提督の野望Ⅱ ~死戦編~

九十九@月光の提督・連載中

第1話 太平洋の波高し

001 太平洋の波高し


南国の日差しが男を焦がすが、日陰に入れば過ごしやすい、そこらへんが日本とは違うところであろうか。

男は、南洋真珠の養殖を夢見て、日々を過ごしている。

此処ニューカレドニアで、男は黒真珠の養殖で成功してやろうと考えていた。


黒真珠の養殖は、日本人がその技術を持ち込んで、この南洋で成功するのであるが、主な産地は、タヒチであり、此処はニューカレドニアであった。


男の考えでは、ここでも養殖可能であるとのことだったが、おそらくは、偏った知識で言い出したが、引っ込みがつかなくなってしまったので、無理やり成功させようと考えてのことに違いない。


そういう意味では、男は負けず嫌いで見栄っ張りなところがあった。


日差しが強くさらには、海上での作業が多いので、周囲にいる男たちは、皆真っ黒に日焼けしているが、この男は、日焼けしていなかったので、一人だけはっきりと浮き上がるような錯覚が起こる。年のころは、30代、風貌は、白人種に近い。

しかし、実際は、50台であり、日本人と言われれば、多くの人間は違和感を持つに違いない。


この島は先の戦争で大日本帝国が占領し、多くの日本人とその関係者が移住してきている。敵性国民で、戦えそうな男達は、オーストラリアなどに強制移住させられた。


この男は、そのような移住日本人の一人に紛れていたのであった。


多くの者は、軍人や軍属の建設関係者、または、ニッケル鉱山開発の関係者であったが、この男だけは、黒真珠養殖を興そうとしていたのである。

しかも、タヒチでなく此処ニューカレドニアで。


漁港で、船を泊め、桟橋を歩く。

「親方、また明日」船の舫をする男達に見送られ、歩く男だったが、周囲に不穏な気配を感じ取った。


港の各方面から、黒い眼だし帽を被った男たちが、ライフル銃を構えて突撃してくる。

「伏せろ!」

男の周りには、数名の日本人がいたが、腰には拳銃がつられており、それを抜く。

ダダ

タタ

バンバン

男の近くには、身を隠すことができるものはなかった。

男の両手には各々いつの間にか、拳銃が握られ、まさに機械の如く正確な射撃を行っていた。複眼を持っているかのような射撃であった。


しかし、黒覆面の兵士たちは多く、次々と突撃して撃ってくる。

一発が男を撃ち抜かんとした瞬間、敵兵士は見た。


ズルリと男の体が後ろに倒れたかと思うと何事もなかったように戻っていた。

しかしその瞬間にできた隙に、兵士たちは、男を狙うことができた。


次々と必中弾を放つ兵士達、だが、男はズルリズルリとそれをかわしていく。

とても人間技には見えない動きでかわされていた。


彼らの持つ銃M1ガーランドはセミオートマチック方式で8発を撃つと、弾をまとめていたクリップが弾き出されて落ちる。

その音がチャリンと鳴った。


男のブローニング拳銃の弾倉も落下した。


しかし、左手の銃を放り投げている間に右手の銃に弾倉を押し込み、右手の銃を放り投げている瞬間に左の銃に、弾倉を叩き込み終えた時には、両手に拳銃を持った状態になっていた。


