第2話

 ここ『彷徨いの迷宮』は、最高到達階層60階の中深度ダンジョンだと言われている。

 ダンジョン全体の特徴としては、各階層が迷路のように入り組んでいることが挙げられる。特に階層面積が広くなる20階層以上では、行き止まりに当たってしまうと、元の道に戻るのに数日もかかってしまうらしい。

 ……まあダンジョンスキルの存在を知った今となっては、DP効率を考えるとその方が都合がいいんだろうなと益体もないことが頭に浮かぶ。どんなに構造を弄ろうと『ダンジョン改築』は一律で1000DPしか消費しないからな。探索者を長時間ダンジョン内に滞在させる――DP源とするためにマスターが取った方策がそれだったんだろう。


 その代わりと言っては何だが、このダンジョンはそこまで強いモンスターが出現せず、特に20階層より上の浅層は比較的初心者向けとも言われている。

 にもかかわらず、その初心者向けの階層で毎年一定数の死者を出してしまっているのは、ダンジョンを甘く見たビギナーが準備不足で遭難してしまうためだ。20階層以降とは比べるべくもないが、浅層は浅層で入り組んでいるからな。心身ともに疲弊しきった状態でモンスターに出くわしてしまえば、普段倒せるモンスターにやられることだってあるだろう。

 ダンジョンで死んだら死体は残らない――正確に言えば一定時間放置するとダンジョンに取り込まれてしまうため、行き場を失った探索者の魂がいつまでも彷徨っている。だからこのダンジョンは『彷徨いの迷宮』という名で呼ばれるようになった……かは不明。初心者たちをビビらせるためによく語られる話ではあるが。


 とはいえ、浅層の方は先人によりしっかりマッピングがされており、ギルドで地図を買うこともできるので、準備さえ怠らなければ問題ない。俺は地図を持っていないが、そこは昔取った杵柄というやつで、五年前に頭に叩き込んだ10階層までの情報を覚えている。ダンジョンの構造が変わったりしていないこともあらかじめ確認済みだ。


「…………ふぅ」


 十数分ほど歩いただろうか。今のところモンスターには会敵しておらず、他の探索者にも会っていない。『彷徨いの迷宮』に限った話じゃないが、探索者のダンジョンアタックは数日――長くて数週間にも及ぶこともあり、通り道となる第1階層といえど人の往来はあまり多くない。流石に、まともな稼ぎにならない第1階層ここを主戦場にしている探索者なんていないだろうしな。


 そろそろ一度戦っておきたいところだが……と思ったところで、ちょうど人型の小柄なモンスターが曲がり角の向こうから現れた。


 言わずもがな、ゴブリンだ。


「…………」


 緊張で一瞬身体が固まる。


 ……もし、昔倒したのがレア個体のゴブリンというのが何かの間違いで、あれが通常のゴブリンの強さだとしたら、たぶん俺に目の前のあいつを倒すことはできない。ただの身の程を弁えなかった馬鹿として死ぬことになる。


 思わず湧いた不吉な考えを振り払い、直剣を腰から抜いて構えた。

 ゴブリンはようやくこちらに気付いたようで、甲高く濁った声で鳴きながら向かってきた。


 動きは……想像よりずっと緩慢だった。


「――ッ!」


「ギッ!?」


 突進してきたゴブリンを半身になって避け、すれ違いざまに剣を一閃する。

 刃は何ら抵抗なく通り、ゴブリンの首は宙を舞ってから地面に転がって……光の粒子となって消える。

 ゴブリンが消えた後、胴体があった場所には小さな魔石が一つ残った。


「…………は」


 小さく吐息が漏れた。

 かなり拍子抜けだった。ダンジョン外のゴブリンよりは多少動きがよかったとはいえ、そこまで大きな違いも感じない。改めて、俺が五年前に倒したあいつがゴブリンとして規格外だったのだと理解し……同時に、勘違いで探索者を諦めてしまった滑稽さも再認する。


