第8話 新人ライターの取材

 宮守七海という名前で合点がいく。

 雑誌AIMESは何度か読んだことがあり、記事の最後にライターである宮守さんの顔写真が載っていた。


 俺が既視感の正体に納得していると、綾乃さんは何やら嬉しそうに破顔する。どうしたんだろう。


「まさか、こんな形で再会できるとは思わなかったわ――ななみん!」

「ええ、私もです。久しぶりですね先輩!」


 宮守さんもニッコリと笑う。

 どうやら綾乃さんと宮守さんは知り合いだったみたいだ。


「雑誌ライターになったのね」

「そうです。まだ新人ですけどね」

「アイドル好きが高じて――って感じで始めたの?」

「その通りです。なんだか追っかけみたいで恥ずかしいですけど、あはは」


 ひとしきり宮守さんと昔話に興じた綾乃さんは、置いてけぼりの俺に気づいて関係性を説明してくれる。


 二人は中学生時代の先輩と後輩で同じ部活に所属していたらしく、会うのは六年ぶりなのだとか。


「先輩にお願いがあるんです。端的に言うと取材させてほしいんですけど……」

「ええ、構わないわ。可愛い後輩の頼みだもの。ハルくんもいいわよね?」

「俺は綾乃さんがいいなら大丈夫」


 俺たちは腰を落ち着かせるために近くのカフェに入った。

 席に座り、それぞれ飲み物を注文する。

 綾乃さんはブラックコーヒー、宮守さんはカプチーノ、俺はコーヒーを飲めないのでココアを啜る。


「それでは早速、いくつかの質問をさせてもらいますね」

「何でも聞いていいわよ? 性癖とか性的嗜好とかね!」

「いや、そういう気まずい質問はしませんよ?」

「ちなみに私は、ななみんのような童顔の女は充分イケるタイプよ」

「だから聞いてませんよ、そんなこと!」


 綾乃さんのペースに押される宮守さんは、こほんと咳払いして質問を始める。好きな食べ物とか、最近ハマってる趣味とか……こう言っては失礼だが、当たり障りもなければ意外性もない質問だ。


 綾乃さんは質問の一つ一つに答えていった。


「ふむふむ……好きな食べ物は海鮮丼で、最近ハマっている趣味は年下男子をからかうこと……あはは、そちらの少年くんも苦労していそうですね?」

「まあ、慣れているので……」


 宮守さんに同情される俺であった。

 質問は続き、綾乃さんは惜しみもなく正直な答えを返す。


 特に包み隠さずに返答できているのは、宮守さんの質問が相変わらず当たり障りないからだ。好きな服のブランドやファンに伝えたい言葉など、単純に綾乃さん本人の性格に興味がある人だけ知りたいような事柄だった。


 やがてメモ帳を閉じた宮守さんは、俺たちに頭を下げる。


「これで質問は終わりです。有意義な時間をありがとうございました」

「ねえ、ななみん」

「はい、なんでしょうか先輩?」

「本当にこんな質問だけでいいの?」


 俺が聞きたかったことを綾乃さんが言ってくれた。

 ブラックコーヒーのカップに口をつけてから、綾乃さんは宮守さんを見つめて問いかける。


「雑誌ライターとして、もっと私のプライベートを深掘りするべきじゃない? たとえば、隣のハルくんについて聞くとか」

「はは、そうですね。そのほうが大衆にウケる記事が書けそうです」

「ちなみにハルくんは私の何だと思う?」

「彼氏さんですよね? 先輩に弟さんがいるって話は聞きませんし、とても親密な関係に見えたので」

「へえ……それを分かっていながらハルくんについて聞かないんだ?」

「はい。そのようなプライベートにはできるだけ干渉しないように努めています」


 宮守さんはカプチーノをスプーンでかき混ぜて、揺れる波紋を眺めながら呟くように言った。


「私は思うんです。アイドルだって一人の人間で、好きな人だっているし時には失敗だって起こします。それをここぞとばかりに取り上げ、誇張して、大衆を煽るような記事を書くのは、そのアイドルにとても失礼な行為だと」


 カプチーノを啜った宮守さんは、まるで子供のように純粋な笑顔を浮かべた。


「私はそんな記事よりも、みんなが笑顔になれるような記事を書きたいんです。噂の人気アイドルはどんな食べ物が好きなのか、どんな趣味があるのか。そういうことを知れたら読者も親近感が湧いて、そのアイドルをもっと好きになってくれるかも知れませんし」

「す……」

「す?」

「素晴らしいわ、ななみん!」


 綾乃さんは宮守さんの手を取り、情熱的に見つめた。


「とても良い信念ね、感激したわ! あなたのような雑誌ライターがもっと増えたら、きっとアイドル界隈も平和になると思う!」

「あはは、ありがとうございます。そう言っていただけるとライター冥利に尽きますね」


 綾乃さんは、照れくさそうに頬を赤くする宮守さんを抱きしめんばかりに詰め寄る。とりあえず俺は興奮する彼女を落ち着かせるのであった。

 

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