まさに、マジシャン顔負けの器用さであった。

しかも、替え弾倉は何処から来たのかすら見えないのである。


そもそも、男は海から帰ったばかりで港に降りたときには、銃をもっていなかったことは間違いなかった。


兵士が次のクリップを詰めようとしていた時、男の複眼銃撃が再開される。

たちまち、黒覆面の兵士たちが、撃ち抜かれてもんどり打って倒れていく。


「閣下ご無事で」伏せていた護衛だった男が立ち上がろうとした時

「動くな平井!」男が叫んだが、遅かった。


平井とよばれた男の胸に大きな穴が開いた。


敵は、長距離からの狙撃兵を配置していたのである。

閣下とよばれた男は大きく横っ飛びで回転した。

その距離は、10mにも及ぶ。もはや鳥である。

東洋の魔女とよばれたバレー選手が編み出した回転レシーブを走り幅跳びの世界記録を塗り替えるほどの距離で行ったのであった。


そして、起き上がった時には、今度は、M2重機関銃対物ライフル仕様を構えていた。

通常はバイポットなどで使うことになるライフルを両手で構えていた。


ドンドン


狙撃手は、スコープ外に外れた男を探して、ようやくスコープ内に入れた瞬間にスコープ越しに打ち抜かれた。

そして、頭を撃ち砕かれた狙撃手を茫然と眺めていた観測手も頭を撃ち砕かれた。


港での銃撃戦の音を聞きつけて、ようやく憲兵隊のトラックが此方に向かって走ってくるのが聞こえる。


平井は即死していた、そしてもう一人の護衛も、すでに複数発を受けて死亡していた。

「すまん、平井、朝来あっそ、・・・・・南無阿弥陀仏」男は手を合わせた。


陸軍の憲兵が此方に飛んでくる。

「何事か!」しかし、その男の顔を見た瞬間、敬礼し「すいません、閣下でしたか、ご無事で何よりです」憲兵は男の顔を知っている様だった。


「すまん、大至急、統合参謀本部あてに緊急電を頼む、『太平洋の波高し』だ」

「は!」


・・・・・・


だが、事態はすでにこの男のいないところでも進行していた。

ハワイ島マウナケア山頂の防空レーダーが国籍不明の大型機多数を感知していた。

直ちに、防空命令が発動され、迎撃戦闘機が発進していく。

そして、駐機している富嶽も避難のため発進していく。


もちろん、パイロット等が足りない機体は発進できないため、エプロンに並んだままのものある。


すでにジェット化されている戦闘機「震電改」が高速で上昇していく。

敵機は500Km海上を高速で飛来、接近中である。

おそらく、サンフランシスコ近郊の基地からの米軍機であろうとの報告がなされている。

休戦協定から一年、ついに米国が反抗態勢を整えて奇襲攻撃を仕掛けて来たのであろう。


ついに終戦には達せず、休戦状態のまま一年近い月日が過ぎ去り、休戦は終わりを告げた。


1945年8月15日、こうして米国の奇襲攻撃から後期太平洋戦争が再開されたのである。

我々の知る歴史では、日本人が終戦記念日という、敗戦の日のことであった。


その帝国であったが、ただ時間を費やしていたわけではなかった。


「ハワイ島防空戦闘隊、笹井である。全機ミサイルによる邀撃を開始せよ!」

このころ、以前はロケット砲だったものが、技術の進歩により、赤外誘導式のミサイルに切り替わりつつあった。

ロケットの先に小型化された赤外線撮像管が取り付けられロケットを誘導するように改良されていた。


B29が50機以上、コンバットボックスの態勢で、迎撃を抑え込む方式で飛行していたが、高空から回り込んだ、帝国防空隊はB29の20mm機関砲の射程外からミサイルを発射した。


たちまち、大火球となって墜落していくB29。

彼らは、ボックス態勢を解いて、ハワイ島航空基地を目指す。

しかし、其れこそ、笹井隊の狙い通りで、2機1組で襲い掛かる。

震電改の30mm機関砲がうなると、B29の機体にボスボスと大穴があいて、小爆発をおこし、クルクルと回転しながら落下していく。


「防空隊!別方面からも敵進行中直ちに、迎撃に迎え!」

基地からの無線が届く。

レシプロの紫電改部隊が向かっているが、ジェット戦闘機ほど素早くは行かない。


「此方を片付け次第向かう!」しかし、笹井の声とは裏腹に、此方のB29はまだ、20機以上が健在で、逃げ散りながらもハワイ島に向かっていたのであった。


・・・・・


ニューカレドニアのコロニアル風豪邸の一室に、男たちはいた。

その一人は、日本人らしくない男であり、彼以外は、50歳近くの男達が多かった。

彼らは、日本陸軍とも海軍の制服とも違う、黒を基調とした軍服を着ていた。

いわゆる高野親衛隊の制服である。


「総長、どうやら彼らは、潜水艦により、この島の近海に侵入、ゴムボートで島に上陸した模様です。」


「米国海軍あるいは海兵隊の特殊作戦部隊のようです」


島の西岸の海岸に上陸したボートが発見されたとの事である。

「攻撃目標はおそらく総長でしょう、暗殺部隊です」


「私のことが敵に知られているということか?」

もちろん、さんざんラジオで自分の名前など言っているので、知っているでしょう!

と側近達は考えていたが、

「そうではない、私を殺すことが重要であると気づいたのかということだ」


「そうですね、外向きには、山本軍令部長の神格化を進めていたのですが・・・」

「やはり、敵の情報網は侮れん、殺しておけば良かったな」


一体誰のことを言っているのか?側近たちはそう考えていた。

しかし、高野予備役中将の顔には、隠しようもない怒りが現れていた。

2人の護衛が殺されたことに対する激しい怒りが渦巻いていたのである。

ふがいない自分が、休戦という事態を招来し、護衛の二人がそのせいで死んでしまった。

自分を責めているのである。その裏返しが、敵に対する怒りとなって現れるのである。


『また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた)』(Wikipediaより抜粋)


そう米国は男の中にある荒ぶる獣の逆鱗に触れた瞬間であった。


西暦1945年8月15日、休戦は終わりを告げ、ついに第2次太平洋戦争(後期太平洋戦争)が開始されたのである。


「私に逆らうものは、皆殺しだ!」

ほとんど八つ当たりでしかないが、米国が手を出さなければ、このような事態を招くこともなかったのもまた事実である。


そして、黄色のサルに負けたままいることなどできる米国でないこともまた事実であった。


かくして、今度こそ容赦のない殺し合いが始まろうとしていた。


かつて、男が言ったという言葉「アイシャルリターン」が現実になる瞬間だった。




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