第7話 オタク仲間




「うーわ……想像以上の部屋だった……」


 あまり多くない一人暮らしの荷物を運び入れたあと、初めて見る新居に唸った。写真では見ていたが、現物は見たことがない新築マンションは、思っていたよりずっと立派で広かった。


 4LDKの高層マンション。広すぎるリビング、最新家電の揃ったキッチン。高そうな革のソファに、今まで使ってたものの倍はありそうなテレビ。あんな大画面でオーウェン見れたら幸せで死ねる。


 どうやら巧さんは一足先に入居していたらしかった。キョロキョロする私の背後で壁にもたれかかりながら言う。


「家具、家電は適当に買い揃えた。気に入らなければ捨てて新しいものを買えばいい」


「金持ち理論凄いですね、全部そのまま使わせてもらいます。というか、全て準備してくれてありがとう」


 藤ヶ谷グループ副社長なら、びっくりするくら忙しいはずだ。家探しから家具選びまで、よくこなしてくれたなと思う。


「俺が提案した契約なんだから当然だろ」


「いやーほんと広い、綺麗、モデルルームみたーい……」


「荷解き、手伝おうか」


「ああ、たすか」


 言いかけて止まる。ぼんやりしながら返事をしそうになって危なかった。


 私は首を振って冷静に答えた。


「いや、あまり多くないし。お互いの部屋に入らないルールじゃなかった?」


「その通り。俺の部屋も絶対入らないように」


「入る必要がないから入りません」


 危ない、危ない。ほっと胸を撫で下ろす。


 別に私の毛玉まみれの部屋着や、いっそパンツを見られたとしても構わない。そうじゃなくて、もっと見られたらまずい私物が多くある。てゆうか荷物のほとんどがそれ。


 オーウェンのポスター!!

 

 フィギュア!!


 本、雑誌、DVDたち!!


 極め付けが抱き枕!! 


 咳払いをする。そう、それが私の最大の秘密、隠し事。長きに渡り築いた才色兼備の高杉杏奈の像を今更壊すわけにはいかない。


 別にこの男にばれたとしても言い振り回すようなことはしないだろうけど、馬鹿にしてきそうだもん。『存在してない者になぜそんなに思い入れる?』とか言って。そんなことを言われれば即座に離婚の手続きとなってしまいそう。


 それに一人だから楽しめる。集中できる。私一人だけの世界でいたい。


「じゃあ私は荷解きしてくる」


「ああ、もう杏奈の家でもあるんだから好きに動けばいい。俺の部屋以外ならどこに入ってもいいしなんでも使ってくれ」


 そう言い放つと、彼はスタスタと無言で自室へ入っていってしまった。パタンと部屋の扉が閉められた後、ご丁寧に鍵までかけられたのがわかる。


(そういえば、あの人はなんであんなに部屋を隠してるんだ……?)  


 藤ヶ谷グループの大事な仕事の書類たちがあるとか。うんうんありえそう。


 あとは私みたいに人には言えない趣味をお持ちだったり。鞭とか蝋燭あったらどうしよう。ってそんな思考してる私がやばいな。


「さてやりますか!」


 私は腕まくりをして意気込む。男女二人きりのルームシェアなんて少し緊張していたけど、これだけ広くてお互いの部屋もあればあまり気にならないな。


 私は早速自室へと入る。


 念のため私も鍵をかけてから振り向くと、十分な広さの部屋がそこにある。以前住んでいたアパートより広いかもしれなかった。十分すぎる広さに、大きな窓から暖かな日差しが入り込んでいる。日当たりも抜群みたいだ。


 ほうっと息を吐いた。真っ白な壁に傷一つない新品の床、この部屋を二次元の王子様たちで着飾れるなんてワクワクだ。


 早速段ボールの一つを荷解きしようと座り込んだところへ、ポケットに入れておいた携帯が鳴り響いた。それを取り出して見ると、従姉妹の麻里ちゃんだった。


 麻里ちゃんは昔から仲のいい、私より三個年上のお姉さんだ。実家も近所だったので、幼い頃からよく遊んでもらっていた。何を隠そう私が二次元にハマったきっかけも彼女なのだ。


 麻里ちゃんは今は結婚して少し遠くへ嫁いでしまったので、中々会えなくなったがこうして連絡は取り合っている。この世で一番信頼している姉のような存在なので、私は今回の結婚についても彼女にだけ打ち明けていた。


 話を聞いた麻里ちゃんは唖然として反対した。でもその時にはもうすでに婚約届を巧さんに預けてしまった後で引き下がれなかった。『私が二次元を教えなければ』とかって項垂れてたけどそんな人生お断りだ。


「もしもし麻里ちゃん?」


『杏奈? 今日引越しだったよね?』


「うん、運び入れは終わったよ。ゆっくり荷解きするところー」


『はあ……私は気が気じゃないよ、大丈夫なのほんと?』


 心配そうな声が響く。麻里ちゃんの不安げな顔が目に浮かんだ。


「まあなんとかなるんじゃない? お互い自分の部屋ちゃんとあるし」


『襲われたりしない?』


「そんなことして困るの向こうだよ、藤ヶ谷グループの副社長。世間体が気になるのはあっちでしょ」


 それにだいぶ想い入れてるお相手の人がいるみたいだし。


『二次元もいいけどさあ……三次元にも、もっとマトモな交際のお話山ほどあったでしょ? 敢えてこんな無茶苦茶な話選ばなくても』


「三次元に興味ないからね。お互い無関心な人と結婚しとくのは私にも好都合だし」


『やっぱり杏奈に二次元を教えたこと後悔してる』


 麻里ちゃんが沈んだ声で言ったもんで、私はつい笑ってしまった。


 二次元たちとの出会いは小学生の頃だ。当時、引っ越しが予定されていた私は、同じ塾に通う好きな男子に手紙を渡した。別にラブレターでもない別れのお便りだったのだが、恥ずかしかったのか迷惑だったのか目の前で捨てられた。


 ショックで近所に住む麻里ちゃんのところへ泣きに行ったところ、『これでも見て元気出して!』と見せられたのがキラキラ王子様たち。


 一気にハマった。それ以降は、漫画にアニメ、恋愛シミュレーションゲームと様々な物を体験して立派なオタクの誕生、というわけである。


「別に麻里ちゃんが教えてなくてもどっかで出会ってハマってたって。それよりさあ、新しく出たゲームの登場人物めちゃくちゃかっこよさげで買おうと思ってる!」


『あーあれね! 私も気になってた! 立ち絵たまらないの! あと声優が安定の人でね』


「とりあえず買うわ、買ったら感想送る!」


『待ってる!!』


さっきまでの後悔はどこへやら、もう麻里ちゃんは鼻息荒くして興奮していた。それに笑ってしまう、結婚してからも麻里ちゃんはオタクを卒業していない。


 同じ趣味で語り合えるのは麻里ちゃんぐらいだし、本当に楽しい。



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