第8話 ガルンドル氏の華麗なる転落(住居提供、首輪付き)

 俺達を囲む多数の兵士が、剣や槍を向けてくる。


「大人しくしろ!」


 と、やけにピリピリした様子でこっちに言ってくるんだけど、ルクリアさん?


「大丈夫よぉ、ちゃんと従ってくれるなら手荒なことはしないわ~」


 言いつつ、手に持った酒瓶を口につけてラッパ飲み。

 こんな真っ昼間の緊急事態時にも酒か、このギルド長。勘弁してくれや。


「何が大丈夫なのさ。いきなり囲んで、武器向けてきて。俺ら何かした?」

「おう、その通りじゃ! 何じゃおどれら! 何の理由があるっちゅうんじゃ!」


 おめーには武器を向けられる理由しかねぇだろうが、『冒険者ギルド破り』。


「まぁ、ね。そこの竜人さんがムチャクチャやってくれたから、こっちものん気じゃいられないのよ~。コージン君とプロミナちゃんには悪いけど、大人しくしてね?」

「逃げ道塞いで、多人数で囲んで武器向けて言うこと聞けって? それじゃあ丸っきり罪人扱いじゃないっすか、俺とプロミナ。こっちゃ、善良な一般冒険者っすよ」


 頬を酔いに赤くして笑っているルクリアに、ムッとなった俺は反論を試みる。

 すると、それに言い返してきたのはルクリアではなく、兵士の一人。


「大人しくしろと言っているのが聞こえないのか! 冒険者風情が!」

「……は?」


 さすがにカチン、と来た。

 ルクリアに率いられている以上、この兵士達も所属は冒険者ギルドのはず。

 それが、言うに事欠いて『冒険者風情』、だぁ?


「ああ、もういいや」


 呟いて、俺はハァ、と大きく嘆息する。


「え、いいの? じゃあ、ちょっと一緒についてきて――」


 ルクリアが変わらない調子で言いかけるが、


「ひぐっ」


 俺にナメたクチききやがった兵士が、引きつった声と共にその場に倒れ伏す。

 そいつを皮切りにして、兵士達は泡吹きながらバタバタと卒倒した。


「……え、え?」

「なんじゃあ!!?」


 不思議そうに周りを見るプロミナに、大騒ぎするガルンドル。


「騒ぐな騒ぐな。ちょっと威圧しただけだよ。一時間もすりゃあ目ェ覚ますさ」

「威圧……。これも気功の技なの、先生?」

「技って程のモンじゃねぇな。君ならそのうち使えるさ、プロミナ」


 ああ、でも離れた相手に『威』をぶつけるにはある程度の技術が必要か。

 ま、それを教えるのは今じゃないと判断し、俺はルクリアを強めに睨みつける。


「ギルドのモンが冒険者をナメちゃいかんでしょ、ルクリアさん」

「う~ん、そうかしら。そうかも。そうねぇ~。……に、しても実は『真武』っていう話、あながち嘘じゃなさそうね、コージン君。さすがに今のはビックリしたわよ」


 その話は今はいいから。

 そんな大昔の話を今さらクローズアップされても、反応に困るだけだわ。


「で、ここからどうするんすか?」

「うん。どうしようかしら。立場逆転しちゃったし、謝罪いる? 何なら脱ぐ?」


 どっちもいらねぇ~!


「お姉さんとしては、そっちの『冒険者ギルド破り』さんを捕まえに来ただけだったんだけど、まさかコージン君とプロミナちゃんがいたなんて思わなくてね~」

「ま、ギルド長としたら放っておけるワケないっすもんねェ、こいつ……」


 うん、それについてはガルンドルを擁護するつもりはない。


「何じゃワレ、コラァ! 今までのした冒険者共の仇でも討とうっちゅ~んか? じゃったらいつでも受けて立つわい! ワシは誰の挑戦でも受けたらぁ!」

「いや、弁償して」


 鼻息も荒く、腕を組んで凄むガルンドルに、ルクリアがした要求がそれだった。


「各地の冒険者ギルドを襲撃した回数、十七回。さすがに被害総額がシャレにならないのよねぇ~。だからガルンドル君には弁償してもらわなきゃ、っていうお話」

「十七回て……」

「ひっど……」


 俺もプロミナも、ルクリアの話を聞いてただただ開いた口が塞がらんかった。

 ガルンドルがトラブルメーカーなのはわかるが、これは完全にライン越え。

 しかし、この脳筋竜人が大人しくうなずくワケもなく、


「おうおうおうおう! ワシの責任たぁどういう了見じゃい! ワシァ、正々堂々勝負を挑んで勝っちょろうが! 何故に負けた方の要求を呑まにゃならんのじゃ!」


 この、いっそ無垢と言ってしまってもいいレベルのガルンドルの蛮族思考。

 おかしいなぁ~、俺が知ってる他の竜人さん達、こんなんじゃないんだけどな~。


「コージン君、これ、どうにかならないかしら~」

「先生、これは何とかした方がいいと思うよ、私も……」


 チラ、チラとこっちを見てくるルクリアに、困り顔のプロミナ。

 ちくしょう、二人ともこの場での最適解を完全に理解してやがる。ちくしょう!


 ……とはいえ、乗りかかった船、かぁ。


「おい、ガルンドル」

「ぬおお、ワシの名を呼ばれましたかいのぉ、コージン大先生!」


 大先生……!?


