姉の誕生日、そして――

「にしてもよく寝たみたいだな」

「あぁ、おかげで頭はスッキリしてる」


 電車に轢かれて死ぬ夢を見たその日の放課後、俺は健一と一緒に下校していた。

 あの後夢野と一緒に保健室に行った俺はそれはもう熟睡だったらしい。

 目が覚めて開口一番保健の先生に気持ちよく寝ていたって言われたくらいだし。

 教室に戻ったら少し変な目で見られたものの、健一や宗吾が大丈夫かと声を掛けてくれたので変な視線を向けてくる者は減っていた。


「前も思ったけど、蓮と夢野って親しいのか?」

「いや、特別親しいわけじゃないけど」


 あ、連絡先を交換したことは黙っておいた方がいいかもしれない。

 別に連絡先を教えてもらったからどうというわけではないが、リア充滅ぶべし慈悲はないを地で行く健一だからな。


「どうした?」

「何でもないよ」

「そっか。でもそうだよなぁ……基本俺たちと一緒に居るし夢野と話すこともあるっちゃあるけどそんなだし」

「だろう? だから親しかったりしないんだって」


 だよなって言いながら健一は俺と肩を組むように腕を回して来た。鬱陶しいと思いつつも健一の好きにさせる。


「俺と蓮は非リア同盟だからな。もし連絡先知ってるとか言ったら何してたか分からなかったわ」

「ふ~ん」


 うん、絶対に言わないでおこう。

 それから俺と健一は暇な時間を潰すようにブラブラと街中を歩くのだが、その途中で見覚えのある人物を発見する。


「……あれは」


 つい先日家で見た女の人、朝倉さんだった。朝倉さんが腕を組んで歩いている男性は兄さんではない……ということは彼氏になるのかな? でも……あれも浮気の相手? もうここまで来るとわけが分からないよ俺には。


「? なんだ蓮、ああいうのが好みなのか?」

「そんなんじゃねえし。兄の知り合いだからさ」

「へぇお兄さんの」


 朝倉さんと男性は何かを話し、男性が店の中に消えて行った。手持ち無沙汰になった朝倉さんがスマホを取り出して辺りをきょろきょろと見回すと、何かの偶然かバッチリ俺と目が合った。朝倉さんはニコニコしながらこちらに歩いて来た。


「こんにちは弟君。奇遇だねこんなところで」

「こんにちは朝倉さん。こうして街中で会うのは初めてですね」

「そうだねぇ。そちらは友達?」

「どうもですお姉さん! はいこいつの友達です!」

「げ、元気な子だね」


 あ、あの朝倉さんが引いてる……ある意味でこれは珍しい光景だ。


「今の彼氏さんですか?」


 ストレートに聞いてみると朝倉さんは頷いた。同じ大学に通う人で学科も同じなんだとか。健一は男性に対してリア充めと言葉を零すも、直後に女の子とはこんな関係になりたいなと呟いた。うん、朝倉さんのことを知らないならたぶん誰もが健一と同じことを言うだろうな。


「でも、ベッドの上ではお兄さんの足元にも及ばないかなぁ」

「へぇベッドの上では……は?」


 ポカンとした健一を見て朝倉さんは妖艶に笑い、耳元に顔を近づけてこんなことを口にした。


「そうだよ? 彼氏とのエッチは満足できなくてね。その疼きをいつも弟君のお兄さんに慰めてもらってるの。ふふ、とっても気持ちよくしてくれるのよ」

「……そ、そうですか」


 たぶん朝倉さんの話に付いていけないのもあるんだろうけど、一番は先ほど抱いた朝倉さんのような女性への印象が音を立てて崩れたのもあると思う。


「大人の世界には色々とあるのよ。君も大人になったら分かるかもね。何なら、お姉さんが相手をしてあげようか?」

「け、結構です……」


 うん、気持ちは分かるぞ健一。俺も初めて朝倉さんに会った時は優しそうな年上の人に見えたが、今みたいな話をされて呆然としたのを覚えている。いざ自分が付き合ったりした女性がこんな人だったりしたら頭おかしなるで。

 それから彼氏さんが戻ってきたので朝倉さんたちはそのまま歩いて行った。その背中を呆然と見つめていた健一は我に返ったのか一言。


「俺、暫く恋愛はいいかもしれん」

「そうか……まああんな人は稀だと思うぞ」


 逆にあんな人ばっかりだったら世界は終わると思う割とマジで。朝倉さんに出会って何とも言えない空気になってしまい、それを払拭するように俺と健一はゲーセンに向かった。男二人でつまらないと思いきや、これが楽しくて気づけば夕方になっていた。


