20

「ほう。主任か……ええっ!?」


 主任は、鳩が豆をマシンガンで食らったような顔になった。


「……って、私……か?」


「はい」


 俺は強くうなずく。


「……」


 呆然、と言った面持ちのまま、主任は俺を見つめていた。そして、その顔が、みるみる赤くなっていく。主任は酔っ払っても顔に出ないタイプ、だと思っていたが……いきなり酔いが回ったのか?……そんなことは、ないよな……


「べ……別に、私におもねったからと言って、君の不採用という結論が覆るわけじゃないんだからな……」


 なんでそこでツンデレっぽくなるんですか……


「そんなんじゃないです。俺は、ずっと……初めて会ったときから、主任のこと、いいな、って思ってました。理想のタイプそのものだったんです。眼鏡がないと、さらに……もうストライクゾーンど真ん中です」


「……いやいや、ちょっと待て。私は君よりも四つも年上の、ババアだぞ?」


「正確に言えば三つと一月ほどですよ。主任、三月生まれでしょう? 俺、五月ですから」


「それでも、私はあの三人の誰よりも、ババアだぞ? アヤノやマコより、おっぱい小さいぞ?」


「俺は主任のこと、ババアだなんて思ったことないです。それに主任のバストだって、日本人の標準よりは十分大きいと思いますよ。俺、それくらいのサイズが一番好みなんです」


 本当は俺はそれ以上に、主任のヒップに強く魅力を感じるのだが、それをこの場で言い出す勇気は、さすがになかった。


「……そうだったのか」主任は真っ赤な顔のままうつむく。「ということは、やはりマコとアヤノのカンが正しかった、ってことか……」


「……え?」


「いや、以前あの二人にな、君が好きなのは私かもしれない、って言われたことがあるんだ」


「……!」


 驚いた。少なくとも彼女たちの前では、俺は主任に好意を持っているようなそぶりは全く見せていなかった……はずだった。


「マコは、ああ見えて意外に繊細だからな。君の微妙な気持ちに感づいていたのかもしれん」


 ああ、やっぱり。


「あと、アヤノもおっとりしてるようで、こういうことについては敏感なんだ。まあ、二人とも、もしかしたら……程度の認識で、確証はなかったようだがな」


「そうなんですね」


「ああ。それで、私は、そんなことあるはずがない、とその時は笑い飛ばしたんだ。確かに直属の上司だから彼と色々話す機会はあるし、彼は私に尊敬の気持ちを抱いているようだったから、そのように見えるだけなんじゃないか? とね。それに、私よりも若くて魅力的な女性に囲まれている君が、私のようなババアなんか相手にするはずがない、とも思っていたからな。しかし……実際のところ、君の思慕の念には全然気付いてなかったよ。私も大概たいがい鈍感だな。全く、君のことを言えた義理じゃない」


 そう言って主任は苦笑する。


「でも、俺が主任のこと好きなのは、事実ですから。だから……俺、主任に、他の女との仲を取り持つ、なんて言われるの、実は何気に辛いんですよね」


「……すまなかった」


「だけど……主任は人妻なんですよね……俺、何度主任が人妻じゃなかったら、独身だったら……って思ったことか……」


「……」


「だから、まあ、この話は聞き流してください。俺はいなくなる人間ですから。最後に、俺の気持ちを聞いてほしかった……それだけですから」


「……」


 俺はそこで、主任の様子が少しおかしいのに気づく。


 彼女は下を向いて、しきりに何かぶつぶつ呟いているのだ。


「(……そうか……そうだな。それなら全て解決する……)」


「……主任?」俺が彼女の顔を覗き込もうとした、その時だった。


 いきなり主任が、ガバッと顔を上げてこちらを見る。


「ヨシユキ君! 良いことを思いついたぞ!」


「は……はい?」


「私と付き合わないか?」

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