梅雨にヒメゴト

望月俊太郎

第1話

 物を盗んじゃいけないって分かってるだろうし、ちゃんと法律でも決まってるのに何で傘だけこんなにお手軽にパクられるんだろ?

 コンビニの前に置いてあった傘だてに傘を入れていたのはせいぜい5分くらいだ。

その間に無くなるなんて治安が悪すぎる。


 人を見た目で判断しちゃいけないらしいけど、俺の前にお会計を済ませたあのおっさんが犯人に違いない。家を出る前に天気予報くらい見ておけよ。傘を持ってないで家を出たんなら傘くらい買えよ、売ってるんだし。


 雨はコンビニに入るまではパラパラとかわいげのある程度にしか降っていなかったのに、いつの間にかマジかよってくらいの土砂降りに変わっていた。

 このまま走って学校に行けなくはないんだけど間違いなくびっしょびしょになる。

 雨に濡れてぐちょぐちょになった靴や制服を想像して「あーあ」って諦めてたそんな時だった。


「よかったら、この傘貸しましょうか?」


 声に気付いて振り向くと、女の子がいた。女の子は前髪をヘアピンでとめていて、カワイイおでこが半分だけ見える。髪は鎖骨さこつの辺りまで届くセミロング。主張し過ぎない適度に大きい目と、なめらかな丸みを帯びた鼻と、何にもしなくても笑っているように見える口角の上がった口元。何なんだこのカワイイ子は?

 俺は話しかけられていたことも忘れて、女の子の圧倒的な可愛さに度肝を抜かれてしまっていた。


「傘持ってないんですよね?」


 話しかけても返事の無い俺に女の子がもう一度聞いてきた。俺は女の子に見とれてしまっていたのだけれど、無視してるみたいになってて慌てた。


「えっ、だって自分はどうするの?」

「私はこれとは別にもう1本あるんで」


 そう言うと女の子はバッグから折り畳み傘を取り出してきた。この子は準備のいい子らしい。右手にはビニール傘を。左手には折り畳み傘を「ジャ~ン」って感じで誇らしげに見せてくる。


「そうなんだ? じゃあ、そっちの折り畳みの方を借りるよ」


 女の子が貸してくれると差し出したビニール傘よりも折り畳み傘の方が明らかに小さく、この土砂降りの雨の中では少し濡れてしまうかもしれない。

 そう思った俺は気を利かしたつもりで折り畳み傘を手に取って開く。


「あっ、でもそれ…」


 女の子が止める前にすでに傘を開いてしまっていて、開いた傘にはクロミちゃんが描かれていた。

 あー、なるほどね、こっちの心配してたんだ。確かに男子高校生が差すには少しばかりハードルが高い。

 ただこの時の俺はすでに女の子のことを好きになっちゃっていたので、クロミちゃんの傘くらいでひるむようなやつじゃないぜと器の大きなところを見せたくて強がった。


「俺もマイメロよりクロミちゃんの方が好きだよ、何となく」


 そう言って逃げるように走り去った。その場にいるのも何だか恥ずかしかったし、できればこの傘を差している姿を友達に見られたくもなかったからめっちゃ走った。あんまり傘を借りた意味は無かったかもしれない。

 ずぶ濡れになって靴下までぐっちょぐちょになったけど何かうれしくて笑った。

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