第2話 魔法なんて、戦士にはいらんワケよ

 プロミナの右ストレートは、俺の鼻先寸前でピタッと止まった。


「当てないんだ?」

「次は容赦なく当てるから」


 彼女は俺を厳しく睨みつけながら、そんなことを言う。

 次は、か。

 なるほど、表向き気性は激しそうだが、根は優しい性分っぽいね。


「で、あんたは何なの? いきなり揉ませろとか、セクハラも甚だしいわよ!」


 そう言って、プロミナは自分の豊かな胸部を俺から隠すように腕で覆った。


「ふざけんなァ! 俺がそんな不純な動機で言ったとでも思ってるのか、君は!」

「え、あ、え? ご、ごめんなさい……?」


「俺は、乳だけじゃなく全身を揉ませてくれって言ってんだよ!」

「はぁ~~~~!?」


 両手をグッと握り締めて、頬を赤くするプロミナを全力で説き伏せる。


「君の顔、首、肩、胸、腹、背中、腰、尻、腕、足、手、指、全部を揉みたいの!」

「はぁ~~~~~~~~!!?」


 何故か、余計派手なリアクションをされてしまった。

 あれ、何でだ。

 俺はこんなにも情熱を込めて真摯にお願いしているのに。


 情熱が伝わりすぎたのか、プロミナは耳まで真っ赤にしなって固まっている。

 口はあんぐり開いたままで、瞳だけが時折まばたきをしていた。


「な、な、何なのよ、あんた……」

「俺? あ~、俺は――」


 そういえば自己紹介をしてなかったなと気づき、ひとまず名乗ろうとする。

 だがその前に、横から口を挟んでくるヤツがいた。


「そいつはコージン。おまえの同類の、魔法を使えない最底辺の『草むしり』さ」


 ラズロだった。

 左右に二人の仲間を侍らせて、ニヤニヤといやらしく笑っている。


「魔法が、使えない……?」


 その言葉に反応を見せるプロミナ。

 くだらねぇ横やり入れやがって、と思いながら俺は自分の髪を軽く掻いた。


「ああ、そうだな。俺は魔法が使えねぇよ。一切、何の魔法もな」

「そうそう。それで普通の依頼を受けられないから今までずっと薬草採取しかしてない、ただの『草むしり』だ。そういう意味じゃ、プロミナ以下だよな、おまえ」


 噴き出しそうになるのを堪えて、ラズロが俺を指さす。

 左右の女二人も同じような感じで、そのしょうもなさに俺はため息をつく。


「あのなぁ……」

「あ、何だよ『草むしり』。いっちょ前に反論か? 聞いてやるから言ってみな」


 言われるまでもなく、ニヤケ面のラズロに俺は告げる。


「魔法なんて、戦士にはいらんワケよ」


 ――瞬間、爆ぜた。


「クハッ、ハハハハハ! ギャハハハハハハッ! 何言ってんだ、こいつ!」

「アハハハハッ、アハハハハハハハハ! 何今の、チョーカッコイイんだけど!」

「『魔法なんていらんワケよ』キリッ、ですって! 何てバカらしい!」


 それはもう、清々しいまでの爆笑だった。

 ラズロ達だけでなく、酒場にいた冒険者全員が一緒になって笑っている。

 ルクリアすらも、机に突っ伏してピクピク震えてらっしゃる。


 嬌笑、哄笑、嘲笑、苦笑、失笑、冷笑。

 とにもかくにも、俺を虚仮にする数多の笑い声が、酒場全体に響き渡る。


「……この、バカッ!」


 と、一声叫んで、プロミナが酒場から走り去ってしまう。


「おっと、ルクリアさ~ん! 薬草一割値引きするからここの支払いよろしく~!」

「あら、了解よ~。助かる助かる。払っておくから、今後ともご贔屓にね~!」


 ルクリアの返事を聞いたのち、俺は急ぎプロミナを追いかけた。


「あ、いたいた。お~い、待ってくれ~!」


 プロミナは、すでにかなり小さくなっていた。思った通り、足が速い。

 だが、俺も遅くはないぞ。追いかけっこは始まった。


「お~い、プロミナ~! 揉ませてくれぇ~!」

「ちょっ! 何で追ってきてんの!?」


 手を振って叫ぶと、プロミナは肩越しにこっちを見てギョッとなるのが見えた。


「君から答えを聞いてないからだよ! お願いだから揉ませてくれよぉ~!」

「イヤに決まってるでしょ! バカ、変態! ド変態! スケベ野郎!」


 な、何故だッ!?

 そういうのじゃないって、ちゃんと伝えたはずなのに!

 こうなれば、とことん追いかけて、とことんお願いし倒すのみ!


「ちょっとだけ、ちょっと揉むだけだから! 大丈夫、損はさせないから!」

「絶対、イヤァァァァァァァ――――ッ!」


 絶叫するプロミナに、往来の人々が何事かと視線を注ぐ。

 全員が驚き顔になってるのは、きっとプロミナの健脚を目の当たりにしたからだ。


 俺から必死に逃げながら、同時に会話を成立させる。

 尋常ではない体力と肉体の頑健さがなければ、そんなことは無理だ。


 やはりプロミナ、俺の見込んだ通りの十年に一人、いや百年に一人の逸材。

 逃がさんぞ。何があっても逃がさんぞ。何があってもだ!


