3-2:

「それじゃあ、ひかりの誕生日を祝って」

「たんじょうびー、おめでとー!」


 パァン、パァンとクラッカーが鳴らされ、頬を抑えながらはにかむひかりが、十五本の蝋燭の火を吹き消した。ファミレスの店員がにこやかに料理を運んでくる。窓際でむっすりと背凭れに寄りかかる政和も、少しだけ顔をほころばせた。

 あれから一週間と少し。トオルは渋る家族を連れて、小さなファミリーレストランを訪れていた。

 テーブルのうえには、じゅわじゅわと石焼で肉汁の音を立てるステーキや、刻んだ野菜に生ハムを乗せたサラダなど、色彩豊かなご馳走が並んでいる。十に満たない三兄弟など、フォークとナイフの柄を打ち付けていた。

 主賓が口をつけると同時、みんなが飛びかかる。「うわ、下品」と客のさげすみに晒されながら、バッグの中から包装箱を取りだした。


「はいひかり。大きいのが欲しがってたエプロンで、小さいのは財布。ひかりも高校生と同じになるんだしお小遣い制にしよっか」

「わっ、すごいキレイなお財布だぁ。あ、でも……」

「いいからいいから。はい、みんなにもプレゼントがあるからねー」

「わーい!」「オレのなにー?」「プリ○ュアがいいー」


 どこか複雑そうなひかりにほくそ笑む。無理を押して彼女を連れ出したのも自立心を養わせるため、であった。

 根差すのは、やはり根源的なナンバーズへの拒否感だろう。もはや生理的拒否にまで及んでいる。

 けれどそれでは、未来がない。叶うことならば、古賀遥名のような一般人との人間関係を築き上げてほしいのだ。

 すでに破綻したとはいえ、あれを糧になにか。


「それではい、これ。政和には革ジャンね」

「……けっ」

「ちゃんとお礼言いうのぉ!」

「うっす」

「こら、和ぅぅ!」


 ぷりぷり怒り出したひかりに、政和は気怠そうに「しっこ」と席を立った。


「わがままばっかりっ。まったくもぉう」

「あ、あはは。政和、まだ怒ってたんだ」

「むうぅ、ひかりだって許したワケじゃないもん」


 ひかりがほっぺを膨らませてぷんすか文句を言った。


「ごめんごめん。はい、サラダも食べないとだめだよ」

「むうう。……でもトール。本当によかったの? 全部合わせると結構しない?」


 ストローを噛みながら、トオルは言った。


「心配いらないって。あと帰りにシャワーのノズルと卓上コンロと、ついでに電気ストーブも買いたいな。

 あ、そうだ。今度の政和の誕生日祝い、単車にしようかなって思ってるんだけど、どうかな?」

「ええぇ!? 本当にどうしちゃったの!」


 年長の青希までもが、咥えていたポテトを床に落として目を剥いた。

 家計簿まで付けるリアル「黄金伝説」トオルは、トイレットペーパーさえシングルタイプにこだっている。その彼が、突如として逆玉ギャルに変貌したことへ驚きを隠せない様子だった。

