第6話 アルビノの幼馴染

「お前のほうから暮葉に綾乃さんの帰還を伝えたらどうだ?」

「俺が話しかけても大丈夫なのかな……」

「何を言っている、あいつも俺たちの幼馴染だろう?」

「そうだけど、中学生の時以来、話してないからな……」


 俺の幼馴染は二人いて、一人は的場雪路、もう一人は不知火しらぬい暮葉という女子だ。彼女とは同じクラスになることが少なかったために、中学生の頃あたりから疎遠になっている。雪路は高校生になった今でも何度か話しかけていたみたいだが、俺のほうはというと全くだ。


「今では暮葉も“雪白姫”なんて呼ばれて崇拝されてるんだ。俺なんかが話しかけるのは気後れするな」


 言い訳がましい返答をすると、雪路はハハと笑い飛ばす。


「そんなことを言って、本当は暮葉と仲を戻したいのだろう?」

「そりゃ、戻れるんなら戻したいけど……というか、何で分かるんだよ」

「お前との付き合いも長いんだ。顔を見れば大体のことは分かる」


 雪路はクールに笑う。そして校舎への入り口方面に視線を向け、顎を上げてそっちに行けと俺をうながす。


「この時間なら暮葉は室内プールで泳いでいるはずだ。綾乃さんの帰還を伝えてこい。ついでに過去話なんかで盛り上がるのもいいだろう」

「……分かったよ。そこまで言うなら話してくる」

「ああ、行ってこい。俺は生徒会の仕事を始める。またな」


 颯爽と去る雪路を見送り、俺も校舎のほうに歩き出す。

 校舎は別館と繋がっており、そこに大きな室内プールがあった。


 水泳部の活動がない日は一般生徒に開放されている室内プール。使用する人の数は少なく、ダイエット目的の生徒や部活以外でも本気で水泳に打ち込みたい水泳部が泳いでいる印象だ。


 まばらに泳ぐ人の中で、一際目立つ白髪の少女がいた。

 艷やかに光るシルバーヘアを細長いツインテールに結っており、競泳水着に包まれた華奢な肢体は雪のように真っ白だ。物憂げに細められた瞳は紅く、目立つ外見をしているために周囲の生徒の視線を集めている。


 彼女こそが不知火暮葉であり、俺の幼馴染。

 どう話しかけようか迷い突っ立っていると、俺の視線に気づいた暮葉が泳ぐのを止めた。細められた半眼で見つめられる。


「あの……暮葉、さん」

「……何か用ですか、佐倉くん」


 久しぶりに話すだけあって、両者共によそよそしくなってしまう。

 それでも意を決してプールの際まで歩いた。


「ちょっと話があるんだ。いま時間あるか?」

「問題ないです」


 プールから上がる暮葉。水滴をまとった細身の身体が近づいてくる。さり気なくお尻にくい込んだ水着の布を直し、赤い瞳が俺を見上げた。


「それで、話とは何ですか?」

「実は、綾乃さんのことなんだ。最近、こっちに帰ってきて」

「そうですか……アイドル活動を休止したのは知っていましたが、こちらに帰ってきていたんですね」

「うん……まあ、一応は伝えておこうと思って」


 やっぱり昔のように上手く話せないな。

 ここは“暮葉も綾乃さんに会ってみないか?”という気の利いたことでも言う場面だろうに。


 それに、暮葉の格好が格好なだけに視線も合わせづらい。白い肌の露出が多いために、しっかり向き合うといけない感情が湧き上がってくるのだ。


 黙りこくった俺に呆れたのか、暮葉が息を吐いて背を向ける。

 むき出しの白い背中が、まるで俺を拒絶しているように思えてしまう。


「話はそれだけなら、私は行きますね。他の人に見られていますし……」


 暮葉は周囲の視線に敏感だ。

 白い髪と白い肌、そして紅い目を持つ彼女は、アルビノという先天性の遺伝子疾患をわずらっている。普通の日本人とは違う外見のために奇異の目で見られることも少なくはない。


 アルビノの人間は紫外線に弱く、日の下を歩きにくい。太陽の光にさらされる野外の運動も厳しいので、暮葉は屋内のプールで運動不足を解消しているのだ。


 プールの水に足先をつける暮葉に、ようやく絞り出せた言葉を伝える。


「暮葉さんが良かったらだけど、綾乃さんに会ってみないか?」

「……考えておきます」


 最後に振り返った暮葉は、少しだけ穏やかな表情を見せた。


「それでは、また」


 そう言って泳ぐのを再開した幼馴染。

 また、か。

 一応は受け入れられたって解釈してもいいのかな。


 ……五年も経てば人は変わる。

 雪路も、暮葉も、前向きに自分の人生を歩んでいる。

 俺だけが、いつまでも同じところで停滞したままだった。


 別館を出て校舎に戻ると、廊下の窓の外は夕暮れの朱に染まっていた。

 そろそろ帰って綾乃さんに雪路と暮葉のことを話すか。


 部活動に励む生徒たちの青春の声を耳にしながら、俺は一人でとぼとぼと下駄箱を出た。

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