第8話 いざ、演説会!!


 朝、海矢がいつものように台所へ立ち卵を焼いていると、小さな存在に後ろから抱きつかれる。その瞬間ふわりと愛海の匂いがし、朝から優しい気持ちがした。


「にいちゃん、おはよぉ」


「おはよう、愛海」


 寝起きだからか、子どもっぽく舌足らずに朝の挨拶をする弟が、今日も可愛い。フライパンを握っていた手を一度離し振り返ると、今度は腹に抱きつき頭をぐりぐりと押しつけてくる。ひとしきりそうした後に洗顔してくるように言い、テーブルを拭いて食事の支度を調える。


「今日も兄ちゃんの卵焼きはおいし~ぃ」


 そうかと微笑み、海矢も箸を進める。愛海よりも早く食事を済ませると、海矢は愛海の顔を見て口を開いた。


「愛海・・・俺、また生徒会長に立候補することにしたんだ。以前俺が生徒会を辞めたら一緒に登下校できるなって話してたのに・・・・・・約束を破ってしまってすまない」


 生徒会ではやることが多く、一限目の前の時間に済ませたり授業後にも居残って取り組むことが多い。特に月一の会議の前後は準備で忙しく、返りも遅くなることが多いのだ。だからだが、生徒会のメンバーはほとんど部活動に参加していない。登録しても、行くことができないのである。海矢も愛海も基本は面倒くさがりで、参加したい部活動がなければまっすぐ家に帰るという性格をしているため、海矢が生徒会を辞めた後は一緒に登下校したいと話し合っていたのだ。

 海矢は、突然生徒会選挙に参戦することを勝手に決めてしまって、愛海に申し訳ない気持ちがあった。


「そっか・・・・・・!兄ちゃん人気あるもんね!!あと、兄ちゃんは約束を破ってなんかないよ。次、兄ちゃんが生徒会を辞めたときに一緒に学校行ったり、帰ったりしたいな!」


「愛海・・・・・・」


「頑張ってね!!応援してる!!」


「ありがとう。絶対、法的に愛海を守れる制度を作るからな・・・・・・」


「あっ、兄ちゃんもう行く時間!!」


 海矢の決意は固まった。後は、明確な抱負とそれについての計画、誠実な姿勢と真摯な言葉だった。


 ********


 時の流れも早く、選挙当日。午前中で授業が終わり、午後からはそれぞれの立候補者が抱負を語る演説会が開かれる。生徒は全員参加で、会が終わるとすぐに投票が始まるのだ。

 舞台に立つ立候補者は、海矢と竜、副生徒会長に立候補する大空、そして3年生は抜けてしまったため人数は減ったが、前回の生徒会メンバーたちも役職ごとに座っている。

 竜以外はあまり変わらない顔ぶれであるため、今回特に注目されるのは海矢と竜のどちらが生徒会長になるのかということだろう。大空などは余裕のようで、女子のように黄色い声援を寄せる後輩たちに向かって手を振っている。

 隣の席に座る竜はすでに勝敗は決まったかのように自信満々な様子で、胸を張って堂々としていた。


 そして迎えた演説会。海矢は愛海を思うことで閃いた新たな制度の案を提示し、その制度を導入しようと考えついた理由や利点を順序立てて伝えた。この男子校では昔から強姦や痴漢などが起こることがある。そしてその被害者は大抵事実を“恥ずかしいこと”として隠したり、他者に助けを求められないことが多い。海矢は“恥ずかしいこと”ではなく、事実を明らかにすることで新たな勃発の予防にも、被害者のメンタルを守ることにも繋がると考えた。初めは裁判のような場を開くのを想定していたが、以前被害を受けた生徒の対応をしたときのことを思い出して、大々的に皆に知られるという仕組みは被害者のメンタルに悪影響を及ぼすと考え直した。

 そこで他の委員会との連携も強固にした上で、相談を受けたときに迅速に対応できる仕組みを作ることにした。中心として動く生徒会は信頼を得られる必要があり、また中立でいられる者が望ましい。まずはなんであれ、信頼が重要なのだ。


 拍手の中お辞儀をし、自分の席へ座る。演説では自分の考えをしっかりと話すことができた。あとは皆が自分を信頼してくれるかどうかである。海矢は、できれば自分の考えた政策を実行できたらいいなと思いながら、自分の次に席を立ち演説台へ上がった竜の話に耳を傾けた。

 竜は校則についての改正を目指す旨を抱負として語った。チャラい奴だから軽く抱負を語って終わるのだと思っていたが、意外にも真面目な顔をして演説をしている。拍手を浴びて席に戻ってくる彼を見て、偏見の目で見ていた自分に嫌な気持ちが湧き胸にズキリとした痛みが走った。席に座った竜をちらと見ると、舌を出して軽く中指を指される。その途端に胸の痛みはサァッと消えていき、苛つきを隠す笑顔を向けた。本当に可愛くない奴だ。

 竜の次には大空が登壇し、海矢について行くだのと宣っている。その直後同じ学年の列から『よっ、おしどり夫婦っ!』と聞こえたが、その瞬間周囲の生徒たちに押し潰されていた。大空は『あははは』と頭に手をやり照れたような仕草をしたが、海矢はふざけやがってと無言で腹を立てていた。

 全ての演説が終わり、生徒たちは投票場所に順番に向かう。


「ふぃ~やぁっとおわったなー。尻痛かったわ」


「やめろよっ、腕を回すな」


 階段から降りる際に大空が肩に腕を回して体重を乗せてくる。竜に生暖かい目で見られることも屈辱的だったが、何より重く腕を振って大空の回された腕を肩から下ろさせた。『ケチ~いいじゃん』と言いつつ再び腕を回してこようとする大空に海矢はカッとしてしまい、思わず大空の背後にある壁に手を叩きつけた。


「だからっ、危ないだろっ!」


 顔を近づけ怒鳴ってしまったが、皆離れた場所におりこちらに気づいていなかったことが幸いだった。怒鳴った際に大空はびっくりしたようにキョトンとしており、次の瞬間下の方から顔が赤くなっていった。器用だなと思いつつも、これでもう止めるだろうと壁から手を離して出口に向かう。

 海矢は引きずるタイプではないため、もう気持ちは平静さを取り戻していた。しかしいつまで経っても隣に来ない大空を不信に思い振り返ると、先ほど壁に押しつけてしまった場所で佇んでおり、未だ顔は赤く口元を両手で覆っている。何をしているんだあいつは。


「おい大空!何してんだ早く行くぞ!!」


 そう言うと、大空はパッとこちらを見ていつも通りの表情で駆けてくる。『いや~ごめんな』と謝ってくる声は普通で、『別にいいよ。俺も怒鳴って悪かった』と答えた海矢は気づかなかったが、大空の顔はまだ赤みが残っていたのだった。

 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る