第10話 入院中 2

 「手術前後に呼吸練習をする」という話を以前に書いた。入院する前に機器を渡され一応使い方を覚えてはいたが本当に練習をするのかどうかは分からなかった。練習するとしても病室で自分一人でするものだろうばどとと考えていた。しかし入院すると実際、病院の片隅に比較的広いトレイニングセンターがあって、初日からそこで呼吸の練習運動とバイク運動をするように指示があった。

「はい、お上手ですね」

 呼吸の練習運動を終えると、体操のお兄さんみたいな恰好の訓練士が褒めてくれた。

「これで大丈夫なんですか?」

 予てから簡単すぎると思っていたのでそう尋ねると、

「ええ。でも手術するとそう簡単にはいきませんよ」

 と体操のお兄さんは答えた。

「まあ、最初のうちは今の半分くらいですかね」

「え?・・・呼吸が半分しかできなくなって大丈夫なんですか?」

 僕は驚いた。

「まあ、大丈夫です」

 病気で手術をするわけだから大丈夫ではないことがたくさんでてくるのだろうが、呼吸量が半分になるというのはそのぶん早く呼吸をしないと酸素不足になります、といわれているようなものだ。はっきりとした実感はわかないけれど、あまり大丈夫だとも思えない。なんだか酸素不足のために鉢の表面に浮いて必死で呼吸をしている金魚を思い浮かべ、僕は憂鬱になった。


 二日目、三日目とどんどん食事に出てくる粥は薄くなる。食事の楽しみが減るというのは人生においてだいぶ「がっかりするファクター」なのだと思い知らされる。手術前なのでコンビニでアイスクリームを買うにも医師の許可がいるらしい。面倒なので諦めた。というか・・・病院はアイスクリームを美味しくいただく場所ではない。

 言い方は悪いが、何気に病院に監禁状態のようなものなので外に出る楽しみもない。病室の近くをうろうろとしていると、ベッドに寝かされたままピクリとも動かない患者がさまざまな点滴をつけて運ばれているのが見える。点滴の色も真っ黄色とかなんだか毒々しい色のものがある。なんだかなぁ・・・、と、その風景だけで元気がなくなる。

 人の死というのはもっと残酷な場合がある。時として戦争で、時として事故で、時として殺人で思いがけなく苦しみながら命を落としていくという事はままある。いや、僕ほどに長生きをせずに子供のうちに未開発の国々で飢えで死んでいく子供もたくさんいるだろう。しかしそう思っても、病院で命の炎が風に揺らめいているような風景を見るのは神経になかなか応える。

 六代目圓生の「死神」という落語を聞いたことがあるだろうか?命の長さを計る蝋燭を人のものと取り換えてもらうことによって長生きし死神のお陰で贅沢をした男が再び死に直面する。再度新しい蝋燭に、今度は自分自身で火を移し替えようとするが、あまりに自分の蝋燭が短く、手が震える。その浅ましさというか未練を死神が男に向かって「さあ、さあ」と脅すように言葉を放って、最後がどうなったのか、男が助かったのか死んだのか分からぬまま話を下げるという風景の、荒涼とした感じに似て、凄まじい気もする。

 そんな凄まじい落語を思い浮かべる一方で、粥が薄いと文句を言いたくなるのもあさましいもので、気持ちの持って行き場がない。そんな気分でいても暗くなるだけなので共用場所に行ってパソコンでゲームをしてみる。

 その共用場所では年配の婦人が携帯電話で娘さんに話しているのが丸聞こえである。

「そうそう、大宮までタクシーでね。行くの。xxという天ぷら屋さんにちゃんと予約してね。この間、行けなかったんだから。あそこのご主人にも会えなかったんだから」

 天ぷらかぁ、と僕は羨ましくなった。

 病院に入る前に暫くは食べられないだろうと、連れ合いとは寿司屋に行き、その後一人で近くの天ぷら屋に行った。しかし、今となっては天ぷらを食べるというのは現実的には遠い話のように思えてならない。このご婦人は、そんな僕を尻目にしっかりと天ぷらに照準を合わせている。そういえばこのご婦人は前日には知り合いらしき相手に

