第19話 二人の時間


 ライハナはチリーノと手を繋いで、青で彩られた前庭を歩いていた。


 昨日、チリーノはライハナに愛の告白をした後、顔を赤くして「それじゃ」と部屋を出て行ってしまった。ライハナは暴走する感情を持て余して一人で身悶えしていた。

 が、彼は翌日、何事も無かった無かったかのようにライハナの部屋を訪ねて、ライハナを散歩に誘い出したのだ。ライハナがチリーノを王宮の外に誘うと、チリーノはごく自然な動作で手を繋いできたのだった。

 精霊たちは嬉しそうにキャッキャとはしゃいで飛び回っている。


「いつも思っていたけど、王宮の前庭は広いね。それにみんな綺麗に装飾されていて見惚れちゃうよ」

「王宮は魔神様の加護を受けた魔王様の住まう場所だ。美しく荘厳な建築物にすることで、魔神様と魔王様の威容を知らしめる意図もある」

「そっか。僕の住んでいる城は、戦乱の時代に造られたから、攻めにくい構造をしているよ。それから建て替えられて、今は四角くてどっしりした形になってる。でも、ここほど綺麗じゃないなあ。教皇庁は、ステンドグラスや金の装飾があって、綺麗なんだけれど」

「国を治める者と、宗教を司る者が、別々の暮らしをしているとは、考えてみると妙なものだ」

「そうかな? 僕にとってはそれが普通だからなあ」


 ライハナは一瞬、唇を噛んだ。いずれチリーノが祖国の城に帰ることを思ったのだ。


「……門に着いたな。ここからは帝都の町だ。どこか行きたいところはあるか?」

「うーん、魂飛ばしでだいたいの場所には行ってるけど……市場に行ってみたいな。珍しいものがたくさんあったから直に見てみたい」

「分かった」


 ライハナはチリーノの手を引いて、市場に向かった。そこは丸い天井に覆われた長い長い道で、両端に所狭しと店が並んでいる。ライハナが入った地区には、透かし彫りの細工物や、まじないのかかった装飾品や、精緻に織り込まれた布や、東の国から輸入されてきた工芸品などが売られていた。

 チリーノは目を輝かせてそれらの品に見入った。


「すごい! 僕の国にはこんな繊細なものを作る技術はないよ! どうやっているんだろう」

「気に入ったものはあるか? 何か買ってやろう」

「え、でも、悪いよ」

「せっかく来たのだから私も久々に買い物がしたい。この辺りでは滅多に買い物をしないし、その……あんたとお揃いのものでも買ってみたいから」


 ライハナが小さい声で言うと、チリーノは目を輝かせた。


「いいねそれ! どれがいいかなあ。いいお土産になるもので、思い出の品になるものがいいなあ」


 二人はあっちこっちの店に入って商品を物色した。その間もチリーノは片時もライハナの手を離そうとはしなかった。

 最終的に二人は、身を守るおまじないのかかった、金の彫り物がついている腕輪を選んだ。


「僕も戦いや暗殺の危険があるけど、ライハナは特によく戦いに出るからね。安全のおまじないがいいと思う」

「まじないといっても気休めだぞ」

「いいのいいの。こういうのは願う気持ちが大切なんだから」


 二人はその後も散歩を続けた。市場を見て回った後は、食堂に入って米料理を注文した。

 チリーノは嬉しそうに匙を口に運んだ。


「僕、米料理ってこの国に来て初めて食べたけど、独特の風味があって好きだなあ」

「風味は香辛料と油を使って炒めた際に出るものだが」

「お米がぱらぱらしているから、味がしっかりついてる。美味しい」

「それは良かった」


 その後、二人は川岸を歩いて涼んだり、ベンチに座って休んだりした。護岸工事で整備された川岸は、町の風景と自然とが調和していて落ち着きがある。

 チリーノはライハナにぴったりと寄り添って座ったので、ライハナはどぎまぎした。


「こうしてくっついていると、どきどきするけど安心するなあ」

 チリーノは照れ臭そうに言った。

「あ、ああ……」

 二人はまた、他愛のないおしゃべりを交わして時を過ごした。

 涼やかな川の風が吹き抜けていかなければ、顔が熱くてどうにかなりそうなところだ、とライハナは思った。


 お茶の時間になった頃、二人は王宮に戻った。召使いがいつものようにお茶と茶菓子を用意する。

 お茶を飲む間、ライハナの部屋に少しの間沈黙が降りた。その瞬間にふとライハナの胸をどうしようもない寂しさが襲った。


 ライハナは茶碗を置くと、俯いたまま言った。


「こうして、こっ……恋人のようになれたのはとても嬉しいが……あんたはいずれ母国へ帰ってしまうのだろうな……」

「……」


 チリーノは瞬きをした。


「うん。……でもまた会いに行くよ。魂を飛ばして」

「だがあんたは王子だ。きっと……然るべき結婚相手もいることだろう」


 ライハナはつらくなって、膝に置いた手をぎゅっと握り締めた。


「私もそうだ。身分に見合った結婚相手と結婚せねばならない。この時間は永遠ではない……」

「……うん」


 チリーノは買ったばかりの腕輪に触れた。


「僕はこれを大切にするよ。君を忘れないために」

「……。私もそうする」


 何だか泣きたい気持ちだったけれど、魔法騎士たるもの簡単に他人に涙を見せられない。それにチリーノには泣き顔を見られたくなかった。


「この時間を、ずっと忘れない」


 ライハナは言った。

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