第11話

 翌日、目を覚ますと、疲れは若干残るものの魔力の方は全快していた。まあ魔眼も一度しか使ってないしな。

 寝ていたのは……体感的には六時間くらいか。外はちょうど夜明け前ってところだろう。


 変わらず足の上で寝ているディアを起こし、朝食にでもしようかと思ったが……汗と頭皮の油が少し気になってしまう。

 もしかしなくても、最近地球――というか日本人の価値観に引っ張られている気がするな。前までは数日風呂に入らないくらい全く気にしなかったのに。

 まあ気になるのは気になるので、アイテム生成のリストにあった汗拭きシートと洗わないシャンプーとやらを試してみた。


「おお……」


 これは良いものだ。両方とも似たような爽快感があって、濡らした布で身体を拭くより気持ちがいい。どうやら、このスースーするのはメンソールという成分のおかげらしい。


「ん~……何やってるんですか?」


 目ぼけ眼のディアが訊いてきたため、シートで身体を拭いてやる。「んみゃ~!?」と騒いでいたが、やがて「んみゃ~」と気持ちよさそうに目を細めて身を任せた。


 そんなやり取りの後、朝食として簡素なサンドウィッチ――ディアには猫缶――を出し、手早く飯を済ませた。


 気を取り直して、7階層の探索の続きだ。


 ヘルハウンド二体、オーク一体、ヘルハウンド一体と、遭遇するモンスターをディアとの連携で倒していく。

 ディアの衰弱魔法は一見地味に見えるが効果は絶大だ。さらに、敵の挙動に合わせて特定部位のみ弱体化させたりして、かなりトリッキーな戦法で戦いに貢献してくれている。……高い知性値は伊達じゃないな。


 その後、宝箱も二個ほど発見した。中身は初級ポーションと質のよさげな鉄剣だった。ポーションは鞄にしまい、剣はDPに変えてしまう。今持っている剣と性能はさほど変わらなそうだが、握りなども変わってくるし、使い慣れている物の方がいい。

 ちなみに、ダンジョン外で活動する者が見れば剣の劣化等が心配になるだろうが、ダンジョンではモンスターの血液や脂肪も跡形もなく消えてしまうため、上手に戦えば武器はかなり長く使える。技もなく力任せに振るったり、敵の武器とかち合わせたりすればあっという間に壊れるだろうけどな。


 その後、数度ほど戦闘を繰り返した時……ディアの耳がピンと立った。


「……何か来ます」


 ディアの視線の先をじっと見ていると、角の向こうから……オークより一回りほど大きく、二本の角を生やした赤い体皮のモンスターが現れた。


 醜悪なオークの顔と比べると、凶悪という言葉が似合いそうな魁偉だ。

 片手には俺の背丈ほどありそうな金棒を持っており、殴られればひとたまりもないだろう。


「……オーガ、ですね」


 ……なるほど、あいつがオーガか。

 本来は20階層以降に現れるモンスターだ。10階層以下で発見したという報告はなかったと思うが……ディアの懸念が早速的中した形だな。


 戦うか、退くか。


 逡巡は一瞬だったが、次の瞬間にはオーガがこちらに気付き、駆け出していた。


「主さまっ!」


「分かってる!」


 戦うしかない。あの足の速さを考えれば、逃走できる確率は低い。


 俺が右目の眼帯を外して前に出ると、ディアは衰弱魔法でオーガの行動を阻害しにかかる。

 ……が、紫の球はオーガに触れた瞬間に弾けて消えた。


無効化レジストされた……! それならっ」


 ディアは再度衰弱魔法を発動し、普段一部位を狙い時よりもさらに小さく――ピンポン玉程度の大きさまで圧縮し、オーガの右足に着弾させた。オーガは一度つんのめり、右足に生じた違和感に苛立つように地団太を踏む。


「すみません、片足の動きを鈍らせるので精一杯です! 気をつけてください!」


 オーガが気を取られているうちに、こちらも前に出て応戦する。動きが鈍っているという右の足首――その腱を断ち斬るつもりで斬りつける。


「硬ってぇ……!」


 薄皮一枚を斬りつけただけで、傷口からは血も出ていない。しかし、オーガを怒らせるには十分だったようで、ただでさえ怖ろしい顔をさらに歪めながら金棒を振るってくる。


「グオオオォ!!」


「くっ!」


 振り下ろされた金棒を辛うじて躱すが、地面が大きく穿たれ、吹き飛ばされた土と小石が身体を打つ。

 顔は守ったが、腕には打撲と切り傷が多数。……なんて馬鹿力だ。


 駆け寄ってこようとするディアは片手で制止する。

 この程度の傷なら支障はない。戦闘が終わってから治せばいい。


 オーガはもう一度棍棒を振り下ろしてきたので、今度は横っ飛びで回避。

 遅れて、ゴウッ! と派手な炸裂音のような音と共に地面が割れた。


 ……ヤバいな。


 一度バックステップして大きく後退する。

 レア個体のオークも再生力は驚異的だったが、単純な戦闘能力ではおそらくオーガが勝っている。


 オークの時のように、イチかバチかで瞬間強化を使うか? ……いや、オークの時は再生力を上回る攻撃を加えてなんとかなったが、今回はそもそも俺の剣がほとんど通っていない。効果時間が終わったら動きは鈍るだろうし、どう考えてもリスクが高すぎる。


