姉の料理が一番
「……………」
「どうしたの? そんな緊張しちゃって」
「……そりゃするでしょ」
風呂で姉さんとよろしくした後……よろしくって何だ。特に何もなかったよ……精神的に疲れたはしたけれどね。風呂を終えた後、珍しく姉さんがポカをやらかしたのか冷蔵庫に食材があまりないことに気づいた。それで夕飯は何にしようかと迷った末、たまにはレストランにでも食べに行こうかとなったのだ。
車を運転する姉さんに連れられて向かったのはいかにも高級そうなレストラン……うん、普段こういう場所には来ないから凄い緊張してるわけなんだ。
『いらっしゃいませ神里様、お待ちしておりました』
まるでVIPを出迎えるかのような待遇に面食らった。姉さんと腕を組んでいる俺を見て不思議そうな目を向けて来た男の人だったが流石は仕事人、そんな表情をすぐに引っ込めて俺たちを案内してくれた。こうやって外に食べに行くにしても健一とラーメン屋やファミレス程度しか行かなかった俺にとって、外装も内装もここまで豪華な店は……正直言って場違いという感覚しかない。
「ほら、好きなモノ頼んでいいから」
「……分かった」
……とはいえ、こんなところに来るのもいい経験の一つだろう。無理やりにそう思って俺はメニュー表を手に取るのだが……なにこれと、俺は盛大に首を傾げた。まず料理名が長い、というか何を書いているのか分からない。何だよシンフォニーって、料理に付ける名前じゃないだろマジで。
「……姉さん」
「なあに?」
「めっちゃ高いけど……」
「気にしなくていいのよ? 何でも頼んでいいんだから」
後気になったのが値段だ。普通に万を超えたり、或いは行かなくても料理一品にしては高すぎるだろと文句を付けたくなる値段だ。けど、よくテレビで見たりすることもあったから普通なのかもしれない。庶民の俺には理解できない世界だけどね。
結局何が良いのか選べなかったので姉さんに選んでもらうことにした。スラスラと注文をした姉さんに尊敬の念を覚えつつ、運ばれてきた料理を見ると流石にほうっと感動した。
「……美味そう」
涎が出そうとまでは行かないけど普通に美味しそうだ。ニコニコとする姉さんに見つめられながら俺は料理を口にした。……うん、美味しい。今まで行ったことのあるどの店も比べ物にならないくらいに美味しい……でも、それでも勝てない味があったらしい。
「美味しい?」
「うん。けど……こう言ったら悪いかもしれないけどさ。姉さんの料理の方が好きかな」
高い値段に比例する美味しさなのは間違いないだろう。それでもずっと食べてきて家庭の味というか、大好きな姉さんの作ってくれる料理の方が俺には合っているみたいだ。それでもパクパクと口に運ぶ手は止まらない……この肉柔らかいな。それにこのスープも美味しい……うん?
「姉さん?」
スープを啜る音を極力出さないように気を付けていると、ふと姉さんがジッと俺を見つめていることに気づいた。俺に気づいた姉さんは本来の年よりも若いような、それこそ同年代だと言われてもおかしくないほどの可愛らしい笑みを浮かべて頬を染めた。
「蓮はいつも私がもらって嬉しい言葉をくれるわね。単純なことだけど、お姉ちゃんはそんな言葉を聞くだけで本当に幸せよ」
「いつだって言えるよ。何回も言うと薄っぺらく感じるかもしれないけどさ」
「そんなことないわ。あなたの姉として、一人の女として本当に嬉しい。ありがとう蓮」
お礼は言うのはこっちだよ。
ただ、これを繰り返すとどちらかが止めない限り続いてしまうことは分かる。だから素直に姉さんの言葉をこのまま受け取ることにしよう。
「私の料理を美味しいって言ってくれるのは嬉しいけど、亜梨花も凄く上手なのよ?」
「弁当は確か亜梨花が自分で作ってるんだよね。確かに美味しそうだった」
「少し私が教えたこともあってね。ま、まだまだ私には及ばないけど」
そうだったのか、たぶんそのことは前の世界のことなのかな。
ぷるんと大きな胸を揺らし、亜梨花にはまだまだ負けないと自信を持って胸を張るその姿に俺は本当に負けず嫌いだなと苦笑した。
それにしてもここまで美味しい料理なら兄さんも一緒にと思ったけど、仕事先の人と飲み会らしいし少し残念だ。まあ姉さんは姉さんでこの空間に兄さんが居ると少し残念がるかもしれないけど。
「ふぅ、ご馳走様」
変な緊張もあって素直に楽しめたかと言われればそうでもないけど、ちゃんとどんな味だったか覚えているくらいには美味しかった。やっぱり男であるせいか、姉さんに比べて食べる量が多かったけど……これ値段一体どれくらいになるんだろう。
