欲望ドミノは倒された

団田図

前編


ー今ー

 ここは市立良久望よくぼう高等学校。放課後にその事件は解決した。


!!ガシャコーン!!


 多目的教室から聞こえたガラスの割れる大きな音で数人の生徒と教師が集まってきた。

「どうした?けが人はいないか?」

 窓ガラスが割れた現場を見た教師の一人が、そこに集まっていた生徒に聞いた。けが人が無く、安全も確認した教師が次いで聞いた。

「誰がやったんだ?」

 その場にいた生徒の一人が口を開いた。

「先生。オレ、ガラスの割れた音がしてからこの教室へ来たときには、龍之介君と加奈子さんがいました。だからこのどちらかが犯人だと思います。そして、加奈子さんの手には白い粉が付いているので、おそらく近くにあった展示されていた紙粘土の工作物を投げて、窓ガラスを割ったんだと思います」

「そうか。加奈子、本当か?お前が割ったのか?」

 教師からの問い詰めに動揺し、たじろう加奈子を助けるように、横にいた龍之介が割って入った。

「先生、誤解です。誤解ですよ。加奈子さんは犯人じゃありません」

「ならどうして窓ガラスが割れたんだ?自然に割れるわけないだろう。友達をかばいたくなるのは分かるが嘘はいかんぞ。加奈子、職員室に来なさい」

 教師は加奈子の腕をつかんで職員室へ連れて行こうとすると、龍之介がさらに割って入った。


「ちょ、ちょっと待ってください先生。僕も割れた時にはこの教室にいなかったので、推測になってしまうんですけれども聞いてください。

 まずはじめに、今日は台風が近づいていて強風警報が出ているほどの強い風が吹いている日だということです。

 半分開いた窓から強い風が入り込み、窓の近くに置いてあった花瓶を倒して、その中に入っていた水がカーテンにかかりました。ほら、カーテンが濡れているでしょ。水を含んで重くなったカーテンが強い風にさらされるとどうなるかというと、鞭のようにしなって、位置によっては強力な衝撃となります。それでそのカーテンの強力な打撃によって、この窓ガラスが割れてしまったというわけです。車の窓ガラスなんかも四隅の一か所に力が集中すると簡単に割れてしまうようにね。

 さらに割れたガラスの破片があのように屋外の遠くにまで散らばっているのは、その時、強力な風が吹いていた証拠です。

 そして、加奈子さんの手に白い粉が付いているのは防御創です。強い風はカーテンだけでなく、近くにあった展示物をも巻き込んで宙に浮かせて加奈子さんを襲ったんですよ。それから身を守るために手のひらを顔の前に構え、そこに展示物が当たったから手に白い粉が付いていても不思議じゃないんです。ほら、彼女の肘のところにまで粉が付いているのが証拠です。

 つまり犯人などいなかったのです。自然と偶然が重なったことによる災害事象だったってわけです。

 加奈子さんが弁明できないのは、突然のことで驚いているだけだと思います」


「確かに龍之介の推理に矛盾は無さそうだな。そうなのか?加奈子?」

 教師の問いかけに、コクリとうなずいた加奈子。

「先生。後かたずけは僕がやっておきます。窓には段ボールでも貼っておきますね」

「お、おう。頼んだぞ龍之介。はい、解散、解散。みんな風が強いから気を付けて帰れよ」

 加奈子は驚いているというよりも、感謝のまなざしで龍之介を見つめながら、後ろ髪を引かれる思いで多目的教室を後にするのであった。



ー1分前ー

 加奈子は紙粘土で出来た展示物を手に持って、全力で窓に向かって投げつけた。


!!ガシャコーン!!


 窓ガラスは割れ、展示物も壊れ、辺りに破片が飛び散った。その光景を廊下から見かけた龍之介が、とっさに近寄って加奈子に話しかけた。

「落ち着いて。加奈子さん。何があったの?」

 取り乱していた加奈子であったが、龍之介の存在に気づき、冷静さを取り戻して話し始めた。

「じ、実は、私、幼い頃、アメリカに住んでいて、パパと一緒にサーカスを見に行ったの。そこでピエロが空中ブランコに失敗して地面に叩きつけられたところを目の当たりにして、トラウマになって、その日からピエロ恐怖症になってしまったの。

 この教室へ入った時に、ピエロの工作展示物が飾られていたから、パニック発作になってしまって、ついそれを投げつけてしまったの。本当にごめんなさい。私ったらどうしましょう」

「そんなつらい過去があったんだね。パニックになっても仕方なかったね。大丈夫、僕に任せて」

 そう言うと龍之介は少し考えてから、近くに置いてあった花を活けてある花瓶を手に取って、中の水をカーテンにかけて濡らし、花瓶を倒した。さらに、閉まっていた窓を開けて、近くに散らかった窓ガラスの破片を手に取って、外に人がいないことを確認すると、遠くへ放り投げた。そして、ポケットからハンカチを取り出すと、床に落ちていた工作物の欠片をハンカチで挟むように掴み取って、それを握りつぶしながら加奈子の手から肘まで紙粘土の白い粉を振りかけた。その後、ハンカチをポケットにしまい、龍之介は言った。

「いいかい?全て僕に任せるんだ。悪いようにはしないから。わかったね」

 龍之介は、ガラスの割れる音を聞きつけて駆けつけてくる教師や生徒を待ち構え、加奈子を守るために、これから全員を騙そうと決意するのであった。



ー2分前ー

 加奈子は、憧れと片思いを寄せる美術教師の正樹に呼ばれたため、胸をときめかせながら美術準備室の扉の前まで来た。大好きな正樹に褒められたくて、インターネットで検索した海外の美術展で大賞を受賞した作品を模倣して、寝る間も惜しんで制作したキリンの工作物が、校内工作コンクールで見事1位を獲得したのであった。

 加奈子は、きっとうんと褒めてくれるだろうと期待して、目の前の扉を開けた。

ガラガラッ

「おー加奈子。来はったか。先生な、加奈子に謝らなあかんねん。実はな、校内工作コンクールの件なんやけどな、何かの手違いで採点ミスがあってんねん。ほいでな、加奈子の制作したキリンが2位になって、別の子が制作したピエロが1位になってしもうたんや。ホンマ悪かったな。かんにんやで。ほなそういうことで、行ってええで」

 加奈子は泣きたくなる気持ちを我慢しながら部屋を出ると、走って多目的教室へと向かった。期待していた展開とは大きくかけ離れたことを正樹から言われ、怒りと嫉妬と憎悪が、1位になったピエロの工作物へと向けられたのであった。

 加奈子は工作物の展示前まで来ると、怒りの表情のまま、両手でピエロの工作物を持ち上げた。

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