刺客

 テンスという十号機に警告された私は近くのビルの屋上で思考を巡らせていた。隣にはエインスが座り込んでいるが、今は手を出す気にならない。


「テンスは私と同じ研究施設にいた十号機です。超遠距離射撃型で狙撃を得意としていて、撃てば百発百中……数十キロ先の相手の脳天を貫けます」


「凄腕のスナイパーじゃない」


 一般的な狙撃手の射程距離は分からないが、数十キロ先の敵を狙えるのは素直に凄いだろう。私でも出来るか分からない。まあ数十キロ先の美少女を見つけるのは朝飯前だが……


「狙撃手が此処にいるということは……」


 フリューゲルの兵器であるテンスは言わば戦いの火種だ。何かしら裏があり、狙撃手という特性上、恐らくは要人の射殺だろう。そうなれば最悪の場合、私たち、いやアリアムーン自体が戦禍に巻き込まれてしまう。


「どうしますか?」


「勿論、止めるつもりよ。彼女も私の妹。間違った道を進む妹を、正しい道に戻すのは姉の仕事でしょう?」


「それって私も入っていますよね」


 エインスは八号機、テンスはその名の通り十号機。年齢的にはテンスの方が年上だろうが、実験ナンバー的にはエインスが姉である。


「良かったじゃない。二人の妹ができて」


「私は姉なんて柄じゃないです……」


 少し揶揄ってみると、エインスは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。やはりまだまだ子供らしい。


(あっ……ムラムラしてきたわ……無心無心……)


 可愛らしい妹を見て発情するなんて倫理に反していると紳士モードがヒシヒシと圧を掛けてくるので、私は必死に無を意識する。そう、私は海に漂う海藻だ。

 瞑想という迷走していると、急にエインスが立ち上がった。どこか覚悟を決めたような表情だ。


「私、テンスを説得してきます!」


「危ないから止めておきなさい」


「ならどうしたらいいんですか! このままだと戦争が起きます!」


 エインスは声を荒げた。切羽詰まったように見えるが、姉としての自覚を抱いたのだろうか? 

 兎に角、私も姉としてナインス、エインス共に危険なことに晒す訳にはいかない。家族であることを前提に、彼女たちは私の夢である美少女ハーレムを作るための一員になってもらう予定なのだ。勿論、テンスもそこに入れるつもりである。


「役割分担をしましょう。私がテンスの対処。エインスは……仕事を探してちょうだい」


「こんな時に何を!? 気でも狂いましたか!? 変態!」


「変態じゃないわ」


 変態は余計だろう。明らかに今は関係ない単語である。

 美少女とはいえ、反抗的なのは憚られていたが、最近になって罵られるのも良いと思ってしまうのは何故だろう。私はエインスに調教でもされているのだろうか。

 兎に角、気を取り直して「ごほんっ」と咳払いをして、私は考えを述べる。


「私がジャンク屋で稼いだお金は少ないわ。一週間くらいで尽きてしまう。そうならないために仕事が必要なのよ」


「うっ……だからってなんで私に……」


「エインスだからこそよ。私を信じればいいの。ナインスと合流して仕事を探しなさい」


「……うん」


 どうやら納得してくれたようでエインスは首肯した。どことなく哀愁が漂っていて、見ているこっちまで悲しくなってくる。

 月都市アリアムーンは中立地帯の筈だ。それが、どうして戦争の危機に晒されているのか? ビルから見える月人は平和そうに暮らしていて、まさか自分が戦禍に巻き込まれるとは思ってもいないのだろう。

 月人だけじゃない。家族、それも全人類、いや全美少女を守るためにも、私はテンスを見つけ出して食い止めないといけない。決して、下心を持ってテンスに近づく訳ではない。耳をはむはむしてもらいたいとは思っているが……


「何か変態的なことを考えていませんか?」


「な!? 失敬な! 私は常に冷静よ。それじゃあ作戦開始!」


「え!? ちょっと待っ――」


 エインスは鋭い。やはり家族だけあって、私のことをよく見ているのだろう。

 心遣いは嬉しいが、バレたらバレたで紳士モードに苦しめられるのは私なのだ。こういう時、逃げるが勝ちなのよね。

 背後で何かを言っているエインスを放置して私はビルから飛び降りた。

 そういえばナインスは何処にいるのだろう? エインスなら見つけられると思うが、一応こちらでも探しておこう。

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