第18話 とある冒険者ギルド創立者のお話

 ようやくリフィル湖に到着したのは、最初に通り過ぎてから四日後のことだった。


「……や、やっと着いた」


 結局、徒歩で来るのと同じだけの時間がかかった。

 だって何往復した? リフィル湖の先にある割と大きな街とロガート、何往復した!?


「まさか目的地点の設定部分に問題があったなんて……」


 俺が外に出ると、それに続いてルクリアがぐったりした様子でゴ車を降りてくる。

 三人の中で一番体が弱い彼女からすれば、半ば責め苦だっただろうな。


 毎度毎度、街に着くたび青い顔でゴ車の点検とかもしてたし。

 それを思うと、彼女に責任を問うこともしにくくなる。完全に想定外っぽいし。


「着いたねー、リフィル湖! わぁ、綺麗ー!」


 一方で、この苦難の四日間を常に元気溌剌で過ごし通した、プロミナさん。

 早速、湖のそばに行って小石を投げて遊び始めている。


「……あいつ、どういう体力~?」


 ゴ車に寄りかかり、ズリ落ちそうになるルクリア。


「それがプロミナの持ち味なんでね」


 と、言いつつも、俺の顔にも苦笑が浮かんでしまう。とんだスタミナお化けだよ。


「さて、しかしどうやら場所が外れてるな、こりゃ」


 俺はざっと周囲に目を走らせる。

 辺りの景色がよく見える、草原のような場所だ。しかしそこに『蒼月花』はない。


「あのさ、コージン君。あっちに見えるのは?」


 ルクリアが指さした先は、湖の向こう岸。

 そこに何やら青っぽい場所が見える。おお、あれだな。間違いない。


「プロミナー、場所移るぞー」

「え、は~い。ゴ車で?」

「やだ、歩かせて、お願い……。お願いします……」


 ルクリアが敬語になるレベルでの懇願だった。しばらく、外の空気吸いたいよね。


「えい」


 彼女が何事かを唱えると、ゴ車がフッと消えた。


「わ、消えちゃった!」

収納空間ストレージに入れただけ。ここに置いてもいけないからさ」


 そんな機能まであるんか。本当に新次元の乗り物だな、ゴ車……。


「これも含めて、ほぼ完璧な仕上がりだったけど、目的地の設定仕様がなー……」

「うん、ま、気を落とすな、ルクリアさん。人の作るものに絶対はないよ」


 特に、新しいものなんて、どこに落とし穴があるか分かったもんじゃない。


「そうだね。つまり、あたしは悪くない。それがわかればよし!」

「あんたもあんたで大概心が強いな……」


 これはこれで苦笑しそうになりつつ、俺達は湖の周りをのんびり歩いていった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 タンポポのような見た目だが、花が一回り大きく、花弁が蒼い。

 それが『蒼月花』だ。


 葉は少し大きめで、茎は細く長く、弱い風でも花が大きく揺らされる。

 花弁は中心辺りが白っぽく、外にいくに連れて蒼みをましていく。


 その芳香は強くはないが爽やかで、花の色と相まって涼しげな印象が強い。

 薬草としては香料や香水、各種ポーションの材料にもなり非常に用途の幅が広い。

 そしてこの花は、一か所に群生する性質を持つため――、


「ふわぁ……」


 視界いっぱいに広がる『蒼』に、プロミナが感嘆の声を漏らした。


「ヤッバ、『蒼月花』の花畑が、向こうまでずっと続いてるじゃないのさ」


 ルクリアも、目の前の光景に心を奪われているようだった。

 花畑、いやこれはもう、花の平原だな。

 視界の端まで『蒼』に埋め尽くされて、漂う空気も爽やかな香りに満ちている。


 心洗われる光景、ってのはきっとこういうものだろう。

 だが同時に、これだけの規模の群生地なら、絶対にいい修行ができるぞ。


「それじゃあプロミナ、お仕事開始だ。早速、この中から『翠月花』を探してくれ」

「えっ!」


 景色に見とれていたプロミナが、すごい顔をしてのけぞった。


「多分、視界を埋め尽くすこの『蒼月花』の中に、一輪あるかないかってトコだな」

「ええっ!?」


 さらに驚き、震え上がるプロミナ。

 これだけの数があっても、その中に一つあるも不明。それが『湖岸の翠月花』。

 伊達に採取難易度SSランクじゃねーんだわ。


「『究観』のやり方は教えた通りだ。第三の技法っつっても肉体の一部に血気を集める技で、『備衣』の派生技の一つだ。要領自体は『備衣』とそんなに変わらねぇよ」

「あの、でも、いきなりぶっつけ本番とか……」


「この四日間、ちょっと練習したっしょ? イケるイケる!」

「ぶっつけ本番なのは変わりないよぉ!」


 プロミナは悲鳴をあげるが、大丈夫。君は本番に強いから!


「じゃ、俺はちょっとその辺を散歩してくるから。行こうぜ、ルクリアさん」

「は~い!」

「先生の鬼ッ、バカ! 変態! 揉み魔! バカ! えっと、バカァ!」


 この語彙力のない罵倒の嵐、久しぶりに聞いた気がする。

 でもこれも必要な修行だから。プロミナには是非とも乗り越えていただきたい!


