第35話 千代田 晴輝の青春。

門の反対側では戦場も氷結弾を使ったのだろう。

ゴンという音とパキパキという音が聞こえてくる。


三ノ輪 彦一郎も氷結弾で扉を凍らせながら「千代田君はあの手紙に何が書かれていたんですか?」と聞く。


千代田 晴輝は見られていたとは思わずに「え?見てたんですか?」と聞き返す。

三ノ輪 彦一郎はドヤ顔で「皆が明るく喜ぶ中で落ち込んでいれば目立ちますよ。もっと早く相談してくれて良かったんですよ?」と言う。


「でも僕は東の京の生徒で…、それに去年担任の先生に相談したら気の持ちようだって言われて…」

「はぁ…。僕の許せない言葉ばかりですね。君はどこの生徒とかではなく生徒であって、僕は教師です。相談をしにくくしていてすみません。それに気の持ちよう?そんなふざけた言葉はありません!」

三ノ輪 彦一郎の強い言葉の後、少しの沈黙の後で千代田 晴輝が口を開く。


「…ウチに…同居している認知症の婆ちゃんが居るんだ。母さんは婆ちゃんが嫌いで施設に入れたいって言って逃げるように働きに出た。

母さんのパート代で婆ちゃんが何とかなるなんて夢物語で、母さんはそれがわかっているから仕事をする度にドンドンと派手になるだけなんだ。父さんもツッコむと倍になって返ってくるから黙認してる。僕はそれが嫌で今回は学級委員にもなって少しでも母さんにやってやりたかったんです」

千代田 晴輝の告白に三ノ輪 彦一郎は「ヤングケアラーですね。辛かったでしょう?それは気の持ちようではありませんよ。もっと早く言ってくれれば良かったんです。その様子だとごきょうだいはいないんですね?」と相槌を打つ。


「はい。僕はひとりっ子です。それであの日の手紙にはたった数日なのに僕がいないから婆ちゃんの世話が大変になったから早く帰ってこいって書かれていて、僕の心配は無くて…それに死んだ事が確認できた生徒の家には国からお見舞い金が出るとかで、死んだらそのお金で婆ちゃんを施設に入れるって書いてあったんです」

涙を浮かべる千代田 晴輝に三ノ輪 彦一郎が「許せません。君みたいな生徒こそ教師が守るべき生徒です」とハッキリと言う。


「先生は死んで家族にお金を残したいんですか?」

「そんな訳はありません。妻からはお金より生きて帰ってこいって書かれてました。でも僕は生徒のために死ぬ事を許してくれと書きました。そう言えば上野さんに何と代筆を頼んだんですか?」


「僕は京成学院の菅野 篤志の攻撃で右手が動かなくなったから代筆を頼んでる。帰ったら僕の介護もよろしくお願いしますと書いてもらいました」

この話に三ノ輪 彦一郎がイタズラをした子供のような顔で「ザマアミロですね」と言って笑う。


「先生…」

「おや、優しい千代田君はザマアミロが嫌でしたか?」


「スッとしました。もっと早くに先生に言えば良かった…」

「じゃあ殺されなかったら牢屋の中でたくさん聞かせてくださいね。先生は君のおかげで三ノ輪 彦一郎ではなく教師三ノ輪でいられます」


その後も追っ手が迫るまで千代田 晴輝と三ノ輪 彦一郎は話をした。

千代田 晴輝が「婆ちゃんを施設に入れるためだって小遣い減らされたり、塾も我慢させられたんです」と話せば三ノ輪 彦一郎は「荒川さくら高校にも手続の煩わしさから行政を頼らずに子供に無理を強いる親が居ましたよ」と返す。


「先生はどうしたの?」

「担任ではなかったのですが見かねて行政の手続きのやり方を調べたりしました」


「僕…、荒川さくら高校に行けば良かった…」

「東の京高校に行けた君には退屈な授業だったかも知れませんが、東の京からなら通学時間もそこそこあるから良かったかも知れませんね」


「うん。東の京は家から近いから、近い学校にさせられたのは婆ちゃんの世話をするためだったから…。勉強も頑張らされたんだ。友達と遊ぶのも「婆ちゃん放っておいていいのか?」って怒られた」

話していて涙を流す千代田 晴輝に三ノ輪 彦一郎が「帰りましょう!絶対に帰ったら先生が千代田君の青春を取り返してあげますからね!」と言ってガッツポーズを見せる。


一瞬の間の後で千代田 晴輝が「先生…」と言う。

「なんです?」

「帰れるのかな?」


「諦めはしません。ですが僕は帰りたくない生徒が居れば付き合うのみです」

「不思議です。さっきまでは帰りたくなかったのに先生が居てくれるならって思ったら帰ってもいいのかなって思えた」


「そうですよ。先生は生活指導が得意です。わからない事なんかでも一緒に立ち向かいましょう!」

三ノ輪 彦一郎は水を得た魚のように身振り手振りで千代田 晴輝を励ます。

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