第三章 その⑩ 医務室での二人

 医務室にプリムラ姫を担ぎこみ、そのままベッドへと寝かせた。


 エニシダさんも最初の方はパニックになるほど取り乱していたが、やがて落ち着いたようで、彼女が倒れた原因を俺に話してくれた。


「最後の突き技だがな。あれは極限の集中力が必要なのだ。技の精度はもとより、剣の耐久力も考慮しないとすぐ折れてしまうほど繊細な技だ。姫様もめったに使わん。それに観客や来賓達の衆目に晒されることと、ご自身の将来が決まるかもしれないという極度の緊張もあり、きっとご無理が祟ったのだ」


 エニシダさんはそう言ったきり、うな垂れてしまった。


 プリムラ姫がいくら強くてもただの女の子に変わりはない。

 今は、ゆっくりと休んでほしい。

 眠っている彼女を見ていると、そんな思いが込み上げてきた。

 

 そう言えばエニシダさんに聞きたいことがあった。


「エニシダさん。姫様と王子って試合中に何度かと口論していたように見えたのですが、何を話していたんですか?」


「あっ? あぁ……。姫様はな、ゲルセミウム王子の剣筋を褒めていたのだ。大胆かつ真っすぐな剣だと――」


 少し妬ける。今回の戦い、ゲルセミウムは卑怯な手段を使ったけど、剣技自体は相当な腕だった。

 だからプリムラ姫もその才覚を褒め称えたのだろう。

 姫とゲルセミウムはダンスのステップは合わなかったが、戦いのリズムは息ピッタリだった。

 そんなことを考えるとなんだか悔しい。


 エニシダさんの話だと、その後、プリムラ姫はゲルセミウムの所業を諫めたのだが、ゲルセミウムは効く耳を

持たなかったので、あの技を繰り出した。とのことであった。


「う……ん……」


「姫様!」


 プリムラ姫はゆっくりと目を開けた。反射的にエニシダさんが声を上げた。


「わたくし、眠っていたのですか」


 そう言って、ベッドから降りようとする姫。


「いけません、まだお休みください」


 エニシダさんが制止して姫をベッドに戻すとともに、医者を呼びに医務室を出ていった。


 医務室に俺とプリムラ姫の二人だけとなった。


「姫様、倒れるほどの無茶をするなんて。何と言われようとも試合を止めていればここまで消耗せずに――」


 姫様の姿を見ると、俺は自責の念が募った。


「それはダメです」


 プリムラ姫は言葉を遮るように否定した。


「相手がたとえ卑怯な手を使っても、こちらはそれに応じないことこそ、真の抗議となるのです」


 彼女は自分がここまでボロボロになっても王族の高貴さを大切にする。それにカチンときた。


「そんなことより、姫様のお身体が一番大事なんです俺は!」

 

 俺は珍しく彼女に本気で怒った。

 俺の大きな声に彼女はビクッと驚いた。

 たぶん、試合前から彼女に感じていた己が身を省みない高潔さに、心の奥底では少し怒りを感じていたんだ俺は。

 それが積もり積もって、ここで出てしまった。


「あなたはもっと自分を大切にしてください! 国の王女である前に、一人の女の子なんですよあなたは!」


 わかっている。わかっているんだ。俺が怒る理由が彼女には届かないって。王族は個人より立場を尊重する存在だってことは。

 それでも怒らずにはいられなかった。彼女が傷つく姿を見るのが嫌だから。


「わかりましたか!」


「うっ……」

 

