第8話

「今日は昨日の復習から始めよう。まあ、魔法に関しては一度コツを掴んで仕舞えば後はすぐにできるようになるが、一応な」

 昼食後、ヴィクトリカは魔法訓練を始めると宣言した。

 今日で魔法の練習を始めて四日目。毎日訓練をしている。

「ねえ、魔法の練習は楽しいけど毎日する必要があるの? 別に訓練をしたくないと言うわけではないのだけど、単純に気になって」

「した方がいいだけで合って、別に毎日しなくてもいい。魔法使いを目指す、もしくは、魔法使いを名乗っているのならば毎日の訓練は欠かせないが、魔法使いを目指さないのであれば先ほど述べた通り毎日の訓練は必要ない。ただ、とりあえず魔法を使うことができるようになるまでは毎日するべきだと私は考えている。だから私はこうして毎日舞弥に魔法を教えている。私個人の考えだから嫌なら正直に言ってくれ。溜め込むのは良くないからな」

「うん。それはわかってる。無理してないから安心して。練習は大変だけど楽しいか楽じゃないよ。魔法が使えるようになるまでは毎日するって言ったけど、まほが使えるようになったらもう訓練はしなくなるの?」

「それはマヤ次第としか言えない。魔法をもっと上達させたいと言うのなら私は惜しみなく助力すると誓おう。でもまずは魔法を使えるようになることからだ」

 さあ、始めてと舞弥の手を取りヴィクトリカは言った。

 舞弥は昨日掴んだ感覚を思い出しマナを動かす。ゆっくりとだが確実に動き出す。何度も円を描くようにマナを循環させていると少しずつマナの動きが速く、滑らかになっていく。

 マナを循環させているうちに楽しくなってきた舞弥は今の自分ができる最大限の速度でマナを動かし始める。

 最初はジェットコースターに乗っている時のような気分で楽しんでいたが、調子に乗って速く動かしすぎたせいで舞弥は自分では止められなくなってしまった。焦り出すと同時に気分が悪くなっていき顔色が一気に悪くなる。

 その様子に気がついたヴィクトリカは慌てて舞弥のマナの動きを止める。強力な力で無理やりマナの動きを止められた舞弥はさらに顔色を悪くした。ヴィクトリカを突き飛ばし、口を押さえてトイレへと走った。

 少しして何とか乙女の尊厳を守ることに成功?した舞弥は口元を拭きながらヴィクトリカの元へと戻ってきた。

「迷惑をかけて申し訳ございません」

 戻ってきて早々、舞弥は全力の土下座を披露した。

 土下座という概念のない世界の住人であるヴィクトリカは急に変なポーズを取り謝罪してきた舞弥に慌てふためいた。

「ちょっと待て、なんだそれは? よくわからないが、もういい。さっさと頭を上げろ。そして説明しろ」

「これは土下座といって、日本の伝統的な謝罪の中の最上位に位置するものです」

 舞弥は、素直に顔だけを上げてヴィクトリカに土下座の説明をする。

 ちょうどいい具合に上目遣いになり、ヴィクトリカの心を打つ。ヴィクトリカの脳内は舞弥の可愛さだけで占有され、土下座の説明など全く入ってこなかった。

「わかった。もういいからそれを止めろ。あれくらい迷惑のうちに入らない。これは聞いた話だが、五人に一人はマヤと同じようなことをしてしまうらしい。だから、ではないが、気にするな」

「まあ、何はともあれ、体内のマナの移動は完璧にできるようになったな。次はマナを外に出す訓練だ。最初に私がマヤにした様にマナを送ってくれるだけでいい。コツとしては、まずマナを指先に移動させる。次に、そこからさらにマナを移動させようとするんだ。そうすると相手と自分を隔てる壁の様なものがあることがわかるはずだ。その壁を破壊する、は物騒な言い方だな。うーん、壁にマナを浸透させると、後は自然とマナが出ていく。これは人相手ではなくモノを対象としても同じことが言える」

「では、やってみてくれ。なに、少しくらい雑にしても私は大丈夫だ。遠慮することはない」

 舞弥はゆっくりとマナを動かし指先へと集める。そこからさらに先へと移動させようとすると、ヴィクトリカの言葉通り自身とヴィクトリカを分ける薄い壁の様なものがありマナの流れが止まる。少し力を込めマナをその壁にゆっくりと押しつけると水が浸透していくかのようにマナが壁の向こう側へと入っていく。

 壁の向こうは別世界だった。

 舞弥はまるで水の中に入ったかのように感じた。自身のマナを動かすことに今まで以上の力が必要になり、僅かに息苦しく感じる。

「もう大丈夫だ。止めてくれ」

 ヴィクトリカが静止の声をあげた。

 舞弥はマナの動きを止める。すると今まで制御下にあったマナが突然ヴィクトリカのものに変わる。

「成功だ。よく一度で、それも完璧に放出できたね。出すだけなら簡単だけど丁寧に出すとなるとなに度は高いからな。私も最初は力ずくで無理やり放出していたよ」

はははとヴィクトリカが笑う。

「よし、次に行こう。これが終わればもうすぐ魔法を使える様になる。次のスッテップはマナを魔力に変換だ。昨日も説明したが、マナが体内にあるエネルギーのことで、魔力がマナを変換した元素のことだ。ここまではいいな」