「結構遊んだな。そろそろ帰ろうぜ」

「だな、結構疲れたわ」


 近くでジュースを買って少し休憩していると、子供連れの親子を見つけた。どうやら子供の誕生日らしく、お父さんが大きなぬいぐるみをプレゼントしていた。キャッキャと喜ぶ子供の姿、それを微笑ましそうに見つめる親子の姿はこちらまで笑顔になりそうな光景だった。


「……そろそろ姉さんの誕生日か。今年は何をプレゼントしようかな」


 10月ももうすぐ終わりを迎えて11月になる。11月22日が姉さんの誕生日だから、早めにプレゼントは買って準備しとくべきだな。兄さんと相談もするだろうけど、ケーキに関しては当日に取りに行くとして……って、今から考えても早すぎるか。


「お~いどうしたんだ~?」

「悪い悪い、今行く!」


 健一に呼ばれて走り出そうとした時、一瞬異なる景色が見えた気がした。


『嘘……よね? ……だって蓮、私のためにケーキを買いに行くって出掛けて……どうして……それがどうしてこんな……』

「っ!?」


 思わず辺りを見回してしまう。しかし周りに広がる光景は当たり前だが何も変わらない、人通りが多いためいつもと変わらない喧騒だ。


「……何なんだ本当に」


 頭を振って俺はすぐに健一の横に並ぶのだった。

 途中で健一と別れ俺はそのまま帰宅した。玄関を開けると珍しく姉さんと兄さんの靴があったのでもう帰っているようだった。顔を出すためにリビングに向かうと……え?


「……何してんの?」

「お帰り蓮」

「……よう」


 兄さんが正座していた。何かあれば口喧嘩に発展する二人、しかし今日に限っては兄さんが体を縮めていた。姉さんは今にも誰かを射殺せそうなほどに鋭い目を兄さんに向けていて……どういう状況なんだってばよ。


「これに関しては俺が悪い。すまなかった麻美」

「……………」


 兄さんが頭を下げた……凄い珍しい。イマイチ状況が分からないが、よくよく見てみると机の上に割れたマグカップが置かれていた。それは普段姉さんが使っている物だが、何年か前に俺がプレゼントした物でもあったのだ。


「アンタは私の大切な物を壊したの。死ぬ覚悟は出来てる?」


 いやいや姉さんそれは流石にオーバーでは――


「あぁ、一思いにやってくれ」

「ちょっと!?」


 思わず間に割って入った。流石に俺が前に立つと姉さんは動きを止めてくれたが、相変わらず兄さんを睨みつけているのは変わらない。……安直かもしれないけど、誕生日プレゼントの一つはこれで決定だな。


「兄さんも悪気はなさそうだし……ね? 俺は姉さんが怒っているより笑ってくれてる方が嬉しいよ。ほら、優しいお姉ちゃんに戻って――」


 ガバっと、俺の視界は真っ黒に染まった。どうやら姉さんに思いっきり抱き着かれたらしい。


「もう一回、もう一回言って!」

「……何を」

「お姉ちゃんって」

「……お姉ちゃん」

「うはぁん……久しぶりね蓮にそう言われるの。うん、蓮に免じて許してあげるわ」

「……すまなかった」


 ……二人のやり取りが終わったのなら離れてくれないか姉さんや。


「うふふ~♪ お姉ちゃん、お姉ちゃん……幸せな響きだわ」


 恍惚とした表情に若干寒気を感じるが、姉さんの機嫌が直ったのなら良かった……のかな。どうにか離れようとしたのだが、やっぱり姉さんの腕の力は強く離れることが出来ない。そのまま後ろのソファに倒れ込むように俺は姉さんに押し倒された。


「姉さんって呼ぶ今のかっこいい蓮も好きだけど、昔のお姉ちゃんって呼んでくれた可愛い蓮も好きよ」

「あ、ありがとう」

「ッ!? ありがとう……それはつまり私の告白に対する返事ということ――」

「落ち着け馬鹿」

「あいたっ!?」


 ペシンと綺麗な一発が姉さんの頭に決まった。思わず涙目になった姉さんだったが、離れてくれたおかげで漸く俺は自由になった。


「すぐ暴走するのはお前の悪い癖だ。弟の前でくらい頼れる姉で居ろよ」

「蓮の仕草一つで一喜一憂するチョロイ姉っていう自覚はあるけど、アンタにそんなことを言われる筋合いはないわね。自分のことを振り返ってみなさいよ、アンタこそ蓮の前で俺は頼れるお兄ちゃんだぞって言えるのかしら? ねえ? そこんとこどうなのよアホ」

「……すまなかった」


 ごめん、こうなると二人ともめんどくさいや。

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