「エヘヘ~、コージン君とデートだ~♪」


 一方、こっちの人。

 何かこれ見よがしに俺に腕を絡めてきて、身を寄せてくる。歩きにくいって。


「ねぇ、どこ行くの? 釣りでもする? このまま歩く? 何なら、揉む?」

「最後だけは必要が生じない限りしねーから」


 やけにウッキウキのご様子だが、この人には別個で用事がある。

 歩き始めて十分ほど。そろそろいいか。


「なぁ、ルクリアさん」

「何かな~、コージン君?」


 やたら声を弾ませてるルクリアへ、俺はまっすぐに尋ねる。


「エリクサーが必要な相手、俺が知ってるヤツか?」

「…………」


 ルクリアから笑みが消える。プロミナとの試合を申し込んだあのときと同じく。

 その反応が、もうすでに半ば答えだった。俺は息をつく。


「そうか、知ってるヤツ、か。……誰?」


 続いての単刀直入。

 山にこもる前、俺は大陸全土を渡り歩いた。心当たりなんて幾らでもある。


「……冒険者ギルドの、創立メンバーの一人だよ」

「んん?」


 予想外の返答に、俺は小さく唸る。

 俺が山にこもる前にギルドはなかった。できたのはそのあとなんだろうが――、


「『真武』のコージン君には、こう言った方が早いかな。『第七の守護者』様だよ」

「『第七の守護者』……、黒い雨の氏族のリリーチェか!?」


 かつて、異界から大軍を率いて侵攻してきた十二人の魔王――『十二天魔』。

 こいつらは全員が不滅の魂を持っていた。

 だから肉体を殺し、魂を封印することで何とか対処した。


 その封印を守る役割を引き受けたのが『守護者』と呼ばれる十二人の長命種。

 リリーチェはエルフの魔術師で『第七天魔』の封印を守護していたはずだ。


「冒険者ギルドの前身は、魔王が復活した場合を想定して『守護者』が結成した『守護者の集い』っていう集団だったの。それに参加したうちの一人がリリーチェ様」

「まさかいるのか? ロガートの街に、リリーチェが!?」


 俺らしくもなく、取り乱してしまう。

 ルクリアは至極真面目な表情を作って、深くうなずいた。


「ロガートの街の初代ギルド長が、リリーチェ様だよ」


 気づかなかった。いや、気づけなかった。

 リリーチェとは長い間一緒に戦ってきた仲なんだが――、待てよ、これはまさか。


「もしかして、リリーチェは死にそうなのか?」


 返ってきたのは、沈黙。

 しかし重さを増したルクリアの表情が、俺に肯定の意を示す。


 見知った相手の気配なら相応の距離でも感じ取れる俺が、三年も気づけずにいた。

 それは、リリーチェの気配が弱まっているから、命が、尽きかけているから。


「俺から薬草を買い取ってたのは、リリーチェに使うためだったんだな」

「うん、そう。リリーチェ様は四年ぐらい前からずっと衰弱してて、昏睡状態なの」

「老いとか、じゃないな……。それはない」


 封印を守る役目を負った『守護者』は、全員が俺同様に不老化のすべを得ていた。

 それを考えれば、リリーチェが老衰で死にかけているというのは考えにくい。


「リリーチェが衰弱してる理由は、わかってるのか?」

「わからない。だからエリクサーを作る準備を進めてるの、今」


 そのための『湖岸の翠月花』だったってワケ、か。

 理由はわからずともひとまず『治す』ということなら、あれ以上のものはない。

 ルクリアの判断は、間違いなく正解だろう。


「ロガートに戻ったら案内してくれるか?」

「うん、それはもちろん。元々、この依頼が終わったらそうするつもりだったし」

「ありがとうな。それと――」


 少し離れた場所にある林の方へ、俺は視線を走らせた。


「丸わかりだぜ。出てこいよ」


 俺が見た先で、聞こえたのは怒りに任せた舌打ちの音。

 木陰から、茂みの奥から、そこに隠れていた連中がゾロソロと姿を見せてくる。

 そのうち三つは、俺もルクリアも見知った顔だ。


「やぁ、この間の落とし前をつけさせにもらいに来たぞ、ギルド長」


 ラズロと、その仲間達だった。


「本当にパパに頼っちゃったかぁ~……。だからあんたはボンボンだってのに」

「うるせぇ! 『草むしり』に負けるようなクソ雑魚が俺をナメ腐りやがって!」


 と、俺達に向かって抜いた剣の切っ先を向け、ラズロが怒鳴り散らす。

 その周りでは、いかにもな面相をした野郎共数十人が、各々武器を手にしていた。


「坊ちゃん、この二人をやっちまえばいいんですね?」

「ああ、そうだ。男の方は殺せ、女の方は生け捕りだ。まず俺が楽しむ。いいな?」

「ケケケ、あとで俺らにも分けてくださいよ?」


 いかにもな連中の、いかにもな会話。どいつも顔に下卑た笑みを浮かべている。

 この間の去り際といい、つくづくこいつらはお約束を踏襲してくるが――、


「今、ちょっとムシの居所が悪いんだがな……」


 俺は一歩前へと踏み出した。


「何だ『草むしり』、まずはおまえから死にたいってのか!」

「イキんなよ、ラズロ。俺は戦わねぇよ。だけど……」


 胸の奥にザワつくものに顔をしかめながら、俺はつばを吐き捨てた。


「ちょいと気晴らしに、おまえら全員、折るわ」

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