第6話 普通の人に会いたかった

 初対面の時はお互い自己紹介をするのが一番円滑に物事を進める物だと僕は実感している。


 僕の素性とか、僕の疑問とか、そういうものを一切無視して、その女性は刀に興味を示している。


 いや、僕の存在など歯牙しがにも掛けない、というところか。自分の問いかけに僕が答えるのが当たり前と思っていそうだ。


 それはそれでちょっとムカつく。


 彼女が手を伸ばして刀に触れようとしたので、僕はサッとそれを引っ込めた。


 第一、これを奪われたら元の時代へ帰れないかもしれない。


 僕のうちなる不安をよそに、彼女は眉をひそめて不快感を示す。いや、勝手に人の物に触ろうとすんなよな。


「見せよ」


「嫌だ」


 短いやりとりが初の会話になった。ついでに内容も友好的とは言い難い。そして明らかに彼女は怒りの感情をその綺麗な顔に浮かべた。


「時間が無い。早く見せよ!」


「嫌だって言ってんだろ」


 僕の返事に彼女はムキーっとなって地団駄を踏む。よく考えてみれば、どう見ても僕より強そうな爪と牙を持った女性が実力行使に及ばす、地団駄を踏んでこらえているのは、意外とまともな思考を持っているのかも知れない。


 そういやこの人は空を飛んできたんだった。確実に僕より強いだろう。


 僕はちょっと折れて、先に名乗る。


「僕は一志かずし。君は?」


「聞いてどうする?」


「あのさぁ、お互い呼び方がわからなくちゃ会話にならないだろ!」


 本当にこの人は——。


 そこまで考えて、ここは僕の住む時代じゃない事に思い至る。八百年前だと『鬼丸』は言っていた。そして人外の様相を持つ人だ。


「まあ、言葉が通じるだけマシか」


「?」


「いや、こっちの話。ええとね、この刀見せても良いんだけど、君のことをなんと呼んだらいい?」


「……呼び名? 人は我を鬼姫おにひめと呼ぶ」


「鬼姫ェ⁈」





 つづく

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