 ヴィクトリカはチラリと舞弥の反応を見る。こくりと舞弥が頷くのを確認し話を進める。

「マナも魔力も私たちの目には基本的には見ることができない。例外は特殊な眼を持つ人だけで、私たちはその例外ではないので説明は省くが。話を戻す。マナを魔力に変換したとしても私たちの目では見ることができない。そこにあると分かっていいたとしてもだ。魔力に変換することができるのは自身の体内か自身の周囲1メートルイア内の空間のみで、マナの時のように相手の体内で見本を見せることもできない。そのため、説明は口頭のみになる。よく使われる説明は置き換え法だ。例えば、マナを水、魔力を氷のようにイメージ内で置き換え、変換していくといったものだ。正直これは人によるとしか言えない。水と氷から氷と水に換えるとできる様になったものや、食材から料理に変えたものもいる。当然、この方法でできなかったものもいる。方法はその都度教えるから片っ端から試してくれ」

 ヴィクトリカの説明に苦笑いしながらも舞弥は変換を試みる。最初はヴィクトリカが例で示したマナを水、魔力を氷と置き換え、冷却によって水が氷へと変化する様をイメージする。小学校から数えたとしても10年以上学習を続けてきた舞弥にとっては水の状態変化をイメージすることは容易かった。

 イメージができるからといって必ずしも返還に成功するわけではない。

 一度目の挑戦は失敗に終わったが、舞弥が魔法関連で一度で成功したことがあることは先ほどのマナの放出のみ。失敗が大多数を占める。気にすることなく再び変換を試みる。

 10回ほど同じイメージで挑戦をするが、舞弥はどうもしっくりせず、首を捻る。一度深呼吸をし、イメージを変える。

 次に舞弥がイメージしたのはマナを水、魔力を気体。同じ水の状態変化からマナを水としたもう一つを選択する。

「……できた」

 舞弥も自分ではよくわからないが、確実に成功した問うことだけは分かった。その証拠に、舞弥以上に喜んでいるヴィクトリカの姿が舞弥の目に映る。

「できてるよね?」

「ああ、できている。どうイメージしたのか参考までに聞いてもいいか?」

「マナを水、魔力を気体と置き換えて後は水にエネルギーを与えるイメージでいたら気づいた時には」

「なるほど。そういう考え方もあるのか。それじゃあもう一度マナを魔力に変換してみてくれ。イメージする必要がないはずだ」

 舞弥は言われた通りにマナの変換を行う。ヴィクトリカのいう通り、水や機体に置き換えることは必要なくマナを魔力にしようと思うだけで変換された。

「よくやった。次で最後だ。最後のステップは魔力を魔法に変換することだ。実を言うとこれが一番簡単だ。変換した魔力を火や水になるよう思い浮かべるだけでいい。それだけで生活に必要な程度の火や水に変わる。それ以上を目指すには訓練が必要になるが」

 待ちに待った魔法に舞弥は浮かれる。ヴィクトリカが見ていなければ小躍りしてしまいそうな雰囲気だ。

 早速舞弥は魔力をつくり火を想像する。

 魔力は舞弥の意思に従い小さな火に姿を変える。息を吹けば消えてしまいそうなほど小さなひだが、それを出した本人は非常に満足げな表情をしている。

 火を水、氷思いつく限りのものに変化させていると舞弥はあることを思い出し、魔法を消してヴィクトリカに尋ねる。

「そういえば、マナからエーテルの返還はしてないけどいいの?」

「ああ、そちらは構わない。エーテルを使うのは魔力に変換することのできるマナが少ない人だけだ。量りきれないほどのマナを保有している舞弥には関係ないことだから今回はなし。どうしても知りたいのならまた後日、時間を作ろう」

「そんなことよりも、魔法の習得おめでとう。本当ならどの魔法にどれだけ適性があるかを調べるのだが、そのための魔法具が無いからな」

 ヴィクトリカは舞弥の質問を不要だと切り捨てる。それよりも舞弥が魔法を使える様になったことの方が大切だった。

「それなら探してみる? あの箱の中に色々入ってるからもしかしたら目当てのものがあるかもしれないよ」

 舞弥たちは手分けして目当ての魔法具を探し始めたが、それは一瞬で終わった。

 なぜならヴィクトリカが最初に手に取ったものが目当ての適正調査キットだったから。

 あっけない幕びきに戸惑いながらも舞弥の適性を調べる。

 適正調査キットの使い方は簡単で、変換した魔力を流すだけ。それだけで5秒後にはその人の適性を知ることができる。

「えーっと、これは……」

 舞弥の調査結果を見たヴィクトリカは苦い顔で言葉を濁す。

 その様子に舞弥は全てを察し、穏やかな表序をする。

「よくなかったことはわかったから教えてくれる? 大丈夫だよ。元々魔法が存在しない世界から来たんだし。使えるだけでもありがたいよ」

「一通りの魔法は使うことができる。ただ、どれも適性が低い。初級の魔法ならなんとか覚えることができるだろうが、中級以上は難しいと思う。ただ、マナ譲渡だけはかなりの適性がある」

 ヴィクトリカの説明に舞弥はホッと息を吐いた。

「一通り使えるのならいいや。深刻な顔していたから全く才能がないのかと思ってた」

 ”びっくりさせないでよ”笑った舞弥の表情は、ほんの僅かにだが悔しさが混じっていた。本人すら気づいていない。元とはいえ王族だったヴィクトリカだからこそ気付くことができた。

「ねえ、私のマナってかなり多いのよね? それならさ、その使える初級の魔法を使い続けて魔物を倒すことができるかな?」

「不可能ではないけど難しいと思う。確かに初級の魔法でも相手にダメージを与えることができるが、向こうもやられない様必死だからな。弱い魔物や耐性の低い魔物なら倒せるが、それ以外は、と言ったところだろうか」

「中途半端な時間に終わったな」

「ん? そうだね。どうしよっか」

 話が突然切り替わったかと思えば、舞弥は声を上げる間も無く押し倒されてしまった。

 その日は夕食も忘れてヴィクトリカは舞弥を快楽の底に沈めた。まるで空いた隙間を忘れさせるように。

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