悲劇の魔女、フィーネ 19

 宿泊先のホテルに着いた頃、フィオーネは心無しか体調が悪そうに見えた。


「大丈夫か?フィオーネ」


「え、ええ…大丈夫よ…」


けれど彼女の顔色は青ざめ、元気が無い。


「部屋で休んだほうがいいな」


「…ええ」


短く返事をするフィオーネ。


「ホテルの部屋の鍵を取ってくるから、ここで待っていてくれ」


窓際置かれた大きなソファの上にフィオーネを座らせルト、受付カウンターへ向かった。


「ユリウス・リチャードソンです。501号室の鍵をお願いします」


フロントマンに声を掛けた。


「はい、リチャードソン様ですね?どうぞこちらになります」


カウンターにキーを置いたフロントマンは小声で俺に尋ねてきた。


「それで…アドラー城の呪いの方は…大丈夫だったのでしょうか…?」


「ええ、お陰様でこの通り元気ですよ」


「そうですか、それなら良かったです。ごゆっくりどうぞ」


「ありがとう」


そしてキーを受け取り、フィオーネの元へ向かおうと振り向いた時…。


「え?誰だ?あれは…」


フィオーネの正面には何処かで見覚えのある初老の男性が立っており、何かを話しかけている。男性の顔は心なしか青ざめて見えた。


「すみません、彼女の連れの者ですが…何かあったのですか?」


急いでフィオーネの元へ行き、彼女の背後に立つと紳士に声を掛けた。


「ユリウスさん…」


フィオーネの顔は青ざめたままだ。


「何?君は…この人物の連れなのか…?」


「え?ええ…そうですが…」


首を傾げながら返事をする。


「な、何ですとっ!!あ、貴方は…この人物が何者か知らないのですかっ?!」


紳士は顔を真っ赤にさせ、震えながらフィオーネを指さした。


「ま、待って…やめて下さい…」


フィオーネは益々青ざめ、紳士を止めようとしている。


「この女は…魔女ですよっ!お、恐ろしい魔女…フィーネ・アドラーですっ!」


紳士は大きな声でフィーネを指差し、辺りにいた人々の視線は俺たちに集中している。


「何を言っているのですか?貴方は…」


紳士の言っている言葉に半ば呆れながら俺は言った。


「彼女のどこが魔女だと言うのです?第一フィーネ・アドラーと言う魔女は300年以上昔の話ですよね?魔女が今もこの世に存在しているはずが無いでしょう?」


すると紳士は言う。


「貴方は何もご存知ないからだ…あれは今から60年以上昔のことだが…今でもはっきり覚えているぞ?お前は隣町でピアニストをしていただろう?私はそこでバーテンとして働いていたチャーリーだ。覚えているだろう?」


「…」


フィオーネは答えない。


「お前は恋い焦がれる私に恐ろしい怨霊を見せて追い払っただろう?フィーネ!」


フィオーネは俯き、悲しげな表情をたたえている。

もうこれ以上、見ていられなかった。


「いい加減にして下さいっ!これ以上彼女を侮辱するのはっ!行こう、フィオーネ」


俺はフィオーネを立たせると、彼女の肩を抱き寄せてエレベーターホールへ向かった。


「悪いことは言わない!その魔女から離れるのだっ!」


背後では先程の老人の声が響き渡ったが…俺は足を停めることもせず、フィオーネを連れてその場を後にした―。

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