「ぶふっ」


 おい、コラ、そこのルクリア。飲みかけてた酒を噴き出すんじゃない!

 それはこっちがするべきリアクションでしょうが!


「な、何ですかいのぉ? もしや、ワ、ワシのことを本当に弟子にして……?」


 クネクネするな、揉み手をするな、すり寄ってくるな! デケェんだよ、おまえ!

 俺は気づかれないように息をついて、改めてガルンドルに告げた。


「弟子にしてやってもいい」

「まことにござるかッッッッ!!?」


 ガルンドル氏、喜びのあまり口調が壊れる。


「ただし、これまでやって来たことへの責任を全て果たしてから、だ」

「何ですと?」


「おまえ、プロミナに負けたことを誇りにするっつってたよな」

「はいッ! 姐御と立ち合えたことは、ワシにとって間違いなく誇りですわい!」


「だったら、他も誇れよ」

「他も、とは……?」


「常に敬意を忘れるなってことだ。おまえも武人を気取るなら、今までの全ての勝負を己の糧とし、立ち合った相手全員を自らの誇りとしろ。そうやって勝ちも負けもまとめて喰らい、心身を磨いてこその武。それができないヤツはただのチンピラだ」

「お、おぉ、おおおおおおぉ……ッ」


 何やら感激している様子のガルンドルに、十分に勿体ぶってから俺は告げた。


「――ガルンドル、おまえは武人か? チンピラか?」

「ワシは、ワシは武人になりとぉございますぅぅぅぅぅぅ~!」


 ガルンドル氏、その場に這いつくばって漢泣き。

 うあああああああああああああ、むさ苦しい、暑苦しい、勘弁してほしい!


「ガルンドル君さぁ~、大先生もこう言ってるし……、わかるわよね~?」


 そこに、赤ら顔のルクリアが横から覗き込んでくる。

 あれ、手に持ってた酒瓶がない。俺が説教してる間に飲み干しやがったな!?

 人がやりたくもないことしてるときにいい御身分だな! と思っていると、


「これまでやってきたことの責任、取ってくれるよね?」

「おう、仕方がないが、やったるわい!」


「本当に? ちゃんと責任取ってくれる?」

「やるっちゅうとろうが! 漢ガルンドルは二言はない!」


「本当の本当に?」

「おどれ、しつっこいのぉ! やるっつっとんじゃろ!」


 ガチャン。


「はい、契約成立~」


 ガルンドルの首に、黒い首輪がつけられていた。


「何じゃあ、こん首輪はァァァァ~!?」


 驚愕し、ガルンドルは反射的に外そうとして両手で首輪を掴む。

 すると首輪の表面に魔法文字が浮かび上がって、電撃が走った。


「アバビャバギョバボベアビャバラララバラッバァァァァ~~~~ッ!!?」

「あ、その首輪ね、命令に逆らったり外そうとすると、電撃魔法が発動するわよ~」


 遅い、遅いよルクリア。説明が遅い。

 もうすでに竜人剣士の丸焼きができあがってるよ。ああ、見事に焦げちゃって。


「さっすが最高級の『隷属の環』。竜人でも気絶させちゃうなんてイカすぅ~」

「ルクリアさん、それ奴隷に使う呪いのアイテムじゃないっすか」

「えぇ……」


 プロミナがドンビキする。

 だがルクリアは悪びれる様子もなく、アハハと笑ってまた酒瓶をラッパ飲み。

 おまえ、その酒は一体どこから持ってきたの?


「さて、これにてお姉さんの用事は無事に終わりました~。と、見せかけて~」

「いいです。聞きたくないです。薬草はこれからもちゃんと卸しますんで。じゃ!」


 これ以上、厄介ごとに関わってられるか。

 俺はプロミナの手を取って、早々にその場から立ち去ろうとする。


「待って、待ってコージン君。ちゃんとした依頼だから、変な裏はないから!」

「…………本当でしょうね?」

「うわ~、こっちのこと微塵も信じてないのが丸わかりな目だわ~」


 ったりめぇだろうが。

 俺達をガルンドルと一緒くたに捕まえようとしたヤツの何を信じろと。


「でもね、これは本当に困ってるの。丁度君がうっつけなのよ~」

「一応聞いてあげますけど、報酬は……?」


 冒険者への依頼は報酬あってのもの。

 その依頼がどんな内容でも、まず先に報酬の提示がなきゃ話にならんだろ。


「報酬、報酬ね~。じゃあ、コージン君が決めてもいいからぁ、依頼受けて?」


 ……お?


「それは、こっちの言うことを何でも聞いてくれるってことっすか?」

「限度はあるけど、お姉さんにできることなら、してあげちゃうわよ~ん」


 とんでもないことを平然と口にしつつ、ルクリアが誘うような笑みを浮かべる。

 それを受けて、俺はプロミナの方を流し見た。


「…………」


 彼女は、何故か頬を赤くして俯いていた。

 あ、そういえば手ェ繋ぎっぱなしだったわ。忘れてた、ごめん……。


「OKです、その依頼、引き受けますよ。ただし報酬は先払いでお願いします」

「わ、よかった~。先払いで全然いいよ~。コージン君は何が欲しいのかしら?」


 ニヘラと弛んだ笑いを浮かべるギルド長に、俺は自分の希望を叩きつける。


「プロミナと立ち合ってください。ルクリアさん」


 ルクリアの顔から、笑みが消えた。

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