領収書を見た姉さんは特に表情を変えるようなことはせず、財布から数枚の諭吉さんを出して店の人に渡した。本当にいくらなのか聞くのが怖い、なので何も言わないでおこう。
「食事でこんなに使うことはそうそうないものね。まあでも、美味しそうに料理を食べている蓮の顔を見れたのだから十分なお釣りだわ」
「……そっか」
こういう大人の余裕を持てるようになりたいものだ本当に。
「……ふぅ」
そう言えばそろそろ姉さんの誕生日か。まだ何をプレゼントするか決めてないけど、姉さんの笑顔が見たいからちゃんと決めないとだな。
レストランを出ると当たり前のように姉さんが腕を組んできた。どこにでもいるような学生の俺と、ただそこに佇むだけで妖艶な雰囲気を醸し出す姉さんが腕を組んで歩いているこの光景は、他の人からすればさぞ珍しく見えるのかもしれない。
「姉さん、ちょっと腕を離してもらっていい?」
「え? うん」
頭の上に疑問符を浮かべる姉さんだったが、素直に腕を解いてくれた。そして俺は姉さんの肩を抱くように引き寄せる。
「あ……」
消え入るような驚きの声、けれども姉さんは俺に身を預けてくれた。腕を抱かれるのも好きだけど、偶にはこうやって姉さんをリードできる男でありたい。そんなちっぽけな俺の見栄だ……すぐそこに止まっている車までの短い距離しかないけどね。
「……………」
「……姉さん?」
「……は、はい!」
何も言ってくれない姉さんに声を掛けると、姉さんはビクッとして大きな返事をした。どこか潤んだような瞳、あまり向けられたことのない視線なので少し驚いている。姉さんはジッと俺を見つめていたが、小さく息を吐き出して口を開いた。
「ごめんなさい。年甲斐もなくキュンとしちゃったわ。もうね、この人に全て委ねたいって思っちゃうくらい蓮しか見えなかったの」
「そ、そっか。なら少しは格好付けた甲斐があったかな」
「ふふ、でもやっぱりそういう部分は可愛いわ」
そうしてすぐに逆転されるのも俺と姉さんだな……。そんな風に短い距離を歩いて車に乗る時、俺はふと辺りを見回した。特に何を感じたわけでもないはず……それでもどうしてか俺は気になったんだ。
「蓮?」
「ううん、何でもない」
首を傾げる姉さんに変な心配を掛けないように、俺はすぐに助手席に座るのだった。
この時感じた何か、それが気になったのは確かだが寝る頃には綺麗に忘れていた。そして、まさかの瞬間にそれは訪れた。
「おい神里、お前浮気してるのか?」
「……は?」
そう聞き返したのは俺ではなく亜梨花だ。翌日学校に向かって俺に近づいて来た三上が開口一番そんなことを言いだした。何のことか分からない俺とは別に、三上に対する嫌悪感を全く隠せない様子の亜梨花。亜梨花の視線を受けてたじろぐ三上だったが、すぐにスマホを取り出して見せてきた。
「こ、これを見てくれよ夢野さん。こいつ浮気してたんだ!」
その画面に映っていたのは俺と姉さん、腕を組んでいる様子とレストランが映っていることから昨日のことらしい。まさか写真を撮られているとは思わず唖然としたが、驚きよりもどちらかというと俺は三上のことが気持ち悪く感じてしまった……なるほど、あの時感じたのはそれか。
なんだなんだと野次馬のように視線を向けてくるクラスメイト、ただ亜梨花もそうだし健一や宗吾は三上を可哀想な者を見るような目で見ていた。
「三上君、こんなくだらないことで絡んでくるのやめてもらえないかな。鬱陶しいんだけど」
「俺は君のことを思って!」
「そこに映ってるの蓮君のお姉さんだもん。浮気でもなんでもないね」
「……え?」
一人で勘違いし、一人で騒いだ三上に集まるのは何とも言えない視線だった。
「何を考えているのか分からないけど、そうやって夜になってまで人を付け回すの気持ち悪いと思うな」
声音は優しかったが、その言葉に込められたモノはとても強い。亜梨花が言っていることは何も間違いじゃない、かといって三上が言っていることも俺たちのことを知っている人が言うなら正しいとも言える……俺はそこで姉さんが言っていたことを思い出した。
『私たちの関係は私たちが望んでいるならそれでいい。でも世間の全てに認められるなんて思ってはいないわ。私と蓮は恋人であると同時に姉弟でもある……時にそれは有利に働くものよ』
何というか、三上に関しては相手が悪かったとしか言えないのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます