる。しっかりと私の目を見据えて、後ろに引きずられるような形で警察に連れて行かれる。


「ツムギさん!!」


 今まで聞いたことのない、トウコの大声が街中に響き渡る。


「昨日の約束、忘れないから!!」


 トウコはその言葉を最後に、パトカーの中に押し込まれ扉を閉められる。私の角度からは、もう彼女の顔を見る事は叶わない。


「トウコ!」


「おい、さっさと歩け」


 私もトウコと同じように警察に無理やり歩かされ、パトカーに押し込まれる。後部座席の真ん中に座らさせられ、両サイドを知らない大人で固められる。


 何かのクイズ番組でやっていた話を思い出す。そういえば、車の座席にも上座と下座が有るんだっけ? 確か後部座席の真ん中は下座だったと思う。


 そっか、この場では私が一番地位が低いんだ。でも考えてみたら当たり前か。多分私が一番年下だし、この人たちは人を殺した事が無いんだもんね。


「ねえ、さっきの娘にまた会わせてよ。まだ話したい事いっぱいあるんだけど」


 警察官はまた無視を決め込む。だったらこっちにも考えがある。一方的に話を続けてやれ。


「あの娘はトウコっていうんだけどね。すっごい友達思いのいい子なんだよ。美人だけど気弱で、学校ではいじめれてたんだけどさ。私が前田さんを殺しちゃった時も、私の事を怖がらずに一緒に逃げようって言ってくれたんだよ。怖くて心が折れそうなときも、一緒に居てくれた。そりゃあ、少しは疎ましく思う時もあったけどさ。私がここまで逃げてこれたのは、トウコのお陰なんだよ」


 私の頬を雫が伝う。なぜだか無性に悲しい気持ちが込み上げてきた。


「だからさ、トウコが酷い目に遭うのは嫌なわけ。でも、アンタたちの取り調べって、めっちゃ怖いんでしょ。ドラマで見たから良く知ってるんだよ。ねえ、トウコは何もやっていないの。私の事はどうなってもいいから、トウコだけでも今から返してあげてくれない?」


 そんな要望がこの人たちに通じるとは思っていない。だけれどトウコの事を考えると、ただただ心が苦しくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る