錆色の勇者と愛の女神達~元勇者です。気づいたら(愛が)重い女達に囲われています~

どやりん

輝きを再び

第1話 錆びた勇者

 人魔大戦——どこからともなく現れた『魔王』ヴィネ。その存在によって人と魔が大きく争うことになった戦いのことである。

 

 多くの魔獣を率いた魔王に対して、バラバラであった人類側の国々。魔王の軍勢の勢いは凄まじく、瞬く間にいくつかの国家が地図から消えることになる。

 慌てた各国代表は同盟を結び、対魔王を目的とした汎人類連合——通称対魔軍を結成したのであった。

 

 

 一つに纏まった人類であったが、鋼鉄のごとき強靭な肉体を持っていたり、炎や雷を発したりする魔獣を相手に大きく苦戦することになる——そんな時、人類に救いの手を差し伸べる存在があった。


 『神霊しんれい』——今まで、伝説や信仰の中にその存在はたしかにあったものの、実在を疑われていた者達である。

 人類の前に姿を現した神霊達はこう言った。


『人の子よ、魔の者にこの世界を渡してはいけない。今こそ力を授けよう』


 人類は神霊から『加護』の力を与えられることよって、魔王軍に対抗する大きな力を得ることになる。

 加護の力を得た人類と魔王は激しくぶつかり合い、戦いは約百年続いた。

 善戦した人類であったが、無尽蔵ともいえる魔王軍の力は凄まじく、戦いは段々と人類に不利になっていく。


 このままでは人類の滅びの時も近い——誰しもがそう思っていた。

 しかし、七年前突如として戦いの終わりを神霊が告げたのである。



 魔王討伐。あまりにも急な報せに誰しもが耳を疑った。

 魔王の居城は魔王軍の勢力圏内奥地に存在し、人類の手がそう易々と魔王に届くとは考えにくいからである。

 しかし、魔王軍は統率を失い纏まりを無くしており人類軍に連戦連敗、遂に魔王城に進んだ人類軍の兵士達が見たのは、魔王ヴィネと思われる骸であった。


 魔王討伐に湧き立つ人類。長く続いた戦いが終わることに誰しもが歓喜の声をあげていた。

 神霊は告げた。

 魔王を討伐したものの名は『勇者』。七つの加護を持ち人類を導く存在であると。


 人々は勇者が公の場に姿を現すのを待っていたが、どれだけ待っても現れることはなく、富と名誉を求めて偽物が現れる始末。

 各国の為政者達は勇者を探すのを諦め、その存在を象徴とすることに止めた。



 戦いから七年の月日が経ち、勇者の存在は徐々に忘れ去られることになるのであった——。 



 ◇◆◇◆◇◆




「『』の癖に生意気なんだよぉ!!!!」

「へぶっ!!」


 抗いようのない暴力に襲われ俺の口から言葉にならない声が漏れる。真正面から大きな拳を喰らった俺は宙を舞い、床の上に転がる。 

 ギルドの中には大勢の人間がいるが、俺を助けてくれるものなど殆どいない。


 腕と目が片方しかなく、魔獣と戦えない薄汚れた探索者のことなど助けても一銅貨の役にも立たないからである。


 ましてや俺を殴っているこの男——グズマはならず物のような風体だが、『剛力ごうりき』の加護を持つ銀級冒険者だ。素行に多少の問題はあるが、その実力は周囲に一目置かれるほどである。

 触らな神に祟りなし。下手に首を突っ込んでこの男の恨みを買うことの方がよほど危険である。

 

「やめてくださいグズマさん!!」


 彼女の名前はアマネ。若くしてギルドの職員を務める才媛で、可憐な容姿の持ち主でもある。容姿だけではなく、どんな探索者にも分け隔てなく接するその聖女の如き性格から探索者達の間でも人気が高い。


 そんな人気受付嬢に『くず拾い』の癖に気に入られているのがムカつく……という理由で殴られているのが錆色の探索者——俺ことリクである。


 錆色というのはギルドの規則で定められている探索者の等級を示すものではない。

 五年も探索者をやっているのに、始まりである鉄級から昇格することのできない俺のことを揶揄したものである。錆ついてしまって、これ以上はよくならないと俺を馬鹿にしているのである。