 そうして話し込んでいると、腹を膨らませた三兄弟が眠りこけてしまい、結局、場はお開きとなった。


「そういえば、院長先生がお礼を言いたいからぜひ来てくれって言ってたよ」

「あーうん、わかった」


 政和の愛車、愚露血オロチ(※チャリンコ)を見送る。荷台に乗るひかりへ手を振りかえしていると、アークが欠伸をしながらフラフラと舞い戻ってきた。

 二人は歩調を合わせ祝日の郊外を進んでいく。どこか呆れ顔のアークが、言った。


『ハァァ、キンキンやかましいぜ。ションベン娘の長所って膜が残ってるぐらいじゃねえのか?』

「なんでひかりにだけそんな辛辣なのさ。っていうかアークって処女厨?」

『ばーか、女を自分色に染め上げるってのが男の浪漫ってもんだろうが』

「いや、アークは男じゃないでしょ」


 トオルは半目で雌ゴリラに突っ込んだ。


「まあいいや。それで、今日もいける?」

『ま、退屈凌ぎにはなるから構わん。ただなぁ』

「ただ?」

『オレ様は勇者だぜ。それが仮面被って魔王エルたぁ、世も末だね』


 大仰に首を振りながら、アークはこの世の終わりを悼むがごとく、天を仰いで嘆息した。

 エルELとは、日夜外区の最奥にて繰り広げられる、違法闘技場のリングネームだ。困窮する我が家や潰れることが確定的な故郷に、なにか出来ないかと願い、己が師を出場させたいと頼み込んだのがすべてのはじまりとなった。

 二つ返事で了承した若頭――藤沢は、思えば常日頃から腕の立つ命知らずを探していたのだろう。一本十万、という法外なファイトマネーを提示され、あれよあれよと第一試合がはじまった。


 どぉんと鳴らされた銅鑼の合図で、峰は返された。

 飛翔するアーク。十人屠った紅指のビータスは、その異名虚しく瞬きの合間に昏倒させられたのだった。

 以来、試合を重ねるごとにELエルの輿望はとどろき渡っている。正体を暴け、という新規性が血腥い客の関心を引いたのだろう。藤沢の若頭はご満悦で札束を積み上げてくれた。

 聞きおよぶところ、あの違法試合は組の覇権争いも兼ねているそうだ。エルの異常極まりない戦闘力によそは鼻白んでいるのだと、高笑いまで漏らす始末だった。

 むろん、命を賭した真剣勝負に恐れがなかったわけではない。いくら真綿で締め殺される経済的困窮とはいえ、直接骨を断たれるよりはマシである。しかし、トオルは勇者だと言い張るアークの武勇に、崇拝を超越した信頼を抱いていたのだ。

 結果、夏目孤児院存続のため寄附を施し、滞り気味だった家賃を半期分先払いし、なんなら欲しかった調度品、雑貨おおよそ買い揃えていた。

 まさにエル様、仏様である。かたや、それに心中怏々としているアークの存在を無視すれば、だが。


『まあ、素顔を隠すための覆面ってのは百歩譲って受け入れてやるが、魔王はねえだろ、魔王は』

「えぇ~、かっこいいのに」

『オレ様も厨二病患者おまえにかかれば形なしだな』


 睡眠を必要としないアークは、深夜延々とトオルの腕を操ってネットを徘徊しているので、魂の叫びソウル・ワードに拒絶反応を示すようになっていた。 勇者降臨 グランディオーソ・アドベントも頑なに拒否する。妥協案として降臨アドベントが交代の合図になっていた。

 覆面イコール悪役、というこだわりを絶対にやめないトオルは、三分間の最強という縛りを悪用して、半ばコスプレ気分で「フッハハハハハ!」と高笑いしたり、「私が三界の覇王だ!」などと悪ふざけ――本人的には割と本気――に注力していた。

 匙を投げたアークはともかく、珍妙なキャラクター性が意外にウケ、悪ノリは悪化の一途を辿っていた。


『それよりお前、学校には行けよ。しゅっせきにっすう、とか言うやつがあるんだろ?』

「そ、そうなんだけど」


 技名を一つ一つ空に向かって唱えていたトオルは、途端に意気地をなくして胸の前でツンツンと指を突き立てた。

 それを見たアークは、苛立ちを通り越してカーと頑固親父のように痰を吐き捨てた。


『まぁたウジウジしやがって。テレーゼ……じゃねえ、あの遥菜とかいう女はわざわざ言いふらして回るタマじゃねえだろ?』

「それは、わかってるんだけど」

『ならなんだよ』

「でも、そのえっと」

『あ゛ぁもう、うぜぇ! ごちゃごちゃ抜かすな!』


 くるんと空中で宙返りすると、思いっきり腹をやくざキックされた。


『とりあえず明日学校だ。わかったな!』



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