 ……いや、それは今更だな。


「……よし」


 転がっていた魔石を拾い、背負っていた鞄に放り込む。

 最初の一体を討伐したことで、体を覆っていた不安と緊張はだいぶ薄れた。周囲の警戒は忘れずに、ペースを上げて進むとしよう。



▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲



 さらに数十分ほど歩き、ゴブリンとは三回ほど会敵した。

 どれも危なげなく倒し、魔石三つと運良くドロップしたゴブリンの爪を一つ回収する。驚くほどトントン拍子だな。

 爪は大した使い道もなく、ギルドで換金しても魔石以下の買い取り値しかないが、DPにするといくらになるのか少し期待している。


 もうすぐ2階層へと続く階段が見えてくる……といったところで、次はゴブリン三体の群れに出くわした。


「ギィ!」


 しかし、連携も何もなく、それぞれが愚直に真っすぐ向かってくるだけだ。

 避けて斬って、蹴りを入れて斬って、怯んだところに刺突を入れる。特に焦ることもなく一体ずつ冷静に対処し、さして時間もかけずに三体はそれぞれ光の粒子になった。


「……にしてもこの光、最近どこかで」


 ふとそう思って、一体何だったろうと考えるが、答えはすぐに出た。


 これは……ダンジョンに物体を取り込み、DPに変換するときの光だ。


 今までなんで気付かなかったのか不思議なほど、この光はあの現象と似ている――というか全く同じだった。それに思い至ったところで、またある仮説が頭の中に浮かんだ。

 それは、俺がダンジョンマスターになってダンジョンスキルについて考察していた時に、ダンジョン改築と比べてモンスター召喚が割高だと考えた理由に繋がる。

 1000DPのダンジョン改築と同コストで召喚できるモンスターはゴブリン十体程度。モンスターがやられたら随時補填しなければいけないことを考慮すると、モンスター召喚というスキル自体が高くつき過ぎているように思える。一時間の滞在で1000DPほど回収できる探索者がゴブリンを十体より多く討伐してしまったら、その時点で収支はマイナスになるからだ。


 しかし、もしもダンジョン内で死亡したモンスターがDPとして還元されるとしたら、その疑問は解消される。

 100DPで生み出したゴブリンが死亡し、――あくまで例えだが――その90%の90DPが還元されるとする。それなら実質的にゴブリン一体のコストは10DPになる。さして高いとは言えない数字だろう。


「……いや」


 ……そうなってくると、俺にとって都合の悪い事実が浮上する。

 それは魔石やドロップアイテムをDPに変換するという作戦が本当に有用か、ということだ。レアゴブリンの爪が26800DPなんていう超高額になったのは、あくまでレアであるが故で、通常のアイテムは二束三文にしかならないのかもしれない。

 モンスターのDPの大部分がダンジョンに還元されるなら、むしろそう考えるのが自然だ。90DPがダンジョンに還元、残りの10DPがドロップアイテム、というような仕組みだと考えるとしっくりくる。

 変換時に手に入るDPがモンスター召喚コストより高くなるとしたら、ダンジョンマスター同士が結束すれば無限にDPを増やせることになるしな。


 ダンジョンに潜ろうと考えた当初、俺は魔石やドロップアイテムをメインとして、ついでにダンジョン内で見つけた装備品などのお宝をDPにしようと思っていたが、それだけでは首が回らない可能性が出てきた。


 ……とはいえ、今はまだ可能性の域を出ない。

 今手に持っているこの魔石が10DPになるか100DPになるかは、ダンジョンに取り込んでみないとわからないのだ。


「……とにかく、先に進もう」


 言い聞かせるように呟いたところで、2階層へ続く階段を見つけた。

 俺は自分にとって未知となる――探索者としては初心者向けもいいところな――2階層への階段を、より一層気を引き締めて降りていった。

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