第10話

僕は随分と汗をかいていた。

手続きが終わったのは午前10時をちょっと回った頃だったので、そんなに気温が上がってはいなかったし、発汗にはそもそもこの季節なので、それには理由があった。


平成29年12月21日木曜日、この日、申請から約1カ月半待った精神障害者保健福祉手帳(以下:手帳)の受取り手続きに役所に行った。

別に憧れて待ち焦がれていたわけではない。

等級は2級。

事前に郵送でお知らせが届いてはいたが、事実、福祉課担当者さんからの説明の半分も記憶できていないし、戸惑っていたに違いない。

長らく付き合ってきたという綺麗ごとではなくて、身も蓋もない言い方をすれば苦しんできた双極性障害II型という病気が、やっと居住する都道府県に認められたという安堵と諦めと、どこにも属さない困惑が心の中で確実に入り乱れていた。

双極性障害II型という疾患は、軽躁と抑うつを繰り返すもので、入院を必要とするI型と比較すれば軽症との印象を一般的に持たれがちであるが、実は自殺率は高い。その治療も一筋縄ではいかないことが多い。



僕の場合、躁状態の時は1日2〜3時間の睡眠で十分であり、目覚めた後も全く眠くならない。

起床直後から他を寄せつけないレベルで活動的なのだ。

毛布を被ってトランペットで『てんとう虫のサンバ』を吹いて、その出来栄えに自惚れた。

30歳の頃は、陽が傾くと、大勢の後輩を行きつけの店に連れて行った。

鍋を振る舞うために、ATMで下ろした50万円弱をそのまま使ってしまったりしたが、やっていることの正誤を考える領域には到底至らなかった。

また、「そうだ、京都に行こう」と突然思い立って新幹線で知恩院の大鐘を観に行ったこともある。お腹が空いたら祇園のお寿司屋さんでお任せを握ってもらう。

他のお客さんは会社経営者ならびに歯科医とそのご家族だったと記憶している。

終始、それぞれの立場で談笑されていた。

僕はお寿司を10貫いただき、瓶ビールを2本と麦焼酎のロックを1杯飲んだ。穴子の握りは美味しかったが、酒は酔うためにただ流し込むだけのものだった。

若大将から、「お兄さん、お強いですね」と言われたが、直後に女将さんから渡された伝票で、何枚かあった1万円札はすっかり消え去っていった。

前払いのビジネスホテルを予約していたから救われたが、そうでなければ厳寒の鴨川河川敷で野宿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る