 とりあえず、あの金棒を何とかしないと……。


 と、その時、一瞬の閃きが頭に過る。


「グオォォ!」


 突進と共に、横薙ぎに振るわれる金棒。それを飛び上がって回避しながら――俺は魔眼を起動し、スローモーションで横切る金棒に手を添えた。


『オーガの金棒を吸収 +3000(6000-3000)DP』


「グォ!?」


 オーガの手から金棒が焼失し、不格好な状態で空を切る。


 よし、やっぱりできた。

 意図したわけじゃなかったが、この魔眼とアイテム吸収はめちゃくちゃ相性がいいな。武器を持った敵の攻撃はほぼほぼ無力化できる。


「汚い……さすが主さま汚い」


 後ろでディアが何かを言っているが無視だ。戦いってのは何でもありなんだよ。


 激昂して両手を振るってくるオーガ。獲物を失い、先ほどまでの脅威は感じない。

 しかし……こちらの攻撃もまともに通らないから千日手だ。むしろ、体力勝負となればこちらの分が悪い。


 どうしようかと考えていると――


「主さま! 『付与魔法』のスキルオーブです! プリーズ!!」


 背後のディアが大声を上げる。


 隙を見計らってメニュー画面を確認すると、『付与魔法』のスキルオーブは2万DPで生成可能だった。所持DPの半分近くを持っていかれるが、迷いはなかった。


 スキルオーブを生成し、ディアの方に放り投げる。ディアは「よしきた!」と、自分の身体ほどの大きさのオーブに飛びつき、オーブはそのままディアの中に溶けていった。


「主さま、行きますよ! 付与魔法エンチャント!」


 ディアは魔力を練り上げ、その手から放たれた光が俺の持っている剣に吸い込まれていく。

 何の変哲もないはずの剣の刀身は淡く光り、人知を超えた力が宿っていることを肌で感じた。


「思いっきり掛けました! 切れ味は数倍、効果時間は五分です! やっちゃってください!」


「おう!」


 振るわれる丸腰のオーガの腕を掻い潜り、綺麗に割れた腹を斬りつける。

 すると先ほどまでは肉まで届いていなかった俺の刃が、オーガを切り裂き、青い鮮血が噴出した。


 これなら行ける!


「うおおおおおお!!」


 右目の魔眼をいつでも発動できるようにし、オーガの反撃を警戒しながら、その赤い体躯に傷をつけていく。

 十、十数、数十と、攻撃を加えるたびにオーガの動きは鈍くなっていき、最後に心臓を一突きすると……オーガは断末魔の叫びを上げ、光の粒子となって消えていった。


 ドロップした魔石を拾い上げたところで、俺は尻もちをついてしまった。


「……疲れた」


「お疲れ様です~」


 ディアもぷかぷかと浮かびながら労ってくる。


「いや~、私の機転がなかったら厳しかったですね」


「…………」


 まあ実際そうなんだが……こういう言い方しかできないのが、ディアがディアたる所以か。


 にしても、結構ギリギリの戦いだったな。

 結果として勝つことはできたが、このレベルの敵と連戦になったりしたらおそらく持たない。


 現状の適正階層はもう少し上だと思うが……こんなところにオーガが現れるとなると、もう少し考えないといけないかもな。


「……回復魔法を頼む」


「あいあいさ~」


 何気に初のお披露目となる回復魔法で傷を癒してもらう。

 幸い、切り傷と打撲程度だったので、ディアが得意としていない回復魔法で全快することができた。ポケットに入れている、リゼットさんからもらったお守りの効果もあるかもしれないな。


 ディアの魔力量は、本人曰く俺より百倍近くあるが、付与魔法にできる限り魔力を注いだ使ったこともあり、残りは三分の一ほどらしい。

 今日の探索はこのくらいで切り上げるべきか。オーブを生成したため、DPは入った時とほとんど変わらないが、戦力の拡充と考えれば大きなプラスだ。


 と、その時だった。


「ぅ――ぉ――」


 今のは……遠吠えだ。

 おそらく、ヘルハウンドの。


 ヘルハウンドはこの階層に最も多く現れるモンスターで、危険度はさほど高くないが……遠吠えだけには注意しなければならないと聞いたことがある。


 俺の予想が正しければ……。


「ちょ、主さま!? 待ってください!」


 ディアの制止も聞かず、俺は遠吠えの聞こえた方に駆け出していった。

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