始動編

第1話 全ての君へ、ありがとう


 

 ふわふわと浮いている。そんな感覚の元、目を開いた。


 そこは、真っ暗な世界だ。まるで何もない、虚無のような世界。


 そんな世界に少しずつ小さな光が、ポツ、ポツ、と現れ輝き始めた。最初は蛍のような小さな光だった。だが、徐々にその光は増していき、一つ一つが大きな光となったのだ。それも、それぞれ違った色をしている。大きな光は、互いに渦巻きを描く様に少しずつ吸い込まれ、やがて大きな渦巻きができた。


 ...まるで銀河みたい...


 そして渦巻きは数を増やし最終的に、その世界は黒い空間を背に七色の光と渦巻きで満たされた光の世界に変貌したのだ。


 何とも言えない感動が全身を襲った。そんな中、一つの渦巻きが徐々にこちらに近づいてくる。そして、自分も引き寄せられるかのようにそれに引っ張られた。


 ...ぶつかる!...



 ピピピ、ピピピ、ピピピ


 ジリリリリリリリリリリ



 そう思った瞬間に意識は、二つの爆音によって叩き起こされた。


 不思議な夢の余韻と無理やり現実に引き戻された感覚が交差する。


複雑な感覚からの解放するかのように目が重くなり再度布団に潜った。しかし爆音は、させるか!と言わんばかりになり響く。


「う~ん」


 布団から伸びた手は、どちらを取ろうか彷徨ている。最終的には、片腕も伸び両方のスイッチを同時に押し片方を取り上げた。手には電話が握られていた。


 「はい、もしもし」


 「隼人、ご飯できたよ」


 「あい」


  篠崎隼人しのざき はやとは電話を受話器に戻す。体を起こし天井に腕を伸ばし体ほぐして布団を出る。


 身支度を整えると、少し和風な長い廊下を歩く。自分の部屋から、食卓まで距離があると如何せん気が遠くなるのが日常だ。


 台所に着くと、食器を片付ける人に目が行った。そこには、母親である篠崎葉子しのざきようこがいた。またの名をオニババァである。


 「隼人、何時いつまで寝てるの、さっさと食べないと出る時間、間に合わないよ」


 「うん、わかった」


 「お母さん、もう行くから、後はよろしく~。あ、仏壇忘れないでね~」


 そう言ってバタバタと家を出ていった。


 テーブルにある朝食をササっと平らげると食器を洗い、仏壇に足を運ぶ。

 

 仏壇の前には、大量の酒瓶が置かれていた。


隼人は見向きもせず線香をあげ、手を合わせる。


 「行ってくるぞ。親父」


そう言って立ち上がるとそそくさと家を出る。


 自転車をこぐこと1時間、ようやく学校に到着する。学校まで殆どバイパス沿いをまっすぐ行くだけなのだが、遮蔽物が少ない分風が強い。タオルで汗をぬぐいつつ、教室に足を運んだ。


 教室に入ると、幾つかのグループが出来上がっていた。中でも大きなグループは、クラスでの陽キャ組である。その中でも、幼馴染の神薙歩美かんなぎあゆみの姿があった。容姿端麗、成績優秀、その上読者モデルをやっている。黒髪のロングで鼻は高く、やや釣り気味な大きい目、プルンとした桃色の唇からグラマラスな雰囲気を醸し出している。スタイルは、平均身長よりも高く、出るとこはしっかり出ており、高校生を疑わせるほどのプロポーションだ。


 そして、なんといっても性格は笑顔が絶えないことから、裏では女神ともいわれている。なので彼女の隣には誰かしら必ずいる。そんな出来過ぎた、幼馴染を横目に一人座って朝の眠気に負けて睡眠をとるのだった。

 





 昼休みになると隼人は、お昼のお弁当を広げた。弁当は、忙しい母に申し訳ないと思いできるだけ自分で作るようにしている。今回は、アスリート向け、鶏むね肉多めの高タンパク弁当だ。


 ...うん、今日も悪くない...


 すると、横からクラスの陽キャ組の会話が聞こえてきた。


 「歩美は、進路どうするの?」

 

 「う~ん、まだ分かんないな~」


 「え~、歩美はモデルやってるんだから心配ないんじゃないの?」


 「そんなことないよ。進路はちゃんと選びたいし、大学にだって行きたいもん」


  ...そっか、もうその時期だよな~...


 高校3年の6月末。この時期になると、各々が将来に対して本格的に動いている時期だけあって皆、進路先を意識しているようだ。

 

 ...まぁ、俺には関係ないか...