 実際問題、鉄級というのはギルドに所属したばかり人間——要するに新人の等級なのだ。普通に迷宮に潜ることのできる探索者なら半年とかからずに卒業する。早いものなら一月もかからないだろう。


 一人で魔獣を倒す力も無く、組んでくれる人間もいない俺みたいな人間がいつまでも居座っているのが鉄級、才能がないということだ。才能も無いのに五年も探索者をやっている俺を皆が馬鹿にするのもよく分かる。

 

「アマネちゃんよぉ…こんな『くず拾い』のことなんて庇わなくてもいいんだぜぇ?」

「ギルド内での私闘は禁止です!……それに、私……暴力を振るう人は嫌いですから!!」

「っつ!……なんつぅお優しい心の持ち主なんだ……なぁ、お前もそう思うだろう!?」

「ぐえっ!!!」


 床の上に転がる俺の腹にグズマの硬いつま先が突き刺さる。二度の攻撃を喰らった俺は声を出すことも苦しくただただ床の上で悶絶することになる。


「リクさんよぉ……俺も弱いものをいじめが楽しいわけじゃないんだぜ……ただ鉄級のまま五年も探索者をやっているようじゃ肩身も狭いだろうし、心配してやっているんだ……なぁ辞めたらどうだぁ?探索者ぁ……」


 グズマが俺の顔を掴み上げながら聞いてくる。

 

 ——たしかにそうだ……俺は大した実力も無いのに五年も探索者にしがみついてる……しかし!それは理由があってのことだ。俺はまだ迷宮都市を離れるわけにはいかない。探索者を辞めるわけにはいかないんだ!!


「……探索者は……辞めない……」

「あぁ!?俺にはよく聞こえなかったなぁ!!!!……もう一度言ってみてくれよなぁ!!」

「……探索者は……辞めないと、言っているんだ!!!加護のおかげで筋肉はあるが、頭の中身は何もないのか!この筋肉達磨!!」


 グズマの顔が湯だったタコのようにあっという間に真っ赤になっていく。

 

 ——死んだかな、俺。生きていたとしてもこれほどまでのグズマの怒りよう、無事ではすまないだろう。


 ……大人しい態度を見せて嘘をついてでも切り抜けるという手もあった……


 ——いいんだ……嘘をつくぐらいなら死んだ方がマシ、俺は自分の生き方を曲げたくない。俺を生かし、ここまで育ててくれた皆に顔向けできないからだ。



 これから始まる凶行に見ていられないとアマネが顔を覆う。

 俺も覚悟を決めたその時——ギルドの外から声が響く。


「そこまでです!!」


 突如として割り込んできた女の声に皆がそちらに顔を向ける。

 入ってきた声の主を見て、ギルドいる面々の顔が驚きの表情に変わる。

 

 純白の法衣を纏い、流れるような金色の紙をたなびかせながら歩いてくる人影。碧色の目を持った彼女の名は——


「『慈愛の聖女』アイビス=アルバスの名を以てこの場は預かります!そこの探索者、その方から離れなさい!!」


 教会からやってきた聖女アイビス……彼女こそが俺に使命を与えてくれる待ち人のなのだろうか……?



 七年前の話だ。

 住んでいた村と大切な家族、育ててくれた剣の師匠——大切なものを全て奪った魔王軍への復讐の末に力を失った男がいた。

 

 生きる目的を失い自ら命を絶とうとしたが、加護を授けてくれた女神『  』に生きることを命じられる。


『勇者よ、死んではなりません。……あなたにはまだ使命が残っているのです……迷宮都市、その地で時が来るまで待つのです!!』

 

 女神『  』の神託に従い迷宮都市と呼ばれるこの土地に来るまで二年……そこから更に五年の年月が経った。

 

 魔王を倒したあの日から……止まったままの運命の歯車が回り始める。俺の——リクの物語が再び始まろうとしていた……。

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