Summer Time Record

ボクが生まれた日

昨日も今日も晴天で 入道雲を見ていた

だるいくらいの快晴だ おもむろに目を閉じて

「それ」はどうも簡単に 思い出せやしない様で

年を取った現状に 浸ってたんだよ──


❁.*・゚


「よしっ!! これで完成っと!!」

 

 真夏の廃工場。汗を煌めかせながらも破顔する一人の少女がいた。高い位置で二つ結びになった髪が、彼女の動きに合わせ嬉しそうに跳ねる。つなぎの前ポケットに詰め込まれた工具もコミカルな音を立て、青い空に消えていった。


「アミ、この前から一体何を造っているのかしら?」


 満足げに笑う少女の背に、リタはそう声を掛ける。


 職場である政府アルカディア研究室ラボから程遠い、アムネジアの外れにある廃工場。ここは彼らのであった。高草が生い茂り、冷房一つ機能しないこの部屋に響くのは、鬱陶しいほどの蝉の声。じっとりとした暑さが、この部屋の空間を埋めていた。


「あ! リタちゃん!」


 アミと呼ばれた少女はくるりと振り返り、汗に濡れた顔をほころばせる。大きすぎる丸眼鏡の奥で、そほ色の瞳が輝いた。


「ねぇねぇ見て! すごいでしょ!?」


 彼女は子供のようにはしゃぎぎながら、リタにそれを見せる。

 アミの前方に置いてある椅子には、一人の少年が座っていた。どうやら眠っているようだ。リタは興味本位で近づくと、そっとその肌に触れる。そして驚いた。


「何これ…?」


 てのひらに伝わるのは、ひんやりとした鉄の感触。


「ふふ、よくぞ聞いてくれました!!」


 リタのいぶかしげな問いかけに、アミは誇らしげに胸を張る。


「これはあたしが生み出した、人型撮影機カメラです!!」

撮影機カメラ……?」

「リタちゃんは知らないよな〜! 撮影機カメラのことなんて」


 彼女は椅子に座る少年に近づくと、カチッとスイッチを入れた。何かが起動する音がして、彼の瞳がゆっくりと開く。


「今日から彼が、あたしたちの思い出を記録してくれます!」

「記録?」

「そう記録。彼が実際に見たり聞いたりしたデータが蓄積されていくの!

 昔そういった記憶メモリを保存してたのが、撮影機カメラって奴」

「へぇ…よく知ってたね」

「あたし最近、骨董品アンティーク収集にハマってるから」


 少年の瞳は、空のように澄み切った水色をしていた。彼は数回瞬きをすると、微かに首を傾げる。


「ますター、カのジョハだれデすカ?」


 無機質な電子音が脳を揺らした。見た目こそ人間と寸分違わないが、こう見ると完全に器械人形ロボットだ。


「■■、この子はリタちゃん。あたしのお友達だよ」

「■■?」

「そ、この子の名前。素敵でしょ?」

「こんな器械人形ロボットに名前なんていらないわよ」


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


キロくしマす。

19XXねン。ナつ。とテも暑イ日デス。

ますターがまタトもダちヲツレテきマシた。

ますターよリも大人っぽクてイいかオリがしマス。

カのジョのナマえはリた。ボくのこトがアまリ好きデハないヨうデス──


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


「そんなことないよ!! 

 どんなものだって愛情を持って育てたら、ちゃんと応えてくれるんだから」

「さぁ? どうだか」

「も〜■■どう思う? リタちゃん意地悪だよね〜!」

「…キロくしマす。リたチャんハイじわる……」

「ちょっと!! やめなさいよ!!」


 アミの笑い声が空へと吸い込まれていく。リタもふと笑みを溢すと、声をたてて笑った。


「ね? 面白いでしょ?」


 アミがリタの瞳を覗き込んでくる。その問いかけに、彼女はこくんと頷いた。風が一陣吹き渡って、二人の髪を巻き上げる。


「今日から■■も、あたしたちの家族だよ」


 アミは満面の笑みのまま、■■にそう語りかけた。


「かゾク……?」

「そう、家族。ずっと一緒だよ」


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


キロくしマす。

ボくたチハ家族のヨうでス。

ずット一緒に居れルようデス。


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


「せっかく仲間に入れてあげるんだから、

 お世辞くらい言えるようになりなさいよね」


 リタが■■に顔を寄せそう言うと、アミはまた、ころころと笑い声を立てる。


「■■、気にしないで。

 リタちゃんはね、

 素直になれないだけで本当はとっても喜んでるんだよ〜! ね〜!!」

「は? 別にそんなんじゃ…」

「キロくしマす。

 リたチャんハスなオニなれナい。ほンとハウレしイ」

「もういい加減にして!!」

「あはは、リタちゃん怒っちゃった〜!!」


 リタが顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、いっそう大きな笑い声が宙を舞った。夏の爽やかな風にさらわれて、少女の笑みが陽炎かげろうのように揺らめく。


