夫の愚痴を言ったら隣人(♀)に抱かれた

ジャックハント

第1話 不満

 愛してるって、言ってくれたのに。この関係は、本当に愛で成り立っているんだろうか。

 頭の中で、何度も今朝の出来事が映し出される。もしかしたら、そんなの些細なことだと言われるかもしれない。でも、わたしにとっては小さな事じゃない。



 わたし、佐藤瑠美は夫の清四郎君と結婚して三年の月日が立っていた。今住んでいるマンションには、一年前に引っ越してきた。すっかりここでの生活も落ち着き、二人で過ごす時間にも慣れてきた頃だった。


「瑠美、朝食はまだか?」


 ベランダで洗濯物を干していると、ダイニングから夫のせい君の声がした。スマホを取り出して、時間を確認する。すでに、いつもの朝食時間が迫っていた。


「ごめん、これだけ片付けたいの。何なら、自分で用意しても――」

「はぁ? そんなの後でいいだろ。こっちの準備をしてくれよ。在宅のお前とは違って、こっちは通勤時間がかかるんだから」


 そう言いながら、せい君はスマホをかまっていた。彼の姿を見て、イラっとしてしまう。

 我が家の朝ご飯は、いつもトーストとコーヒーだ。トースターでパンを焼いて、インスタントコーヒーを用意すればそれで完成。なのに、せい君は自分で用意をしたがらない。

 それぐらい自分で用意すればいいのに。いつもそう思う。今わたしは、洗濯物を干しているっていうのに、なんでせい君はスマホをかまってるだけなの?

 でも、ご飯は奥さんが用意するもの。それが、彼の中の常識だった。

 胸の奥がチクチクと痛む。言ってやりたい。それぐらい、小学生だって自分で用意できるっていう事を。


「……わかった。ちょっと待って」


 でも、わたしは言わない。せい君と喧嘩なんてしたくないから。口喧嘩して嫌な空気になるぐらいなら、わたしが我慢する。それで夫婦仲が保たれるなら、それでいい。

 わたしは洗濯物を一旦放置して、キッチンへと向かった。一人で用意している間も、せい君が手伝ってくれる気配は無かった。



 それでも、人間には我慢の限界というものがある。

 せい君の出勤を見届けると、イライラの炎が勢いを増していった。


「これじゃあ、夫婦じゃなくて主人とお世話係じゃない!」


 何回か聞いた彼の愛してる、っていうのはこんなものだったのか。せい君の愛って、わたしを召使にすることなんだろうか。


「いいよね、自分は会社行って仕事するだけで。わたしなんて、家で働きながら家事よ。それに、せい君のお世話。はぁ~」


 言葉にすると、さらにイライラが増してくる。炎に薪をくべるようなものだった。そうなると、他の不満も泉のように湧いて来る。

 そもそも、結婚当初の家事は交代制だった。でもだんだん、仕事で疲れたからとか、趣味関係で出かけるからと家事を押し付けられ始めた。結婚前から在宅でデザイン系の仕事をしていたわたしは、それを断ることができずにいた。

 もちろん喧嘩したくなかったというのはあるけど、それぐらいならわたしがやってあげようと思っていた。

 でも、せい君は家にいても家事をしないようになってきた。休日はゲームやテレビをだらだらと見るようになり、家の事など忘れているようだった。

その頃から、わたしはモヤモヤを感じていたけれど、せい君も疲れてるんだろうと我慢していた。それを積み重ねていくうちに、気が付けば家事は全てわたしの仕事になっていた。


「それに、義母さん達の期待の目も辛いのよね……」


 結婚して三年。わたしは二十九歳、せい君は二十八歳。そろそろ子どもが欲しい頃合いだった。せい君の両親も、早く孫の顔が見たいなんて言ってくる。

 わたしも、子どもが欲しくない訳じゃない。でも、せい君はまだ乗り気じゃないらしい。何度か誘ったりしているのに。


「ごめん、今日疲れてる」

「明日は朝早くに起きたいから」


 しまいには。


「まだ、もう少し自由な時間を過ごしたい」


 と言う始末。もう十分満喫してるだろ、と言いたくなってしまう。新婚気分どころか、独身気分すらも抜けてない様子だった。


「あぁ、イライラするぅ~」


 思わず髪をくしゃくしゃにする。でも、こんな事をしている暇はない。朝できなかった洗濯物と、午前中に提出しないといけないデータがある。時間への焦りが、さらにわたしのイライラを加速させる。


「……今日もお邪魔しようかな」


 このイライラを早く吐き出したい。わたしには、この想いを受け止めてくれる人がいた。その人のお陰で、今のわたしは潰れずに済んでいる。カラカラに乾いた結婚生活という砂漠にあった、小さなオアシスが彼女なんだ。

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