第32話 凱旋、そして勇者伝説の始まり

 夜。ロガートの街に帰還したら、大騒ぎになった。

 いや、元から大騒ぎになっていたのが、さらにどデカいイベントに発展したのだ。


「ああああああ~、ギルド長ォ~!」


 城壁入り口に近づくなり、ツルっとした頭の人が情けない声を出して走り寄ってくる。

 プロミナよりも背の低いこの人が、冒険者ギルドの副ギルド長ウォールトだ。


「あ、ウォールトさん、やっほ~。ただいま~」


 ガルンドルが引く荷馬車の上で、ルクリアが陽気に手を振った。

 この人、魔石ゲットがよっぽど嬉しかったのか、道中ずっとニッコニコだったよ。


「ただいま~、じゃないですよ! 本当に、本当にもぉ~!」


 眉をきつくハの字にして、ウォールトが馬車を降りた俺達に駆け寄ってくる。

 ギルド職員と思しき十数人も一緒についてきている。

 商人や職人までいるようなので、三つのギルドで連携して作業に当たっていたっぽい。


「ごめんごめん。で、避難の方はどうなってるかな? お姉さんに現状を教えて?」

「できていません」


「へ?」

「避難は、できていません」

「…………どゆこと?」


 ぽか~んとなるルクリア。

 するとウォールトがますます眉を下げて「無理ですよ」と言い出した。


「だって、今はもう何も起こっていませんが、日中とにかく大変でしたから」

「うん、アンデッドの大群の襲撃とか、そりゃあ大変――」


「ギルド長、そっちではなくですね……」

「うん?」


「いきなり空が暗くなって、嵐が吹き荒れて、地震も起きて雷だってそこかしこに降り注いで……、そんな状況で外に出ようとする者なんて、いるワケないじゃないですか」

「…………あー」


 ルクリアが間延びした声を出し、俺を見る。

 プロミナも、俺を見る。リリーチェも、俺を見る。ガルンドルだけ首をかしげていた。


 はい、そうですね。

 俺のせいですね。はい。すいません。ごめんなさい……。


「え、じゃあ街のみんなは?」

「まだ街にいますよ。幸い、地震で崩れた建物なんかはないので、家にこもっています。今からでも避難準備を進めますか? それだと深夜までかかりますけど……」


 ウォールトにきかれ、ルクリアは腕を組んで「う~ん」と唸る。

 しかし、代わりにリリーチェがそれに答えた。


「避難の必要はなくなりました。ただ、これから、街の皆様を中央広場に集めていただけませんでしょうか。わたくし達から、事情の説明をさせていただきたく考えております」

「は、はぁ……。えぇと、あなた様は……?」


 ウォールトが目を幾度かしばたたかせる。リリーチェのことは知らないみたいだ。


「この街の初代ギルド長よ。ウォールトさんなら、わかるでしょ?」

「初代……。えっ、まさか『守護者』様ですか!?」


 やっぱ、その話は知ってるヤツ多いんだなー。


「今回の件につきましては、わたくしが『守護者』の名において責任を持ってご説明いたしますので、どうかご協力をお願いできませんでしょうか?」

「と、当然でございます! 中央広場ですね! はい、はい! 承りました!」


 シャキーン、と背筋を伸ばし、声を張り上げるウォールト。

 この人、ルクリアに全幅の信頼を置かれるレベルで有能だけど、権威に滅法弱い。


「本当は明朝などがよいのでしょうけれど、街の皆様もご不安を募らせておいででしょうし、少し無理を言ってしまいました。申し訳ありません……」

「いいんじゃないですかねー。街のみんなもさっさと安心したいでしょうし」


 こっちに軽く頭を下げるリリーチェに、ルクリアがあっけらかんと言う。

 それから一時間ちょっとして、俺達は街の中央広場に移動した。


「いきなり何だ……」

「何でも、誰かが何かを説明するんだとか」

「はぁ? 何だそりゃ、全然わからないぞ……」


 広場は、ギルド職員に集められた街の住民達でごった返していた。


「それでは、始めましょうか」


 と、集まった住民達を前にして、リリーチェが錫杖をシャランと鳴らす。魔法?


「え、リリーチェちゃん、何するつもり?」

「事情の説明を」


 と、一言言って、超巨大リリーチェが出現した。


「「「ななな、何だあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」」」


 広場に突然現れた、山のように巨大なリリーチェに、住民達が驚愕する。

 だがそれは魔法による幻影。リリーチェ本人は、変わらず俺達と一緒にいる。


『ロガートの街の皆様、夜分遅くお呼び立てしてしまい申し訳ございません。わたくしは黒い雨の氏族のリリーチェと申します。『守護者』と言えばおわかりになられる方もいらっしゃるのではないかと思われます』