「あ、ハンナの言う通りじゃん」

「そろそろ帰らないと、午後のシフトに間に合わないよ〜」


 リタがその眩しさに目を細めていると、つたに覆われた入り口から二人の青年が顔を出した。


「ヒロトにレン!! ちょうど良いところに!!」

「お、それはもしかして…」

「えへ、完成しました〜!!!」


 二人の青年は、アミの声を聞いて瞳を輝かせる。どうやらリタより前に、少年の存在を知らされていたようだ。アミは先程と同様に、二人をその器械人形ロボットに触れさせる。二人は興奮しきった眼差しで少年を眺め、数回会話を交わした。


「へぇ〜すげぇじゃん。こいつが俺らの記憶メモリをとってくれるわけ?」

「こいつじゃない■■です〜」

「あだだだ!? そんな怒んなくても良いだろ!?」


 感心した様に声を漏らすヒロトに反論するアミ。彼女は自分の造ったものをぞんざいに扱われるのが嫌いだった。

 レンはそんな二人を困った様に見つめ、声を掛ける。


「ほら、ヒロトもアミも。時間ヤバいから」


二人はその声にはっとしたものの、直ぐに不貞腐ふてくされた様な顔をした。アミはフラフラと■■に近寄ると、その小さな体躯たいくにしがみ付く。


「やだな〜ずっとここにいたいよぉ〜」

「そんなこと言っても仕事だし」

「俺も遊びてぇなぁ〜

 どんなに懸命に働いても、成果が出なきゃ何にも貰えねー。

 ほんっと、世知辛いよな〜」

「ヒロト、それここでしか言わないでよ」


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キロくしマす。

ますターたちハ、せチがライおシごとヲしテいるヨウデス。

せイカがデナいと何モモラえなイ。みンないヤそうデス。


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


 しかしレンは、そんな二人の様子を待ってましたと言わんばかりに、おもむろに口を開いた。


「そんな二人に朗報。

 今日の仕事終わったら、

 僕の家から持ってきたクッキーを食べる権利が付与されます」


二人の顔が同時に輝く。


「え、マジ!?」

「レンナイス〜!!」

「リタの分もちゃんとあるからね」

「わ、私は別に…」


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キロくしマす。

レンさンハ、みンなのお父さんミタイだと、ますターが言っテいマした。

今モ、みンなをハゲましテいマス。

みンなに笑顔がもドっテキテいまス。

レンさンハすごイデス。


✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼


「じゃあ■■はここにいてね、また夜に会いにくるから」

「わかリマシタ、せチがライおシごとがんバッテくだサい」

「世知辛いって。ヒロトが変なこと言うから覚えちゃったじゃん!!」

「だって事実だろ!?」

「まぁまぁ」


 リタたちは他愛もない会話に花を咲かせながら、秘密基地を去っていった。鼻をかすめる草の香り。南風が柔らかく、彼らの髪を揺らす。


 少年はその後ろ姿を、どこまでもじっと見つめていた。


❁.*・゚


大人ぶった作戦で 不思議な合図立てて

「行こうか、今日も戦争だ」 立ち向かって手を取った

理不尽なんて当然で 独りぼっち強いられて

迷った僕は 憂鬱になりそうになってさ


背高草せいたかそうを分けて 滲む太陽睨んで

君はさ、こう言ったんだ 「孤独だったら、おいでよ」

騒がしさがノックして 生まれた感情さえも

頭に浮かんではしぼんだ 「幻なのかな?」


秘密基地に集まって 「楽しいね」って単純な

あの頃を思い出して 話をしよう

飛行機雲飛んで行って 「眩しいね」って泣いていた

君はどんな顔だっけ なぜだろう、思い出せないな


『サマータイムレコード』より

作詞作曲:じん(自然の敵P)

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