 プリムラ姫は泣きだしそうになった。

 しまった、言い過ぎた。必死に戦って倒れて弱っている彼女を怒るなんて最低だ。


「だって、だってぇ。剣で負けたくなかったの。それに一生懸命応援してくれた二人に格好悪い姿を見せたくなかったの」


 プリムラ姫は子供のような口調で、子供っぽい意地があったことを俺に白状した。

 その言葉を聞いた途端、力が抜けた。

 そうか、彼女は自分と俺たちのために負けたくなかったのか。

 そんなことも気づかず、俺は本当にバカだ。


「ごっ、ごめんなさい。でも俺はあなたのことが本当に」


「本当に?」


「本当に――」


「すみません姫様。お医者様をお連れしようとしたのですが」


 俺が大事なことを言おうとしたとき、エニシダさんが申し訳なさそうに後ろをチラチラ気にしながら、医務室に戻ってきた。

 そして――


「やぁ、失礼するよ」


 颯爽とファセリア王子が参上した。

 お付きの者を連れ添っている様子は無く、一人でプリムラ姫の見舞いに来たようだ。


「プリムラ姫、具合はどうかな?」


 ファセリア王子はベッドにふわりと座り、ごく自然にプリムラ姫の手を取った。

 おまえぇ! なにべたべたと手ぇ握ってんだコイツ! 

 今は俺のターンだから、ちょっとその手どけろ! 

 と怒るわけにもいかず、努めて平静を装ったが、心の中でこの男を五回ほどしめた。


「あれっ? 泣いているのかい。あんな激闘だったんだ無理もない。これで涙をお拭き」


 さっとハンカチーフを渡すファセリア王子。その動作は爽やかでさり気ない。


「いえ、ご心配には及びませんですの……ことです……」


 プリムラ姫もなんでちょっと顔を赤らめているんだ。


「君が倒れたと聞いて、一刻も早く駆け付けたかったのだけどね。どうしてもスカーレッタ姫の対応で、こんなに時間が掛かってしまったんだ。許してほしい。だけど僕は、試合前からずっと君のことを心配していたんだよ?」


 この王子めぇ。

 俺がこれから慰めようとしたタイミングで来やがってぇ。

 イケメンはタイミングの神にも愛されているのかぁ?


「何をしている、アヤト?」


「いえ、どうしたら憎しみで人が殺せるかな? と思って呪具を探していたのです」


「じっとしておけ、このおバカ。ファセリア王子の気が散る」

 エニシダぁ、お前もファセリア王子そっち側の人間かぁ! 

 今に見てろよ、あの王子の泣きっ面、絶対絵に収めてやる!

 俺に殺人画家としての血が目覚めそうなことなど知る由もなく、ファセリア王子は話を続けた。


「君の勝利で、会場中はプリムラ王女一色になったよ。僕も君の虜さ! だから君に申し出た援助の話だが、君が何と言おうと僕はプリムスを全力で援助する。もう決めたんだ。そして今回の話は、真王様の元にも絶対に伝えて、プリムスの国格を上げてもらうよう進言するよ!」


 ファセリア王子は少し興奮気味にまくし立てた。

 あの試合には誰をも魅了する力があったことは認める。


「だけど、君がゲルセミウム王子の嘆願に応じたときは僕も心底肝を冷やしたよ。今回は君の勝利で終わったから良いものの、今度からは絶対にあんな約束するんじゃないよ?」


 ファセリア王子はプリムラ姫の鼻先をツンと指で触れて、ウインクを投げかけた。


 うおおおおおぉぉぉ! こいつ! こいつ!

 お前イケメンは何をしても許されると思ってるんだろう!?

 そうだよ正解だよ!

 イケメンは犯罪以外何しても許されるんだよ! 知ってるよバーカ!


 俺は自分の腹をこれでもか。というほど笑顔で殴り続けた。


「アヤト!? お前やっぱり私の正拳突きで、どこかおかしくなったのか?」


「イエ、ダイジョウブデス」


 コレハ、ボクガ、コワレナイヨウニ、シテイルノデス。


「今日は疲れただろうから、ゆっくりお休み。マイプリンセス」


 ファセリア王子はプリムラ姫の右手の甲に軽くキスをして、さわやかな笑顔で医務室を去った。


 姫様はと言うと――


「あっ、ああぁぁ……」


 沸騰したやかんのように声を震わせながら、頭から湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしたまま硬直していた。



 ううううぅぅぅぅっ。

 くっそおおおおおぉぉぉぉ‼ ちきしょうめええええ‼

 イケメンよ、滅べええええ‼

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