第5話 愛海を怒らせてしまった!!?



 じゅわじゅわという音が小さくなっていき、ちょうど良い具合かとフライパンの火を止める。ふんわりと漂う卵の優しい匂いによしと頷くと、愛海が目を擦りながら階段を降りてきた。


「おはよぉ~良い匂い~」


「おはよう。今テーブルに並べるから顔洗ってこい」


「あ~い」


 少し丈の長いズボンの裾をずりずりと引きずりながら、愛海は洗面所へとふらふら歩いて行った。綺麗に仕上がった卵焼きを切り分け、それぞれ皿に乗せてテーブルへ置く。ポットの茶を二人のカップへと注ぎ、箸を並べていると愛海が前髪を濡らした状態で戻ってきて椅子に座った。


「うえ~魚ぁ~?やだー・・・・・・」


「ダメだ。ちゃんと食べなさい。兄ちゃんだって嫌いなんだぞ」


「じゃあ食べなくてもいいじゃん~」


「頭良くなるんだぞ!それに、美味いと思えば美味い・・・はず・・・・・・」


 今朝の朝食はご飯、味噌汁、卵焼きにお浸し、そして鮭の塩焼き。海好きの両親に反して、海野兄弟は魚嫌いだった。魚の骨が喉に刺さるのも怖いし、そもそも味自体があまり好きではない。今でも子どものように、フライにしてあるもの以外があまり好きではなかった。

 


「愛海、最近よく一緒にいる竜って奴、どんな奴なんだ?まさか付き合ってたりするのか?」


 海矢は鮭をほぐし口に入れつつ愛海に竜のことを聞いてみると、愛海の顔はみるみるうちに赤くなっていった。反対に海矢の顔は青くなっていく。愛海は口に入ったものを飲み込み、箸を置くと口を小さく開いた。


「付き合ってはないよ。なんで・・・・・・?」


「そう、そうなのか。いや、もし付き合っていたら相手はどんな奴なのか知りたいだろ」


 とりあえずまだ付き合ってはいないということに、ほっと安堵の息をつく。入学後すぐに大半の攻略対象者とエンカウンターし、しかもその一人と急接近しているということに、海矢は大変な危機感を抱いていたのだ。


「もし嫌なことされたらすぐに兄ちゃんに言うんだぞ?あいつだけじゃない、他の奴にもだ。絶対にすぐに言うんだぞ。お前は大事な俺の弟なんだから」


 心配しているんだと手を伸ばし、向かい側に座る愛海の頭を優しく撫でる。しばらく撫でていると、その手をぱしっとはたかれた。驚いて手を引き愛海の顔を見ると、口の端を挽き結んで怒っているような表情をしている。いや、実際に怒っているのだろう。可愛いが。


「もうっ!!いつも心配、心配って!!僕のことなんか放っておいてよ」


 そう言って愛海はガツガツと残りの朝食を食べきり、さっさと席を立ってしまった。バタバタと二階へと上がっていく後ろ姿に、しつこくしてしまったことに後悔をする。せっかくゆっくり食べられると思っていた朝食だが、今は怒らせてしまった愛海にどうやって謝ろうかということで頭がいっぱいになっており味などわからなかった。

 急いで制服に着替え、愛海が家を出る前に謝ろうと玄関で待っていると、グシャグシャのネクタイをした愛海が階段から降りてきた。


「ネクタイ、結んでやるよ」


 そう言って首元に手を伸ばしかけたが、それもペちっと避けられてしまう。海矢はガーンという効果音が付きそうなほどのショックを受けたが、そのまま扉を開けて外へ出ていってしまった愛海を追って玄関を出た。

 するとそこには昨日ムカつく真似をしてきた竜が立っており、愛海は彼に並び立つと海矢のことを見もせず学校の方向に向かって歩いて行く。目の前に止まっていた竜がこちらを見て、にやぁと嫌な笑みを浮かべた。


「あれぇ、朝からケンカですかお兄さん」


「だからお前に兄と呼ばれる筋合いはないわいっっ!!」


「竜くん、早く行こっ!」


 竜の袖を摘まんで引っ張る愛海に竜は優しく頷き、再び海矢に目を向けて舌を出してから歩き出す。腸が煮えくりかえる思いがしたが、それよりも愛海の態度の方が衝撃が強かった。

 そのままショボンと項垂れていると、隣の家から出てきたらしい辰巳が側へ寄ってきて『どうしたん?』と声をかけてくる。愛海を怒らせてしまい、一緒に登校しようと思っていたが先に行ってしまったことを暗い声で話すと、『じゃあ俺と一緒に行こ!』と腕を引っ張られた。


「お前も愛海と一緒に登校したいんじゃないのか?その、いいのか・・・・・・?先を越されてるぞ」


「え、別に俺愛海が誰と居ようが気にしないけど・・・・・・」


 辰巳のマジな顔に、海矢はまるで絶望の中で一筋の光が現れたような感覚がした。まさかの幼馴染み枠が脈なしだとは思いもよらなかったのだ。昔から愛海にべったりだし、家も隣だし、小・中・高と学校も同じ場所に通っている。なんなら辰巳になら愛海とくっついてもいいと思いかけていたくらいだ。そんな辰巳が、愛海に全く興味がないとは・・・・・・。

 大空の場合、今は女好きで好きな相手がいてもこの先恋の矛先がどこを向くかわかったものではない。しかし辰巳は安全圏だろう。こんなに長い時間愛海と共にいたのに、全く恋慕のれの字もない様子を見ていると、もう安心しか沸いてこない。


「辰巳・・・・・・お前だけだよ俺の味方は」


「え・・・・・・え!え!?」


 海矢は下げていた顔を上げ、自分と同じ位置にある辰巳の頭をよくそうするように撫で回し、『よし行くか!』と歩き出した。海矢に撫でられた辰巳はしばらく自分の頭に手をやり呆けていたが、海矢が先に行くのを走って追いかけていった。










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