第22話 重い決断

「ぷはあ!」


 チリーノとプラチドは空気中に顔を出した。チリーノが腕輪のついた腕を掲げると、どんな荒波が来ても海面で息をしていられる。


「おまじない……かなり強力なものだったんだ!」


 チリーノは咳きこんだ。プラチドが慌てて背中をさする。


「無駄口はお控えください。助けが来るまで体力の温存を……」


 その時、ぴたっと荒波が鎮まった。波に乗って高い場所にいたチリーノとプラチドはバシャーンと凪いだ海面に叩き落とされた。

 次に浮上してきたときには、風も雨も収まっていた。一面、静かなる海が広がっていた。


 チリーノとプラチドは風に乗せられて、くるくると空中に吸い上げられていった。


「うわあ、目が回る」

「チリーノ様、お気をつけて!」


 そんなチリーノを、しっかりと抱き留める手があった。ぐっしょりと重い黄色の衣服に、褐色の肌。チリーノはその人の顔を見上げる。


「来てくれてありがとう、ライハナ!」

「無事でよかった、チリーノ」


 ライハナは泣きそうな声で、チリーノのことを抱き締めた。

 初めてライハナの方から抱き締められたチリーノは、その力強さにほっと安心した。

 ライハナはしばらくそうしていたが、やがてチリーノを解放した。


「それから従者も、無事で何よりだ」

「ええ。チリーノ様を助けていただき恐縮です」

「ああ」


 ライハナはきっと海面を見下ろした。


「他に生き残りがいないか探してくる。二人のことは風で近くの陸まで運ぶようルマに言ってあるから、そこで待っているように」

「分かった。ありがとう」


 チリーノはふわふわと漂いながら、遠く海岸へと運ばれていった。


 しばらくして、十数名の船員や捕虜たちが救出された。

 ライハナが岩だらけの海岸にすとんと着地する。


「水の精霊レマに捜させたが、これ以上は生存者はいないようだ」


 淡々と言う。


「たったこれだけか」

「そんな。船長がいないなんて」

「船員の数も捕虜の数も足りていないぞ」

「これからどうすれば……」

「これからのことはどうにでもなる。ここはまだシェリン帝国の領土内。王宮に救援を要請しているから、数日もすれば助けが来るだろう」


 ライハナは岩の上に座った。


「……全員を助けきれず、申し訳なかった」

「そんな……僕たちだけでも助けてくれてありがたいよ」


 チリーノはそう言いながらも、ひどく思い悩んでいた。


「どうした、チリーノ」

「僕……僕……」

「?」


 首を傾げるライハナに対し、チリーノは考えていたことを思い切って口にした。


「僕をここで溺れ死んだことにしてもらいたい」

「……は?」


 その場の全員がぽかんとした。


「……僕は王宮では厄介者の出来損ないの王子だし、負けて帰ったところで特に良いことはないよ。だからいっそ、このまま死んだことにして、ライハナのところで暮らしたいんだけど」


 ライハナは目を見開いた。


「あんた、何言ってんのか分かってるのか」

「うん」

「故郷も家族も臣下も捨てるなんて……あんたは……」

「僕にとって本当の味方はこのプラチドしかいない。そしてプラチドは、僕がそうしたいならシェリンに住んでも良いって言ってた」

「はい……?」


 プラチドは動揺していた。


「た、確かにそう申し上げましたが……死んだことになさると? それは……いささか……」

「僕はそんなことよりライハナと一緒にいることの方が大事なんだ」


 チリーノはさらりと言ってのけた。


「だからそういうことでよろしく。みんな、このことは父上たちにも国民たちにも秘密だからね」


 ライハナは参ったという風に額に手を当てた。


「……ともあれ、このままではみな風邪を引く。近くの宿を探して風呂に入れさせてもらおう。話はそれからだ」


 さて、チリーノは生まれて初めて安宿に入り、粗末な作りのお風呂に入って体を温めた。ちょっぴり着心地の悪い部屋着を貸してもらって、着替えを済ませる。

 部屋も貸してもらった。そこでプラチドとよく話し合う。


「本当によろしいのですか」

「うん。いいよ。これでフェルモも王位継承権をもらえるし、いいことづくめでしょう」

「しかし、カルメラではチリーノ様の葬儀が執り行われますよ。カルメラとの縁は全て切れてしまいます。おつらくはないですか」

「全然」

「左様ですか……」


 プラチドは嘆息した。


「分かりました。このプラチド、チリーノ様のお望みのまま、どこまでもお供いたします」

「ありがとう」


 チリーノはライハナの借りた部屋に向かった。

 そして仔細を伝えた。


「……分かった。あんたたちのことは私が何とかしてやる」


 ライハナは言って、ふっと顔をほころばせた。


「正直、あんたがそこまで言うとは夢にも思っていなかった」

「だって、ライハナのことが好きだから」

「でも国を捨てるほどだなんて……」

「国よりも何よりも、ライハナが大事だから」

「……ありがとう」


 ライハナはチリーノの手をぎゅっと握った。


「それじゃあ、これからの計画を簡単に説明する。あんたのことは再び奴隷として買い上げるのが一番手っ取り早い。救助隊の増援として奴隷商人のもとに行くから、あんたはその中に紛れ込んでくれ」

「分かった」

「それじゃあ、チリーノ、プラチド、ついてこい。奴隷商人を見つけて交渉してくる」


 ライハナは言って、立ち上がった。

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