第25話

 そして一夜明けて翌日、改めてあゆみらの来訪を迎えた。


 病室に入ったメンバーは、あゆみと山口、修二の三人。


「改めまして、金鞠あゆみです」

 今日の彼は女装していない素の姿で自己紹介をする。そして、まずは、お祓い以降に起きた出来事を説明する。


「そういう訳で、田村さんに悪霊が憑いていく結果になってしまったんです。そのせいでこんなことになってしまいました。申し訳ありません」

「いえ、そもそも。私が貴方にあんな部屋を紹介したのが悪かったんです。私の責任です。申し訳ない」

 二人の人間に頭を下げられて寧ろ彼は恐縮してしまった。


「いえ。お二人共顔をあげてください。山口さんに部屋を紹介してもらえなければボクは野垂れ死にしてたかもしれません。金鞠さんにも結果命を助けてもらいました。十分です。ありがとうございました」


 そういわれて今度は二人が恐縮する番だった。と、そこへ修二が口を挟む。


「へへへへ。よかったよかった。めでたしめでたしって奴だ。ねえ、田村さん? 依頼は完全に成功ってことでいいですよね?」


 彼がここに来た目的はそれを確認する為だ。それは彼にとって何より重要事項だったからだ。


「ああ、はい。勿論です。完全解決して頂いたと認識します。ですので、お約束の30万と合わせて50万円お支払いということで如何でしょうか?」


 山口は当初に約束していた内容よりも遥かに高い金額を提示する。


「ご、五十万? ほ、本当ですか? やった~、よかったな。あゆみ」


 想わぬ大金を提示されて修二は大喜びだが。あゆみは訝し気な顔をする。


「三十万、五十万……ねえ、修ちゃんどういうこと?」


「あ、やばっ」


 依頼料は三十万円だが、あゆみには十万円だと伝えられていた。それに加えて五十万円。自分の頭越しに高い金額が飛び交ってあゆみには何のことか一瞬わからなかったが、彼も馬鹿ではない。


「修ちゃん、やったね?」


 中抜きしたことを瞬時に察する。


「いや、あの。ちょっと、認識の相違があったのかもね」


 言い訳にもならぬ言葉を発してごまかそうとする修二。

 しかし、あゆみは相手にしない。


「あの、山口さん。五十万円なんて大金は受け取れません」


 そもそも、仕事として正式に請け負ったのかどうかも怪しい状況だ。契約をかわしたわけでもない。しかも、彼としては満足のいく仕事ができたとも思えない内容だった。


「ば、馬鹿なこといってんじゃないよ。お前それはないよ」


 流石に慌てて修二が口を挟む


「いえ。あゆみさん。これはして頂いた事への対価です。是非お受け取りください」


 そんな二人のやり取りに対しても動ぜず穏やかに山口は言った。


「そうだよ。そうだよ。貰っとけよ。変な遠慮はかえって失礼だよ」


 修二はそれに対して何とかあゆみを説得しようと言葉を重ねたが、


「へえ? 僕がもらっていいんだ」


 突然、皮肉めいた口調で問い返したあゆみに怯んでしまった。


「え、いや。ぜ、全部ってのはないんじゃないでしょうか。俺だってそれなりに働いたんだよ」


 逆に思いもよらない反応をされて焦りつつ返す修二にあゆみは、


「……いいよ。わかった。取り分決めよう。僕が三十万貰う」と言った。


「な、お、お前それは……」


「大部分働いたのは僕だよ。文句ないよね?」


 中抜きしてしまったという負い目もあるし、それは大正論の為反論する余地を持たなかった。


「……わかったよ。残り二十は俺が貰っていいんだよな?」


「いいよ。好きにすれば」


 あゆみはそれに感情のない言葉で返した。


「いいよ。呑むよ、呑めばいんだろ」


 修二は表面上憮然とした様に答えたが心の中ではそれほど腹を立てていなかった。


(そもそも、こいつには欲がないと想ってたが、三十万もってくってのは中々がめつい神経してるじゃないの。ってことは、今後俺が仕事を見つけてきて奴におっつけりゃ、仲介料がっぽがっぽ。今日の所は二十万貰えれば御の字ってことで……)


 そんな想いを知ってか知らずかあゆみは山口に向かって言った。


「では、五十万円、謹んでお受けします。その上で僕の取り分三十万円は田村さんに渡してください」


「え?」


 突然、自分の名前が登場して田村は驚いた。


「な、なんだと? あゆみ、お前どういうつもりだよ」


「どうもこうもないけど? 今言った通りだよ。田村さんはああいってくれたけど、流石に申し訳ないって気持ちは拭えない。お見舞金として受け取ってください」


 年若い男の子から真剣な表情で思いもよらない申し出をされて、田村は困惑してしまった。


「い、いいんでしょうか?」


「色々、大変な状況だということも聞いてます。少しでもお役に立ててください」


 あゆみはそう言った後、改めて山口に顔を向けて「お願いします」と言った。


「わかりました。ご要望にお応え致しましょう。田村さん、お早めにご用立てしますんで、少しお待ちください」


 山口はあそんなゆみの気持ちを意気に感じたらしい。


「へっ、麗しいやり取り。感動で泣けてくるわ。俺にもお早めにご用立て願いたいもんだね」


 皮肉っぽくいう修二の言葉はみんな聞かない事にした。


「さて、まだお話しすることは残っているんですが、少し場所を移したいと思います。何、院内の面会所ですよ。お身体は動かせますか?」


「はい。病院の中なら問題ないと思いますが、場所を変えるんですか?」


「ええ。人が待っているんですよ」


 そこで山口は少しいたずらっぽく笑った。


 そういえば、昨夜。引き合わせしたい人がいると伝言されていたっけと田村は思い出す。


「では、行きましょう」言って先陣を切る山口の後を皆付き従って病室を出る


 院内には各階に面会兼休憩室が設けられていた。


 広いスペースに大きなテーブルが何個か置かれ数人の男女が会話を交わしている。


 そして、中に田村の知った顔があった。が、その姿を見て呆然としてしまう。

 良く幽霊を見たような顔という言葉があるが彼が体験したのは、その言葉そのものといっていい現象だった。


「リ、リオナ! な、何でここに?」


 彼は病院であることも憚らず思わず大声で叫んでしまう。

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