0-4.「ふたりではっちゃけよ?」

 ––––アパートに戻ると、照明を全て落とした部屋のベッドに並んで横になり、枕元のノートパソコンを開く。玲香がキーボードとマウスを操作する隣で、菜々はその様子を眺めていた。


 〈すごい……慣れてる〉

「慣れてるよ。学校来てない日はずっとひとりでこうしてたから」

 〈そうなんだ。……パソコンで何をしてたの?YouTube?映画見るとか?〉

「うん。それもあるけどね……」


 いったんそこで言葉を切って、ふふっと笑う玲香。かちかちっ、とマウスをクリックすると、新しく黒いウィンドウが開いた。その中を白い文字が流れていく。


「……もっと愉しいことがあるの」

 〈たのしいこと?〉


 首を傾げる菜々に、玲香はニヤリと笑って。


「ハッキング、って知ってる?」



 菜々にとって、玲香がやっていたことは全てが新しかった。ネットワークの知識、Linuxの操作方法から、プログラムの書き方ややりとりに使うメッセンジャー、仮想通貨の使い方まで。まだ小学生だとは思えないほどだった。そして玲香はその全てを惜しみなく教えてくれた。


 安全のためにと活動に使うPC類は玲香の部屋で全て管理し、管理者のパスワードも玲香だけが知っておくということになったが、連絡用にと貯めていたお金でスマートフォンを買ってくれた。一見普通のよくあるスマホだが、玲香がカスタマイズしてセキュリティや匿名性のレベルを上げたもの。もちろん玲香も同じものを持って、互いに夜桜屋に関する連絡はそれで取り合った。


 父親が海外のIT系の会社で働いているため英才教育を受けてきたと玲香は語った。しかし菜々は知っていた、自分が寝ている間に玲香が起きて勉強していること。


「菜々ちゃんを守りたいの」


 なぜそこまで本気になれるのか。訊くたびに、玲香はそう答えた。


「危ないことをするの。知識がなきゃ、すぐ壊される。こっちの世界に引きずり込んだのは私、だから私が責任持って、あなたを一生守りたいの。……菜々ちゃんは何も考えなくていい。安心して、楽しめば良いの。ふたりではっちゃけよ?」


 この時の玲香の笑顔が、菜々は大好きだった。何か企んでいるような、悪戯っ子のような笑顔。


 放課後は玲香とパソコンの勉強をしたり下準備をしたりする。もちろんネットのことだけでなく、夜桜を運営する人物としてのキャラクター設定も入念に行った。名前、ハンドルネーム、年齢、出身地などの基本情報から、口癖や好きな食べ物など細かいところまで完璧に作り込んだ。


 お互いの母親には、玲香が菜々にパソコンを教えているという事実だけ伝えて秘密にした。もちろん母親だけでなく先生にも、学校のクラスメイトにも、みんなに秘密。そんな非日常的な日常がふたりにとってとても楽しくて、心の支えとなっていた。クラス替えの影響もありいつのまにか学校での菜々へのいじめも気にならなくなったし、玲香も以前より学校に登校できるようになっていた。


 そして––––約一年が経ち、無事に小学校の卒業式を終え、ついに待望の夜桜屋サイトが完成した日の夜。


「菜々ちゃんさ、あの夜……夜桜の話を初めてした日の夜、私プロボーズって言ったの覚えてる?」

 〈覚えてるよ。すっごく嬉しかったから。……でも、どうして?〉

「変じゃない?プロポーズなのに、大切なものがないでしょ」

 〈大切なもの……?〉


 首を傾げる菜々に玲香は小さくふふっと笑って、ポケットから何かを取り出した。そして……


「玲香ちゃん……これって」


 真っ暗闇、モニターが発する淡い光の中で、玲香は菜々の手を取り微笑んだ。


 〈プレゼント……ううん、ただ私がお揃い欲しかっただけなんだけど〉


 菜々の右手の薬指に銀色の指輪をはめる玲香。どうしてサイズを知っていたのか、ぴったりだった。菜々の誕生石、真っ赤なルビーが青白い光の中でキラリと光る。


 〈嘘でしょ……〉

「本気だよ!でもまだ結婚できない年齢だから、今は右手の薬指ね」


 言葉にならない感情が溢れ出てふたりを包んだ。抱きしめあって、しばらくそのまま互いの体温を感じていた。


「……ねぇ、菜々ちゃん。それ、一見シンプルなリングでしょ。でもね、よく見てみて」

 〈え?……あっ、桜の柄!!?〉

「うん。見えにくいけど、桜が彫られてるんだ。夜桜の桜もかけてるの。気に入ってくれると嬉しいなって……」


 自分の右手の薬指を菜々に見せる。そこにはいつの間につけていたのか、菜々と同じ桜柄の指輪。玲香の誕生石である水色のアクアマリンが光っていた。


 〈うん、すごく好き。気にいった。ありがとう、玲香ちゃん、一生大事にするね。……あっでもつけっぱなしにしてて大丈夫なのかな?〉

「大丈夫。素材も丈夫でアレルギー出にくいの選んだし、学校にはネックレスにしてつけていけばバレないよ」

 〈あはは、玲香ちゃん天才!!〉

「ありがとう!……これから夜桜管理人として頑張ろうね、ケイちゃん」

 〈うん、頑張ろうね……ルイちゃん!〉


 笑い合う2人。幸せだった。きっと世界一幸せだったと思う。

 未来は明るかった。これまでの自分では考えられないくらい、夢と希望に満ち溢れていた。

 だから明けないで欲しかった。ふたりの友情と夜桜は永遠不滅だと誓い合ったその夜が––––


 しかし夜は明けた。


 朝方。揃いの指輪の輝く手をぎゅっと繋いで眠るふたりのもとにまるでタイミングを図ったかのように舞い込んできたのは、菜々の祖母の訃報だった––––

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