 選択肢などない。そう自分に言い聞かせる。


 「歩美は、どこに行きたいの?」


 後ろから話しかけて来たのは、阿久津 稜あくつりょううちの学校のイケメンズの一人だ。その上バスケ部の部長である。それに成績もトップクラスで文武両道とか言う漫画に出てきそうなスペックを持つ。某有名大学からの推薦も来ておりまさに将来有望な選手だ。短髪で185㎝という高身長、筋肉もバランスよく付いている。     

 まさに男女共に憧れであり嫉妬の対象である。そして彼の手には弁当箱が握られていた。


 「まだ、絞り込み中だよ」

 

 「そっか、お昼一緒に食べてもいい?」


 「いいですよ」


 「ありがとう」


 席を椅子を持ってきて歩美の隣に座る。


 「あ、大会3位おめでとう!」


  歩美がそう稜に賛辞を送った。


 「おめでとう!」


 「すげぇよ!頑張れよ!」


 「ありがとう。インターハイも応援よろしく」


 クラス中も彼を称賛したのだ。うちの学校はスポーツで好成績を残す部が多く、所によってはインターハイなどに出場する部も少なくない。バスケ部は、今年も予選はシードからなので言わずもがな強豪である。


 「俺達も混ぜてもらってもいい?」


 「来たよ~」


 「・・・」


 後ろからさらに、3人の人影が見える。


 クラス中が少しざわめき始めた。特に女子が。

 順番に、金持ちと噂のドSっぽい雰囲気を醸している久我 翔太くがしょうた。好奇心旺盛で可愛い系の朝地青葉あさじめあおば、勉学では学年クラス共に1位、医学部志望のクール系の東雲正嗣しののめまさつぐ、そして阿久津 稜あくつりょう。いかにも少女漫画に出てきそうなメンツだ。一部のクラスメイトからしたら目の保養である。


 「ねぇねぇ、だれがカップリングすると思う?」


 「翔太くんとじゃないかな」


 「え~、私は青葉君だと思うな~」

 

 「いや、完璧に正嗣君とでしょ~。この間一緒に出掛けてるところ見たし」


 「何言ってるの!そこは、阿久津君×東雲君に決まってるでしょ!」


 「「「え?」」」


 最後のは、聞かなかったことにして隼人は、そんな彼らを気にもせず黙々と食事をとる。食べ終わると、大好きなラノベを手に取りイヤホンをして自分の世界に浸る。   

 将来は、作家になりたいだけあって隼人にとって数少ない至福の時間でもあったのだ。だがこの時、誰かから視線を向けられていることに隼人は気が付きもしなかった。


 隣から人影が見えた。


 「よ~」


 そこにいたのは、長浜 啓ながはまけいだ。隼人の数少ない友人でありオタク友達、通称オタ友だ。


 「この間のガン〇ム見た?」


 「見たよ。再放送のやつでしょ。ジャ〇ロー降下作戦のやつね」


 「まじで、面白かったわ。」


 「そりゃよかった」

 

 「それでさ勢いで、ズ〇ックのガン〇ラ買っちゃたからさ、一緒に組もう」


 「ええよ~」


  そんな会話のさなか啓は何かに気付いた。


 「どうしたの?」


 「いや、あそこのグループいつにもまして、何かうるさくなったなと思って」


啓は親指で後ろ指した。


 「まぁ、いいんじゃない。羨ましいけど」


 「そうだな。特に女神様は、ああ見えても結構モテるからな~」


 そして、断られた男は数知れない。分かり切ったことだ。学校の中でも、余りにも目立つ故に隼人達にとっては、高嶺の花もいいところなのだ。


 「ただ、あんな人には告白したって意味がない」


 「なんで?」

 

 「レベルの高い人間を見ているからな。人間ってのはレベルの高い人の周りにはそれに相応しい人が寄ってくるだろ。故に付き合う男も、それ相応の奴ってこったよ」


 なるほどな~。啓の理屈はなんとなく理解はできる。テレビとかで結婚報告している俳優や芸能人を見るとだいたい雰囲気が同じ人たちや同じ業界の人と結婚していることが多い。クラスメイトだってそうだ。そう考えると、納得がいった。


隼人はふと今朝の夢を何故か思い出した。


 ...あの夢は何だったんだろう...


 あんな摩訶不思議な夢はとても印象的だった。


 ...まぁ、いいや。後で創作のネタにしよっと...


 いいネタが手に入ったと、少し嬉しく思うのだった。





 


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