第13話 女冒険者ルクリアを、揉む! 悲嘆に明け暮れる前編!

 城壁の外にも、街はある。

 そこは、いわゆるスラム街。底辺層の人間が住みついている一帯だ。


 ボロボロの家が立ち並ぶそこをさらに越えた、街の外側の雑木林。

 そこにちょうどいいあばら家を発見し、足を止める。


「うわぁ……」


 木々の中に建つそれを見上げて、プロミナは軽く唸り声をあげた。


「これは、かなり年季の入った趣深い佇まいだね」

「なかなか奥ゆかしい言い方をするんだな、プロミナ」


 ちょっと面白くなって、口の端が自然と吊り上がってしまう。


「あー、ひどい! 先生に笑われたー!」

「悪い悪い。それより、ルクリアさんを運ぶぞ」


 空いたままの戸をくぐって、俺とプロミナは中に入った。

 中は、思ったよりも広い。棚が一つと、ベッドが一つ。椅子が二つ。それだけだ。


 木の壁は隙間が多く、陽の光が木漏れ日みたいに差し込んでいた。

 風雅に見えなくもない辺り、本当に趣深いのが逆に笑いを誘う。


「ふわぁ~、何かすごい……」


 物珍しげに中を見回すプロミナの声を聞きつつ、ルクリアをベッドに寝かした。

 長い間使われていなかったであろう木のベッドがギシと軽く軋む。


「ここなら大声を出しても街まで届かんだろ」

「そうね。っていうか、こんなおあつらえ向きの場所、よく見つけられたね」


「ん、あ~、まぁ、匂い、かな」

「……犬か?」


 そんな至極真面目な表情で言われてしまっては、こっちは何も返せないんだが?


「……ぅ……」


 そこに、ルクリア漏らした小さな呻きが聞こえてきた。


「――ここはどこよ」


 おや、まぁ。


「気持ち悪くないのかい?」


 ベッドの上に転がしたルクリアに、軽く言葉をかけてみる。


「吐きそう。最悪の気分よ。……ポイズンボアに噛まれたときよりしんどい」


 ポイズンボアは強力な毒素を体内に抱えた蛇型の大型モンスターだ。

 こいつに噛まれたら死ぬしかないと言われてるんだが、生き残ったんか、この人。


「あんたら、あたしをこんな場所に連れてきてどうすんの? 何が狙い?」


 全身を汗に濡らしながらも、ルクリアは普通に俺達と会話した。

 物言いが随分と蓮っ葉になっているが、これが彼女の素の口調なのだろう。

 そして、そんな彼女を見てプロミナが言葉を失っていた。


「ふ、普通に話してる……?」

「君のときは、意識が朦朧としてて呂律も回ってなかったモンなぁ」


 その対比からも垣間見ることができる。

 ルクリア・ヴェスティ、彼女はとんでもなく強靭な精神力の持ち主だ。


「……あれだけの人数の前で、とんだ醜態晒したわ」

「そうだな」

「誰のせいだと思ってんの? あんたが『真武』だろうが知ったこっちゃないわ。この落とし前は絶対につけてやるからね。あたしは、執念深いんだ」


「執念深いんじゃなく、諦めが悪いんだろ。未だに冒険者を続けたがる程度に」

「…………」


 ルクリアは押し黙り、そっぽを向いた。

 まぁ、いいさ。どんな態度を取られようと、俺がすることは変わらない。


「俺の目的を知りたがってるようだから答えてやる。俺はこれからあんたを揉む」

「……は?」


「あんたの頭と顏と首と肩と胸と腹と背中と腰と尻と足と腕と手を揉む。全部揉む」

「は、ちょ……ッ!? う、ぐぇぇ……」


 ガバッと身を起こそうとするルクリアだが、すぐに顔を青くして突っ伏した。

 いやはや、動けるだけでも大したモンだ。

 普通ならプロミナのときみたいに指一本も動かせなくなるってのに。


「な、何なのよ……、これ以上、あたしを辱めて、どうしようってのよ?」

「うわ~、その気持ちわっかるぅ~。そうだよね~、『何なの』って思うよね~」


 プロミナ、余計な茶々を入れるでないよ。


「えー、いや、別に辱めるとかの目的は、ない」

「じゃあ何? あたしを慰み者にでもする気? いいわよ、好きにすれば!?」

「それも違うよ。俺は、あんたを揉んで『直す』」


 ルクリアの顔から、表情がすこんと抜け落ちた。

 かすかに開けた口から「は?」とだけ漏らし、丸くなった目で彼女は俺を見る。


「実際に触れてみてわかったことだが、あんたの体はツギハギだらけだ。負傷も、毒も、病気も、その他の体の不調も全部、治癒魔法で無理に治してきたんだろ?」

「な、何でそれを……」


「わかるんだよねー、コージン先生は」

「横から俺のセリフを取るのはやめろください、プロミナ」

「は~い」


 やることないからって水を差して、この子は。


「とにかく、今のあんたは治癒魔法の過剰使用の影響でボロボロだ。疲れも酷いし、関節や筋がいびつなまま安定してる。こんなんじゃ、思うように動けなくて当然だ」

「それを、あんたが揉んで治すっていうの……? 本当に治せるとでも?」

「『治す』んじゃなくて『直す』んだよ。あんたの体を『あるべき正しい形』にね」


 ルクリアの顔を真っすぐ見つめ、俺は告げた。

 すると驚きに染まっていた彼女の顔が徐々に怒りに染まり、その瞳に涙が浮かぶ。


「できるワケない」

「できる。俺が揉めば『直せる』」


「できるワケない。できるワケない! 色んな国を回って、どんな高名なヒーラーに頼んでも無理だった! どれだけ有名な錬金術師に頼んでもできなかった! いくらお金を積んでもあたしの体は『直ら』なかった! だから無理、できるワケない!」

