第16話 3日目 2022年5月16日 (月)

 今朝はよく眠れた。朝の二時半に一度目覚めたが、その後は五時まで目覚めなかった。昨晩は十時に就寝したので睡眠時間は七時間。最低限このくらい睡眠時間は欲しいものだ。

 熱を測ると、35.8°。60歳を過ぎた頃から体温が下がり今はこの近辺が平熱だ。去年あたりはどの店に行っても非接触型の体温計が置いてあって、そう言う方式の体温計だと、計測ができないことがあった。或いは34度台というような計測結果が出て、そんな体温ではCovit19以前に体に異変がでてきそうな気がしたものだ。

 血圧は105/66、脈拍は63。

 昨日は頻脈気味だったが今日は平常に戻っている。食前の薬を飲み朝食をいただく。ソーセージと一緒に焼いた卵焼きとバターをつけてトーストしたマフィンを一個。オレンジジュースを少々。とにかく喉のつかえを警戒している。どういうわけだかマフィンとかフライドエッグではあまり喉の閊えが起こらない。喉が閊えると食事が楽しくない。戻したりするとその食材のいやな記憶が匂いと共に残って下手をすると食材ごと嫌いになってしまいかねない。しかし食事は体を維持するのには必要だし、食欲は人生にとって健全で必要な欲であると思う。

 病気になって食欲が落ちると病からなかなか抜け出せなくなるのは健康になるメカニズムがうまく働かなくなるせいだとつくづく思った。

 それを補完する腸瘻ちょうろうでは水分の補給と栄養の補給を行うことになる。それぞれ最高2時間、4時間がかかるためその間下手をすれば6時間外出ができないというのは大変不便である。

 しかし水分の補給については経口で摂取すれば問題ないわけで、よほど暑い日などに熱中症にかかるような恐れがない限りある程度減らすことができるし、場合によってはすべて経口でまかなうこともできる。

 さて腸瘻をしようと思ってみたら腸瘻のキャップが外れて着ているものが濡れている。慌ててキャップを付け直し衣服は水洗いして後で洗濯する。キャップはポンとはめ込むだけの方式でそれはそれで便利なのだがこうした事故が起こるとは思っていなかった。家の中でだから良かったが、外出時だったら大変で、医療器具のメーカーはそこのところを少し考えてほしい。

 今日は最高温度15度と5月にしては肌寒い日なのですべて経口摂取で問題ないと考え栄養補給だけにすることにして、教えてもらった通り設定する。この器具はクレンメという滴下量を調整する部分とチャンバーと呼ばれる滴下速度を確認する部分の扱いだけを覚えればいいのだが、失敗してチャンバーの部分に液体がたくさん入ってしまったために速度の確認がうまくできなくなってしまった。全部は外せば再設定できないことなない仕組みだとは思うが、かろうじて読み取れる状態だったのでそのまま使用を続ける。

 

 食事療法の一つに五回食と言うのがあってつまりは一食ごとの量は減らしても間食によって一日五食にするということを勧められる。

 間食なんていけませんといわれそうだが、手術後の食事というのは一般的なお勧めとは逆のことも多い。例えば食物繊維質の多いきのこや海藻、こんにゃくというものは控えろなどと言われる。

 間食用としてはカロリーメートとかそのほか療養のために特別に開発されたものが売られているらしい。もちろんチーズとかヨーグルトでもいいわけで、私はチーズやヨーグルトを食べることにした。腸瘻に使用しているのはどうせ完全食品なので、完全食品ばかり摂取しても仕方あるまい。腸瘻を続けている間ブルックナーの後期交響曲チクルスとして7番から9番までを連続して聞くことにしたがこれでも3時間15分ほど。四時間と言うのは長い。

演奏は

7番 サー コリン デーヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団 Orfeo C208891A

8番 ラファエル クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団 Orfeo C203891A

9番 カール シューリヒト指揮 ウィーンフィル EMI CDZ 25 2224 2

 の面々でそれぞれ世間で言われるベスト盤ではないが、蘊蓄のある良い演奏だ。

 サー コリン・デーヴィスはモーツアルトやシベリウスでとりわけいい演奏を提供してくれる実力派の指揮者でバイエルンを指揮した7番は真正面の正統派、重厚な演奏で聞きがいのある演奏である。ブルックナーの交響曲の中で7番は一番好きな曲でありマタチッチN響やらチェリビダッケ、ミュンヘンフィルなど素晴らしい演奏が多いけど、この演奏もとても素晴らしい。

 8番のクーベリックも実力のある指揮者だがカラヤンやベームの陰に隠れて目立たない指揮者だったといえよう。バイエルンは彼の本拠地であり、その薫陶のおかげでデーヴィスの指揮にも十分応えられる素晴らしい楽団に育った。モーツアルトを演奏するとどこか作為的なものが感じられてしまう組み合わせであるが、ブルックナーは悪くない。

 シューリヒトはエーリッヒ クライバーやハンス クナッパーツブッシュ、フルトヴェングラーなどとともにウィーンフィルの全盛期を支えた指揮者である。ウィーンフィルとブルックナーといえば、どちらかというとハンス クナッパーツブッシュの印象がある。しかしシューリヒトの演奏するものは気宇壮大というわけではないが、音が揺蕩うように流れ悪くない。個人的にはクナッパーツブッシュより好きかもしれない。まああまり集中して聞けなかったけど悪くない時間であった。


 昼食は近所のスーパーで焼きそばを安く売っていたので買ってきたものを野菜とソーセージで炒め作ってみる。栄養指導の人がラーメンはだめだと言っていたが焼きそばならと思って作っていたが、ふと思い出したのはラーメンがダメと言われた理由で、確か麵に使う灌水がアルカリ性で消化に悪いという話だったな、と思い焼きそばのパッケージを見てみると材料に灌水が使われている。しまったと思うがもう作ってしまったのでそのまま頂く。


 小雨が降り続いてはいたが今日も五反田まで出かける。目黒や武蔵小山に行くのに比べて五反田は平地なので歩きやすいのだ。久しぶりに喫茶店に寄ってコーヒーを頼む。喉の閊えが気になってはいたもののコーヒーを飲んでいるうちに急に嘔吐感を催し洗面所に行った。昼間の焼きそばの祟りかもしれない。手で水を掬い少し飲んで喉を上げると閊えていたものが少し出た。水で洗い流せるほどの量である。店員が背後から大丈夫ですか、と声をかけてきて、トイレをさして「できましたらこちらで」と済まなそうに言った。

 気持ちは良く分かるんだけど、普通の嘔吐と違って水を使わないと出ないのでトイレでというわけにはいかない。そう説明するのも億劫なので曖昧に頷いて、コーヒーを残したまま店を出た。喉がつかえている時は喫茶店を含めて外食はなるべく避けた方がよさそうだ。


 歩数は8965歩。だいたい昨日と同じである。入院前は平均一日15000歩ほど歩いていたので半分ちょっと、歩行速度も最高値が入院前は6.5kmだったのが今は5.2㎞程なので二割がた落ちている。実際、緑信号になって歩き出すと次々と人に抜かれる。昔は高田馬場から大学まで一人も抜かされずに歩くほどの速足だったので、その頃に比べるとがっくりとおちているなあと実感するが、まあ速足でないから困るという事でもない。しかしなんだか寂しいもんだなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る