第17話 出迎え

「そういう冗談はあんまり面白くないよ」

 ぼくが疲れた声を出した瞬間に沼の中から大きな泡が四つほどぷかりぷかりと浮かび上がる。大きさは大玉転がしに使うものより大きい感じかな。

 泡の表面はシャボン玉のように虹色に渦巻いていた。

 渦巻きに線が走ったと思うとパカッと泡が開いて中から大勢が出てくる。

 手に剣や槍や弓などを手にしていた。

 その姿は二足歩行するトカゲやカエルに似ているものが多い。一人だけヒトの姿をしているのが混じっている。

 中央のカエルはひときわ豪華な衣装をつけて頭には小さな金色の冠をつけていた。

「お前たち、ここに何の用だ?」

 偉そうなカエルが聞いてきた。

 マールズが恐縮したように返事をする。

「これは王子様ではないですか」

 ここはマールズに任せた方が良さそうだから黙って聞いていよう。ぼくをかばうように目の前には姉ちゃんとクレーブが立っていて向こうから見えて無さそうだし。

「ふむ。お前は山を越えた先のテンの一族だな。それで、この見慣れぬ者たちは?」

「はい。こちらのヒトは道に迷っているところをオレっちが助けました。最近急に増えた赤鬼どもが捕まえようとするので、こちらに避難してきたところです」

「そうか。難を避けてきたというのか。で、そっちのサーベルキャットはなんだ? まさか、そやつも迷子とでもいうのではないだろうな?」

「実は似たようなものでして」

「怪しいな。実は我が町を探りにきたスパイなのではないのか?」

 おや? 話が変な方向に進みだしたぞ。

「なぜ、そのように疑われるのですか? アーカンルムは旅人に開かれた町のはずでは?」

「確かにその通りだが、最近は怪しいものがうろついておる。お前の言っていた赤鬼どもも姿をみかけるようになってきたしな。大魔道師さまが悪者を倒して平和になった世界も再び乱れつつある」

 マールズが勢いこんで話をした。

「あ、その大魔道師の子供がいるんですよ。本人もそれなりの魔法の使い手です」

 カエル王子は馬鹿にするような表情を浮かべる。

「嘘をついているところをみるとお前も怪しいな」

「なぜ、オレっちがうそをついていると?」

「お前は知らぬかもしれないが、私は大魔道師のヤマダ様には恩がある。我が宮廷に仕える絵師が書いたヤマダ様の姿絵は目を閉じればまぶたに浮かぶほど見ているのだ。どこにヤマダ様の面影を残した子供がいるというのだ? まさかお前がヤマダ様の忘れ形見とでも?」

 マールズが振り返り、顔をしかめる。

「なあ。シュート。なんで隠れてんだよ。疑われちゃったじゃないか。顔を出せよ」

 皆の視線がぼくの方に集まる。

 ぼくはクレーブと姉ちゃんの間から顔を出して数歩前に出た。

「ああっ!」

 カエル王子が悲鳴のような声をあげる。周囲の制止を振り切って駆け寄ってくるとぼくの手を握った。

「まさしくヤマダ様に生き写し。眠そうな目に一見ぼんやりした表情。まさに間違いない」

 ええと、それってほめてるのかな?

 カエル王子は優雅に一礼した。

「私はこの国の王子ジロー。ヤマダ様のご子息どのの名は?」

「秀斗です」

「そうか。良い名だ。おう、こんなところで立ち話もないな。我が町に案内しよう」

 先ほどまでとは豹変した態度でジロー王子はぼくを先導して泡に近づいていく。

 ジロー王子はあっけにとられている者に命令を下した。

「お前たちは先に戻って客人を迎える準備をするように。それと母上にもご連絡をな」

 数人のカエルやトカゲが泡の一つに入ると沼の中に沈んで消えた。

「シュート殿は私と一緒に。他の方は別のものに乗られるがいいだろう。シュート殿こちらへ」

 展開についていけないが、怪訝そうな顔をしている仲間に事情を説明しなきゃ。

 ぼくは早口でそれぞれに説明する。

「歓迎してくれるそうなんだ。別の泡に乗れってさ」

 ぼくは抱きかかえられるようにしてジロー王子と一緒の泡に入った。すっと入口らしきものが塞がる。

 泡はゆっくりと沈み始めた。最初の内こそ光が届いていたがすぐに真っ暗になる。

 ジロー王子はぼくに向かってささやいた。

「私の名前を聞いて何か思うことはないか?」

「父さんが太郎だから、次郎ってこと?」

 ジロー王子が水かきのついた手を打ち合わせる音がする。

「そうそう。我が母がシュート殿のお父上にねだって名付けてもらったそうです」

 南極で越冬したワンコの兄弟か? そのセンスはどうかと思うけど、ジロー王子も喜んでいるようだし余計なことは言わないようにしておこう。

 沈む感じが無くなってしばらくすると今度は浮上する感覚が伝わってくる。

 そして、徐々に明るくなってきた。

 泡を透かして外の景色が少し歪んで見える。巨大な天蓋に覆われた空間の水面に浮かんでいた。

 泡の一部が開き、ジロー王子が外へと出る。

「アーカンルムにようこそ」

 ジロー王子が胸を張った。

 確かに自慢したくなる気持ちも分かる。沼の水中にこれだけ立派な町があるなんて想像もできなかった。

 背の高い建物はなかったけれど、白い壁が立ち並び、多くの生き物が行き交っている。蜥蜴や蛇、蛙に似ているがいずれも二本の脚で歩いていた。

 不思議な光沢を持つ服を着ており、首から何らかの装身具を下げている。王子に気が付くと丁寧に頭を下げた。

 それに対してジロー王子はきさくにあいさつを返している。

「へえ。きれいなところじゃん」

 気が付くと後ろに姉ちゃん達が追いついていた。

 姉ちゃんは鼻をひくひくさせている。それで気が付いたが何かいい香りがただよっていた。

 ジロー王子に先導されて大通りを歩いて行く。

 周囲の人々はかごに入れた花びらを振りまいた。赤を基調にした色とりどりの花びらが降り注ぐ。

 道の先に壮麗な建物が建っていた。美しい彫刻が施された柱は、明るく彩色され、所々は金色や銀色の光を放っている。

「お疲れでしょうから、少しご休憩ください。頃合いを見て、女王のもとへご案内します」

 ジロー王子から指示を受けた部下らしき者の案内で、ゆるく弧を描く太鼓橋形状の廊下を渡った。

 その先には独立した棟があり、どうやら上から見ると半円となる形をしているようだ。入ってすぐのところは居間で、その先に4つの入口があった。それぞれに色の違う薄布がかかっている。

 お盆に乗せて軽食が運ばれてきた。

 それを見て姉ちゃんが手をこすり合わせる。

「それじゃ、食べながら詳しい話を聞かせなよ。さっきは早口だったしよく分からなかったから」

 さっそく、お粥のようなものを自分の器によそって食べながら姉ちゃんが上目遣いでぼくの方を見ていた。

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