 拡声の魔法により、彼女の声は場にいるすべての人間に不足なく伝わる。

 すると、人だかりは今度は別の意味でザワつき始めた。


「『守護者』、って……」

「確か、魔王と戦ったっていう伝説の……」

「ほ、本当にいたのか!?」


 どよめきが落ち着いた頃を見計らって、リリーチェが告げた。


『このたびのアンデッドの大群の発生は、魔王の復活が原因でした』

「「「ええええええええええええええええええええええええええッ!!?」」」


 これには、住民達も二度目の驚愕を禁じ得なかった。

 そして驚きののちに、彼らを襲ったのは不安、恐怖、疑念。そして戦慄。

 だが、当然だがリリーチェは住民を不安がらせるため言ったワケではなく――、


『しかし、ご安心ください。魔王はすでに滅びました。皆様の生活を脅かすものは、わたくしの最も信頼する仲間達の活躍によって、見事に取り除かれたのです!』


 より大きな声で、リリーチェがそれを宣言した。


『それでは、これからわたくしの心強き仲間の皆様を、ご紹介いたします!』


 え。

 と、驚いた次の瞬間、巨大幻影の姿がリリーチェからルクリアに切り替わる。


『わっ、あ、え~と、ロガートのみんな~、こんばんはー! この前、闘技場でクソダサく負けたルクリアで~す! 実はあのあと鍛え直して、魔王討伐に参加できるくらいになれました~! お姉さん、今後も冒険者として頑張ってくんで、応援よろしくね~!』


 すげぇ。

 最初に一瞬戸惑っただけで、すぐに対応しやがった、このギルド長。


「うおおおおおお、ルクリアさぁぁぁぁぁぁん!」

「やっぱ『美拳』は健在だったんだー!」


「『美拳』復活ッッ! 『美拳』復活ッッ!」

「ルクリアさん、応援しますとも。ルクリアさーん!」


 さっきまでの不安はどこへやら。ルクリアの声に住民達が一気に盛り上がる。

 やっぱスター性あるんだなー、この人。と、しみじみ思わされるわ。


『でもね、みんな。残念なことに魔王討伐の主役はお姉さんじゃないんだー。紹介するね、骸魔王ディスロスをブッ殺した『勇者』、プロミナちゃんでぇ~す!』


 その紹介にリリーチェが応じて、次いで巨大幻影に投影されたのはプロミナ。


『え、えっ? わ、私……!?』


 住民達が見ている前で、巨大化したプロミナが頭を右往左往させる。

 人前に出ることに慣れているルクリアとの経験の差が如実に表れてますなぁ。


「……剣士? 剣士なんかが、魔王を倒したのか?」

「あれ、あの剣士、魔法も使えない欠陥剣士じゃなかったっけ……?」


 集まった人々から、そんな声が聞こえてくる。

 やはり、魔法重視の風潮が根強い西側こっちでは、プロミナの扱いはこんなモンか。


 ディスロス討伐によって、その辺りに一石を投じたいところではあるなぁ。

 その意味でも、この場におけるプロミナの言葉には大きな意味が生じそうだが、


『えぇと、えぇと……』

「プロミナ。思ったことを素直に言えばいいから」


 明らかに頭真っ白になっている彼女に、俺は小声で助言を送る。

 すると、何故かプロミナはこっちを見て破顔して、俺の腕に自分の腕を絡めてくる。


 あれ?

 ちょっ、何で引っ張るの?


『わ、私が強くなれたのは、この人に揉んでもらったからなんです!』


 おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?


『待て、待てプロミナ! ちょっと、言い方、言い方がさァ!』


 って、何でプロミナと一緒に俺まで投影されてんだ、リリーチェェェェェ!!?


『だって本当でしょ! 先生が私をいっぱい揉んでくれたから勝てたんじゃない!』

『いや、そうだけどさ、そうではあるけどさ……!』


「い、いっぱい、揉んだ……?」

「一体、どこをだ……。ゴクリッ」


「見ろ、あの赤髪の剣士、おっぱい大きいぞ……!」

「じゃあまさか、あの『草むしり』が揉んだっていうのは!?」


 あの、住民達の間から殺気が膨れ上がっていくのが感じられるんですけどッ!


『あ、コージン君はね、お姉さんのことも揉んだよ! すっごく気持ちよかったよ!』

『わたくしも、揉まれてしまいました……。その、とても、よかったです……』


 何故だかノリノリで巨大幻影に加わってくるルクリアとリリーチェ。

 おまえらは何が目的でわざわざそれを大観衆に知らせてんだよ。何の主張だよ!?


「ルクリアさんも揉んだだとォォォォ!」

「『守護者』様も? あ、あんな小さな子も揉んだのか!?」


「変態だ……」

「あの男は、変態揉み魔だ!」

「お、女の子を揉むのが好きな変態だなんて、最低よ!」


 ただでさえ低い俺の評判がさらに地の底を抉っていくゥゥゥゥ――――ッ!


『ええっと、だから魔王は私達が倒しました! みんな、安心してね!』


 現状に気づいたプロミナが慌てて言うが、もはや後の祭り。

 こうして、住民達の不安の払拭と引き換えに、俺は『ド変態揉み魔』となってしまった。


 ……俺、明日からこの街で生きていけるのだろうか。

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