蒼月に舞う六花の恋

彩女莉瑠

一、村のしきたり、生贄

 良く晴れた日の昼下がり。この日は日差しが温かく、毎日の寒さも幾分か和らいでいた。世の中は新政府の誕生だの、反政府軍だの、何かと物騒ではあったが、このやまあいの村ではそんな喧騒は届かず、のどかな田園風景が広がっていた。


 さて、そんな穏やかな村で育った宗助は村いちばんのやさおとことして有名だった。外見はもちろんのこと、内面も穏やかで優しく、子供たちから好かれる良き兄のような存在だった。


 そう、村の子供たちにとっては、だ。


 大人たちは宗助のことを腫れ物として扱っていた。幼い頃に流行病で両親を失っていた宗助は、村人総出で育てて貰っていたのだが幼い頃から病弱で、良く風邪を引いては寝込んでいた。

 よわい十六を超えた今でも、一日の大半を床の間で過ごすことが多く、体調が良い場合も庭先までしか出歩くことを許されなかった。村の貴重な男手とはならない宗助だったが、それでもここまで大事に育てて貰ったことには、訳があった。


「雪女?」


 その日、宗助の出た庭先に子供たちが集まり、村の言い伝えを宗助から聞いていた。今日のお題は『雪女』である。

 この村には昔から、雪女伝説が言い伝えられていた。


「蒼い月に狂った雪女はね、この村に恐ろしい吹雪をもたらし、多くの人を凍え死なせるんだよ」

「え……?」


 宗助の優しい声音で語られる壮絶な内容に、子供たちは絶句する。


「でも大丈夫。今度、蒼い月が昇った時は、僕が雪女とお話しして、正気に戻してあげるからね」


 宗助はそう言うとにっこりと微笑む。子供たちはその笑顔に安心したようにその表情を明るくさせるのだった。


 そう、この村にある雪女伝説には続きがあるのだ。


 蒼い月が昇ると、雪女が狂い、正気を失う。それは宗助が子供たちに語った通りなのだが、その正気を失った雪女を元に戻すために村から一人、男を生贄として捧げることになっているのだ。

 この生贄役が、宗助である。

 病弱で畑仕事が満足にできない宗助を村人が大事に育てたのには、次に蒼い月が昇る時の生贄として、宗助を捧げるためだったのだ。


 幼い頃からそう言う使命があることを言い渡されていた宗助は、何の疑問を抱くことなくこの年まで生きていたのだった。

 そして穏やかだった昼間とは一変し、その日の夜、とうとう夜空に蒼い月が姿を現すのだった。

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