「できる。俺なら――、『直せる』」


 積年の思いを弾けさせるルクリアに、俺はただ短くそう断言した。

 ルクリアは両のまなこから涙を溢れさせて、かすれた声で俺に向かって絶叫する。


「じゃあ、やってよ! やってみなさいよ! 壊れ果てたみじめなあたしを、あんたの手で『直して』みなさいよ! あたしはまだやれるんだってこと、あたし自身に証明して! 本当にそれができるなら幾らでも触らせてあげる。だから……!」


 だから――、


「あたしを、揉んで!」


 のどが張り裂かんばかりのその訴えに、俺は無言でうなずいた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 時間が過ぎて、老廃物の排出もようやく終わった。

 かかった時間は五時間ほど。

 そこだけを見れば、プロミナのときの半分にも満たない。


 ただ、ルクリアの場合はそもそも事情が違う。

 彼女の肉体を蝕んでいる主な要因は『治癒魔法の濫用による人工的な歪み』。


 それは、プロミナを蝕んでいた『疲れによる歪み』とは些か質が異なる。

 例えるならプロミナは『酷使の果て、全体に渡って深刻な歪みが出ている状態』。

 ルクリアは『壊れるたび修繕を繰り返した結果、ついにガタが来た状態』である。


 全体的なダメージ量でいえばプロミナの方が上だった。

 しかし、こと『局所的なダメージ』に限ってなら、今回の方が厄介だ。

 今回はプロミナのときとは揉み方を変えなきゃいけないワケだ。


「さて、これから始めるが」

「うん」


「プロミナ、君は外に出て素振りでもしてなさいね」

「えー! 何でよ、私も見たいのにー!」

「へぇ、君って自分が揉まれてるところを他人に見られてもいい人なんだ?」


 って、言ったら一発で出ていった。ですよねー。

 いかにも興味ありげだったけど、さすがに揉んでる最中は集中しなきゃなんだわ。


「一人であたしをまさぐり尽くす気なんだね。つくづく下衆な男、最低だわ!」

「いや~、口が減らねぇなー、あんたも」


 その反骨心はちょっと感心すらしてしまうわ。ま、どうでもいいけど。


「ふむ、服を脱がせる必要はなし、か。しかしいい素材使ってるな」


 ルクリアが着ている道着を軽く触れて、手触りを確かめる。

 薄く、軽く、指に感じるきめ細やかさは絹に近い質感。これなら上から揉めるか?


「ははぁ、こりゃ錬金術製の素材だな? 魔力を流すと防護結界を形成するのか」

「だから何でそれがわかんのよ……ッ」


 いかにも気に食わないという口ぶりで悪態をつくルクリア。

 そんな彼女をうつ伏せに寝かせ、俺は背姿全体を俯瞰して見下ろす。


 あ~ぁ~、こりゃまたひっでぇ状態だ。

 指先の位置が左右で見てわかるレベルでズレてる。肩も傾いてて、足の指もだ。


 日常生活を送るなら支障ない程度ではある。

 だが、戦うとなれば、殴るとなれば、蹴るとなれば、それは致命的なズレ幅だ。

 壊れ果ててる、と言った彼女の言葉にも納得がいく。


「どう? 『直せる』? どうせ無理よ、やめておきなさいよ」

「ん~……」


 自暴自棄気味に笑う彼女の声を意識の端に聞きつつ、俺はしばし観察する。

 そして、決めた。


「ああ、ルクリアさん。一つ言っておくよ」

「……何よ。今さらできません、ごめんなさいって言うなら、殺してやるわ」


「いや、そうじゃなくてさ、多分、かなり気持ちよくなるから、覚悟キメといて」

「は? ……え、あんた、何言って?」


 ルクリアの背中、心臓の裏側に相当する箇所に親指を当て、グッと押し込む。


「……ひぐっ、ぅ!」


 反応は、それなりに大きかった。

 悲鳴というよりは、いきなり全身を走ったものに驚いたかのような声。


「な、に、今の……? ぅ、脳髄に、ビリビリ、って……」


 声をかすれさせるルクリアだが、俺は構わず、心臓の裏側を指で押し続けた。


「ぁ、は! ……ぅ、くぅ、んっ」


 彼女の体が小刻みに震える。その声は熱を帯びて、吐息には湿り気が混じった。

 当てた親指に、高まるルクリアの鼓動が伝わる。


 だが心臓が動く手応えは、戦士と呼ぶにはかなり弱めだ。

 はっきりわかった。この人は虚弱だ。才と資質が完全に魔術師に偏っている。


「はっ、は、ぁ……、ど、どうしたの? もう、終わり? この程度で、ぁ、あたしが屈するとでも思ったの? あたしを『直す』なんて、どうせできやしないのよ!」

「はいはい、言ってろ。まだまだこれからだよ」


 精神力だけは大したモンだと思いながら、さらに心臓の裏を揉みほぐしていく。


「ひぁっ……! ぁ、あ、く、屈しない、あたしは屈しないか、ら、ぁ……ッ!」


 何で勝負じみた物言いしてんだ、この人?

 そんな疑問を内心に抱えつつ、俺は本格的にマッサージに突入した。


「あたしは、ァ、あんたなんかに、屈しない、ぃぃ……、ふ、ぁ、あぁあッ!」

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