心霊スポット

 人間の為に作られた建造物。それが当の人間に捨てられ、忘れ去られて行き、あげく自然と同化するように消えていく。そんな切なさが、独特の静けさの中に感じられる。まさに「廃墟」というものは一つの芸術ジャンルと言っても良いのではないか。


 ただ、廃墟にはその見た目から不気味な噂が立てられることが多い。特に一般公開されていない廃墟は。どれもこれもとってつけたようなものばかりだが、美しく哀しい空間よりも心霊スポットとして名を上げる廃墟も珍しくない。


 私がある日訪れた廃墟もその一つだった。


 方向音痴の私は、スマホの音声検索機能を使って目的地に向かった。指定の場所までの道筋を訊ねると、無機質な女性の声で案内が開始される。しかし、午前中に家を出発して、到着したのは昼をとうに過ぎてからだった。私は車から降りてカメラを携えて、廃墟の中に足を踏み入れた。


 小さな職員寮らしいアパート。中にはすんなりと入れる。白いドアが並び、その奥には畳座敷の部屋が広がっている。歩けば歩くほど、撮れば撮るほど、私の陶酔は増していった。そのころには、この廃墟にかつて凄惨な殺人事件、自殺などがあったことは忘れていた。


 ひとしき撮り終えた私が廃墟から出たころには、もう夕方になっていた。暗くなるまでには帰りたいななどと思いながら、私はスマホの音声検索を起動させようとした。


 しかし、画面を開いた瞬間、音声検索が起動した。何も言っていないのになどという考えなど立ち入る余地もなく、女性の音声が流れる。


「うしろ」


 発せられる言葉。画面に出された三つの文字。私の後方には先ほど出てきたばかりの廃墟があった。


 私は振り返らず、一目散で来た道を戻った。

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