休息

 人間とは愚かな生き物だ。二人だけなら何の障害もないが、三人以上となれば派閥が発生して格差、差別的になる。

 大方の人間は自分に甘く、他人に厳しいのだ。

 自分を見るときはあまりに近距離から、内側から自分を見ている。そして、他人を見るときはあまりにも遠くの距離から輪郭をぼんやりと見ているからだ。

 これに反してじっくりと観察するようにすれば、他人を非難すべき存在ではないし、自分はそれほど甘く許容すべき存在ではないと分かってくる筈だ。




 ……この世界もそう。人類が宇宙に進出して早くも195年。今では地球経済が地に落ち、その貧困さ加減からディクラインと呼ばれ、差別の対象になっている。勿論、地球の人たちは良く思っておらず、火星やコロニーに対して対抗意識を持ち、その意識がフリューゲルという過激派組織を生み出し、また戦争の火種を増やしていった。


 ……だがしかし! 私は違う! 私は全世界の美少女たちを崇め、全員を平等に愛すとここに誓う! きちんと全員の性感帯だって憶えるし、なんなら彼女たちの奴隷になってもいい! あっ! 性奴隷だと嬉しいなって!


「ふふふ……これからを想うと胸が熱いわ!」


「馬鹿! 図書館で叫んでどうする!」


「はっ……なんでもないわ」


 そうだった。

 熱い決意を胸にして、つい意気込みを入れてしまったが此処は図書館で、情報収集のために歴史の本を読んでいるのだった。

 ヒリヒリとする緊張を孕んだ周りの空気に居心地の悪さを覚える。


「……ねぇ、別に私に付き合わなくてもいいわよ? もう友達になれたし、束縛するつもりはないわ……あ、嫌って訳ではないからね? 寧ろデートみたいで嬉しいっていうか――」


「お前は何を言っているんだ……こっちは好きにさせてもらう……上には新兵器の調査のための単独行動と言っているからな」


「まだ私が新兵器だと?」


「現在、我が軍で使用されているグローマーズは武器に埋め込まれている物が多く、出力は低い。グローマーズを体内に宿し、兵器転用なんて……そんな危険な技術、フリューゲル製なのは間違いないだろう」


「……もしかして私って解剖されたりする?」


「確かに貴重な兵器だ。仮に私に捕まったら研究し尽くされるだろうな。まあ私が言う新兵器は別にいるだろうし、それを調査するついでにお前の監視だよ」


「そうなの……好きにするといいわ」


 私にユイという名前をくれたのに、その名前で呼んでくれないので何だか少しだけ寂しく思ってしまう。

 その気持ちを誤魔化すように私は読書に努めた。これもこの世界で生き残るための術なのだ。


 暫く本を読み続け、この世界についてある程度は理解できた。

 つまり、人類は宇宙にコロニーという大地を作り、火星や月に移住している。その中でも強いのはグローマーズが採掘できる火星、国家の名前はオーダーだ。アゲハが所属している軍もそこなのだろう。

 そして、肝心の地球だが、今は寒冷化しているらしい。何でも大昔に巨大な隕石が衝突し、大量の塵が巻き起こって日光が遮られているそうだ。その上に鉱物資源などは全て回収し尽くし、もはや星としての価値がないとされ、貧困が激しい。

 そんな地球に住む人たち、否グローマーズという新たな資源の恩賜を受けられない人たちをディクラインと称され差別されている……酷い話だろう。宇宙に暮らしている人達も、かつては母なる地球で育てられていたというのに……


 私は本を畳んで、目の前で小説を嗜んでいる凛々しい彼女と視線を合わせた。


「どうだ? 一日中読み続けて何か思い出したか?」


「そうねぇ、思い出してはいないけど、この世界については深く知れたわ」


「そうか……そろそろ閉館時間だ。宿を取っているから帰ろう」


 アゲハに手を引かれ、私は図書館を出た。

 あの、読んでいた本を元の場所に返していないのだが?





 此処は居住コロニーの一つ。具体的な位置は分からないが、私が暮らしていた廃コロニーから一番近いコロニーらしい。あの小さな戦闘機では此処に来るのが限界だった。

 耳を澄ませば周りからディクラインという差別用語が聴こえるので、恐らくはオーダー寄りの地域なのだろう。


「ごめんなさい。色々と奢ってもらって……」


「監視対象が犯罪を犯さないように見守っているだけだ。気にするな」


 現在、食事を終えて宿に来ていた。軍がバックにいるのか、アゲハの顔だけで入れ、見るからに高級なホテルだ。

 相変わらずアゲハは言葉遣いに棘があるが、今は気分が良いのか、街の絶景を見ながらワインを堪能している。ちびちびと飲む姿は、煙草を喫しているようで、どこか大人っぽさがある。


「私にもちょうだいよ」


「図々しいな……それにお前はまだ子供だろう? 駄目だ」


「うっ……自分の年齢が分からないから否定できない……」


 クローゼットに備え付けられた姿見を確認する限り、私の身体の発育は中学生並みだろうか? 大人には見えず、顔立ちが幼い。これでは子供扱いされても仕方がない。


「あーあ……こんなに可愛いのに子供なんて……」


「なんだ? 自分のことを可愛いってナルシストなのか?」


「なっ! ち、違うわよ! ……はっ!」


 その時、私の身体に電流が走り、脳内がフル回転して最適解を導き出す――


「そうよ! 色々と助けてくれたお礼にマッサージをしてあげるわ!」


「は? 子供にされるマッサージなんて気持ちよくないだろうし遠慮し「まあまあそう言わずに」――ひゃっ! や、やめっ!」


 今こそ脳内トレーニングと野生の猫たちで練習した成果を試す時! 私は全力でアゲハを気持ちよくさせようと全身を動かした。


「ちょっ! やめてっ! く、擽ったい!」


「うぇへへ! 肩こりが酷いわね。もっと身体を解さないと、ね? もっと下の部分もほぐそっか!」


「――ぁっ! んあっ!」


 ベッドの上に寝かせたアゲハは酔っていることもあって他人に見せちゃいけない、蕩けきった表情をしているが問題ない。

 私の予想通り、紳士モードはマッサージという健全な行為には反応しないようだ。

これはフィーバータイムだ。私の中の天使と悪魔がGOサインを出している。このまま本番になだれ込んで、彼女のあられもない姿をこの目に焼きつけ――

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