『私にとって』の森に踏み込んで、そこにある物の周りを深く深く掘ってみる

宇目埜めう

はじめに……

 エッセイってなんですか?


 本作品を投稿するジャンルは、『エッセイ・ノンフィクション』のタグを選択した。

 でも、エッセイってなに?

 ノンフィクションはなんとなく分かる。実際に起こったことを文章化・物語化したものでしょ? じゃあ、エッセイは?

 ノンフィクションが『実際に起こったこと』を文章化したものであるならば、エッセイは『実際に起こってはいないかもしれないけれど筆者の心の中に実際にあるもの』を文章化したものなのだろうと現時点では予想している。(ここまで、エッセイとノンフィクションの定義は個人の勝手な予想かつ妄想なので悪しからず)


 実は、前々からエッセイというジャンルは気になっていた。

 密かな目標として、全ジャンルで何かしらの作品を投稿したい(まぁ、創作論・評論なんてジャンルでは一生書けないとは思うが)と考えていた。けれど、冒頭のとおりエッセイとはなんぞや? という疑問があった。エッセイというもの自体ほとんど読んだことがなかった。

 ためしに、いくつかのエッセイ作品を読んでみて出した結論(予想)が、『実際に起こってはいないかもしれないけれど筆者の心の中に実際にあるもの』を文章化したものだ。


 勝手にそう結論付けたとき、エッセイと同じように、当たり前のように見かけたり使ったりしているけれど、その実、意味がよく分かっていないものがたくさんあることに気がついた。

 辞書を引けば正確な意味は簡単に知ることができるのだろうけど、辞書に書いてあることがしっくりこないこともある。エッセイもそうだ。辞書を引いたところで「……で? どういうこと?」となることも少なくない。


 そこで、思いついたのが本作品だ。


 辞書的な意味はさておいて、自分にとって〇〇とはなんだろう? という疑問に自分なりに答えを出す。そいつを文章化したらどうだろうか。

『私にとって』という森にあるものを探しにいくのだ。『私にとって』という注釈をこれでもかと、遠くから見てもすぐ分かるように大きく付けて、ものごとに一応の答えを見つけるため掘り下げていく。

 これって、一応エッセイと呼んでもよくない? そう思って書き始めた。誰も得しない、自己分析・自己批判・自己肯定のための私だけが得をする自分勝手な作品だ。


 それでも、構わない。


 全ジャンルで作品を投稿するという野望の達成とともに、最終的には『私にとって、エッセイとは?』という問いかけの答えにたどり着けることを願って、思いつくままに『私にとって』の森にあるものを掘り下げていこうと思う。

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