「ええ、そうですのよ。ここの先生はとっても優秀で日本一の方ですから。手術をその先生にしていただきましてね」

 と、大声で語っていた。生来の声の大きさなのか、何か誰かに自慢したいという欲求のあらわれなのか今一つ判然としない。しかし、まあ元気そうで結構である。病棟には元気そうな人は彼女くらいしかいない。あとは押しなべて男も女も元気がない。


 週末が過ぎ、いよいよ手術当日の朝になった。

 手術の時に頑張るのは患者ではない。医師団しか頑張れないのであり、患者は何もできない。せいぜい、手術の前に医師や看護師のいう事をよく聞くことぐらいしかできない。例えば僕の場合は煙草を止めるだとか、酒を控えるだとかそうしたことだ。うまく生き残ることができたならば、術後にも何かしら頑張ることがあるかもしれない。そんな認識だった。

 起床して、しばらくすると体温や血圧を測って、しばらくそのまま病室にいた。といっても手術後はICUに移るため荷物をまとめなければならない。のろのろと荷物を纏める。いくらのろのろとしても大して荷物は持ってきていない。せいぜい着替えとか本とか、その程度だから時間もさしてかからない。

 手術の日には家族が一人病院に詰めていなければならない。それは取りも直さず、場合によっては患者に万一のことがあった場合に備えてのことであるから、本人にその自覚があるかどうかは別にして、ご苦労な事でございます、としか言いようがなく、その上、病院を一歩も離れることはできない。僕の場合、手術時間は11~2時間の予定だから、朝の9時に始まったとして、夜の8時か9時までひと時も病院を離れることはできないのである。

 手術開始時間と予告された9時ちょっと前に担当の看護士さんがやってきて

「準備はどうですか?」

 と尋ねてきたので、

「済みました」

 と答えた。看護士さんは病室の僕のベッドのあたりを軽くチェックすると、

「じゃあ、行きますか?奥さんも到着なさっているので」

 と言う。やはり付き添いがいないと手術は始めにくい物らしい。手術の一般的な死亡率は2%で、この病院では1%だろ書いてあったが、それは取りも直さず100人手術すれば1人か2人は死ぬという事なので、場合によってはこの世からおさらば、という事になる。

 エレベーターで手術をする階に降りていくと、連れ合いがいた。連れ合いもこの世もこれが見納めになるのかもしれない、とふと思ったが、どうもそんなしんみりとした気にもならないのはやはり98%以上は助かるだろうと思っているからである。

 手術室の手前で連れ合いと別れ、簡易ベッドに乗せられて手術室に入っていくと看護士の数が増えている。3人ほどが僕の周りを取り囲み、

「では麻酔をかけます。宜しいですか」

 宜しいですかもない。ここで宜しくない、という選択肢などあるのだろうか?と思いつつ、

「お願いします」

 と掠れた声で答えた。


 そこから意識は13時間、飛ぶ。誰かに名前を呼ばれうっすらと目を開けると、モニターの向こう側に主治医と連れ合いの顔が見えた。主治医は機嫌よさそうににこやかに笑っていたが連れ合いは、さすがに心配そうな表情であった。

「いかがですか?」

 主治医の問いに、ああ、としか声は出なかった。靄がかかったような意識は反応がいつもより十倍くらい遅い。

「予定よりちょっと時間がかかりました。脂肪が多かったですからね。全部で13時間かかりましたが、全部摘出できましたよ。ほら」

 モニターの向こう側に見えるのはどうやら摘出したばかりの臓器のようである。まるで漁師が獲った魚を見せるような行為に、え?と思ったがとりあえず、

「ありがとうございました」

 とだけ呟くような声で答えた。あとで話を聞くと、どうやら連れ合いも医師に見ますか、と尋ねられ、結構ですと答えたにも拘らず写真を見せられて閉口したらしい。それにしても13時間とは、自分の体も良く持ったものだが、手術をする側も手術の終わるのを待つ身にとっても大変な時間だ、と思った。

「じゃあ、ゆっくりお休みください」

 という医師の声と共にモニターの画面は暗転し、僕も再び昏睡の底へと墜ちていった。

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