「俺は君を揉むぞ。絶対に、必ず、世界が滅びようとも君を揉むぞ、プロミナ!」

「頭おかしい方向に決意固めてんじゃないわよ、バカァ――――ッ!」


 そのまま、プロミナと俺は夜の街を出て平原を突っ走った。


「プロミナァ、俺の話を聞いてくれェ~~~~!」

「どうせ聞いたって、揉ませてくれって言うだけでしょ~~~~!」


「うんッッッッ!」

「ちょっとは! 取り繕いなさいよ! バカッ、変態! バカ! アホォ!」


 こっちは正直に説得しているだけなのに罵られた。何故だッ!


「だが諦めない。俺は、諦めないぞぉ!」

「もう、こいつやだぁ~~~~!」


 平原すら突っ切って、彼女と俺はその先にある森へと入った。

 そこでプロミナの呼吸が乱れ始める。なるほどな。これが今の彼女の限界か。


「はぁ、はぁ……ッ!」


 激しく肩を上下させ、プロミナが足を止めたのは山の上。

 街を出て、平原を過ぎ、森を超えて、山を登り、そして月が鮮やかなこの場所へ。


 辺りを見れば、そこかしこに古い石造りの建物跡がある。

 ぶっとい石柱が並んでいるそこは、おそらくは古代遺跡なのだろう。


「何なのよ、本当にッ、ぜっ、はぁ……、何なの……!?」


 石壁に背をもたせ、何とか立っているプロミナが、汗まみれの顔を俺に向ける。


「何って、もう何回も言ってるだろ。俺は君を――」

「あんたも、どうせ私のことバカにしてるんでしょッ! わかってるんだから!」


 ……は?


「これだけ走って汗一つかいてないなんて、魔法を使ってるに決まってる!」


 ああ、俺のことをそんな感じで見てたのね。でも、お生憎様。


「俺は魔法は使えないよ。何なら調べてもいい。ギルドに頼めば鑑定してくれるさ」

「じゃあ、魔法を使えないのに、これだけ走って息切れしてないっていうの?」

「ま、それなりに鍛えてますんで」


 そう言って、俺は肩を竦める。


「鍛えてる、って、そんなの私だって……!」

「ああ、かなり鍛えてるよな。だが無理をしすぎてる。血の汗と血反吐をセットにしてもまだ足りない程の修練を積んできたんだろ。見てればわかるよ」


 俺の指摘に、プロミナは大きく瞳を見開いた。


「何で、そんなこと……」

「わかるんだよ。俺にはな。そして、だからこそ言う。君を揉ませてくれ」


 驚愕に染まりかけていた彼女の顔が、一瞬にして嫌気に歪む。


「結局それ? 何なの、あんたが私を揉んだら、どうなるっていうの!」

「君が強くなる」


 静かに輝く月の下、影を纏った俺はプロミナに真っすぐ告げる。


「君はおそらく、何か目的をもって強さを求めている。だが焦ってもいる。そのおかげで体をいじめ過ぎて、本来得られる強さの一割も達していない状態だ」

「い、一割……!?」

「もう一度言うぜ。俺にはわかるんだ。君の体を蝕む、根深く色濃い『疲労』が。俺はそれがどうにも我慢できない。取り除きたくて仕方がない。だから揉ませてくれ」


 俺は一歩近づく。

 すると、プロミナはハッと我に返って、壁に強く背を押しつけた。


「……嘘だわ」

「嘘じゃないって」


「嘘よ。そんなこと言って、私に触りたいだけなんでしょ! バカにしないで!」

「そんなことはないって……」

「みんなそう、みんな、剣士だからって、魔法が使えないからってバカにして!」


 こっちを睨みつける彼女の瞳には、うっすら涙が浮かんでいた。

 その反応だけでも、これまでプロミナが受けてきた扱いが窺い知れるってモンだ。


「言葉じゃ、説得しきれないか」


 息をついて、俺は足元に転がっていた細い木の枝を拾い上げる。


「なぁ、プロミナ。俺はギルドで『戦士に魔法は必要ない』って言ったよな」

「……それが、何よ」

「今から、その理由を教えてやる。見てな」


 そして俺は、近くの太い石柱に枝を軽く押し当て、


「よっと」


 そのまま、枝で石柱を切り裂いた。


「……え?」


 間の抜けた声を出すプロミナの前で切断された石柱が大きく傾いで倒れる。

 ドゴォン、と、重々しくも派手な音が遺跡中に轟いた。


 揺れる地面。

 舞い上がる土埃。


「もちろん、魔法は使ってないぜ」


 その場にへたり込んだプロミナに、俺は笑って手を差し伸べる。

 すると、彼女は青ざめきった顔でこっちを見上げてきた。


「あんたは、何者なの……?」

「俺はコージン・キサラギ。趣味で冒険者のトレーナーをしてる者だ」


 プロミナが俺の手を取るまで、まだしばしの時間が必要だった。

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