第3話 天使


 約束の時間にエイモスは待ち合わせに現れた。

 乗合馬車は早いもの順なので、かなりの早朝だ。


「さて聖女様。

 ガーリン鉱山には2つ行く方法がある。

 1つはこれから出る乗合馬車に乗っていくこと。

 もう1つは俺の力で行くこと。


 さぁ、どっちにする?」



 今後のことを考えると、乗合馬車の様子を知っておくのがいいかもしれないが、エイモスと組めるのは今回だけだ。

 彼がその力を見せてくれるというのなら、見ておきたい。


「そりゃ、アンタの力の方がいい。追加料金がないならね」


「了解。追加料金はいらない。

 乗合馬車なんてかったるいものに、乗っていられないからさ。

 とにかくついてきて」


 エイモスは歩き出し、私も後をついてった。

 街の門を出て、森に入ると彼はやっと止まった。


「この辺でいいかな。じゃあこっち来て」

 近寄るとエイモスは私を抱きしめた。


「何? どうした?」


「距離が近い方が安全に転移しやすい」



 彼が呪文を唱えると、一瞬でガーリン鉱山に到着した。


「すご……」


「ね? 馬車なんて乗ってられないだろ?」


 それは間違いないけど、エイモスにおいていかれたら私は生きてここから出られないのでは……?



「さぁて、今は全然人がいないから、魔法も何もかも使いたい放題。

 どうする?」


「もちろん攻略始めるよ」



 私はガーリン鉱山をふもとの方から攻略するつもりだったけど、エイモスは結構奥のAランク推奨レベル帯に連れて来ていた。


 ものすごい数のロックゴーレムの湧きがあるのに、エイモスは笑って適当にしか間引いてくれない。

 しょうがないので、聖焔を使って全滅させた。


 これ私が聖女じゃなかったら、死んでるからね!



「すげー、さすがだね。聖女様」


「もうその呼び方、止めて。

 私は聖女様じゃない」



 私は急いで魔石を拾い始めた。

 魔獣を倒すときの聖焔は魔石だけ残るように調節してあるんだよ。

 魔石の中に、魔法がつかえる精霊石もいくつか混じっていた。

 ラッキーだ。

 この討伐だけで今回は大黒字だ。



「ここがこんなにすごい狩場なんて知らなかった」


「いつもこんなだよ。ここまで来るの、俺ぐらいだから」


「じゃあエイモスがいなくなったら、ロックゴーレムのスタンピードが起こるの?」


「そういうことになるかな?

 来たのは1年ぶりぐらいだったから、あと数年ぐらいはもったと思うよ」



 ふとひらめいた。

「ねぇもしかして、魔族ってこういうスタンピードを止めてるの?」


「さすがだね、大正解。

 ここは元の主がいなくなって、ほったらかしなんだ。

 だから近くにいる力の強い魔族が時々掃除してるんだよ」


 ダメじゃない! 人間ども‼

 何呑気に、聖女召喚とか魔王討伐とか言ってるんだよ。

 魔族は絶対この世界に必要だ。



「ねぇ魔王は殺されても大丈夫なの?

 きっと必要だから生まれてくるんだよね?」


「うん、でも死んだってまた生まれてくるから。

 魔王は割と代替わりが激しいんだ。

 ああいう人間たちがよく討伐に来るから。

 俺が生きてる間だけでも、4回は変わったかな。

 だから魔王に愛着を持つのは止めたんだ」


「……エイモス、アンタいったい何歳なの?」


「さあ? 500歳ぐらいまでは数えてたんだけど、もうだいぶ経つしなぁ」


 500歳以上!

 なんて長い時だ。驚きしかない。


 それは……達観もするわ。

 特定のパートナーを必要としないのも、きっとこれまでに何人もいて失ってきたからなんだ。

 女性が子どもを欲しがることも、その中で知ってきたんだろう。


「上の方の景色、きれいだよ。行ってみる?」


「うん、行く」



 今度は浮遊で上空に浮かびあがった。

 白い雪山が朝日にキラキラとしてとても美しかった。

 だけど……。


「エイモス、ちょっと下ろして」

「どうしたの」

「寒い、寒すぎる! 息も苦しい。

 どこかで装備を足したいんだけど」

「そっか、俺がここで寝床に使ってるところあるから、そこに行こう」



 そこは風よけになる祠のようなところだった。

 確かに今までよりは暖かいが、上空の冷たい空気が肺の中を凍らせてしまいそうだ。

 震えが止まらない。

 それで無限収納から熱々のスープの鍋を取り出した。


「おいしそう。でももう食べるの?」


「体を中から温めないと死ぬ」


「人間は弱いな」


 全くその通りだ。



 私が装備を足してるのも、エイモスはニコニコして見ていた。

 裸になってないけど、着替えてるの見られるの恥ずかしいよ!


「今度からもっと雪山向きの毛皮の方がいいね。

 あと体温調節の付与もかけるといい」


「付与あんまり得意じゃない」


「そんなことないよ。

 いつも料理に美味しくなるように付与かけてるじゃん」


 そんなのでいいの?


 それでとりあえず着ているものに温かくなる付与をかけて、でも汗をかいたらそれで冷えると雪山登山の本に書いてあったから、汗は乾いて体温を維持する付与もかけてみた。

 ちょっとはマシになった。



 エイモスが連れて行ってくれた山の上の方は、まるで氷の宮殿みたいだった。

 冷凍庫の中を歩いているみたいだけど、付与のおかげで大丈夫だった。

 宝箱を見つけて開けたり、いろんな宝石も見つけたりした。


「ミスリルはもう少し下の方にあるんだ。

 でもお腹もすいたし、今日はこの辺にして明日採掘して帰ろう」



 さっきの祠に戻ると、日が落ちたせいかさらに気温が下がっていた。

 あたたかい鍋がすぐに冷める。

 エイモスに買ってもらったオーブンに火を入れてなんとか祠を暖かくした。

 燃料の魔石はさっき売れるほど取れたしね。


 でも多少体が温まったとはいえ、装備を外せるほどではない。

 本当は固い装備や靴は脱ぎたかった。

 特に足がむくんで痛かった。



 するとエイモスが誘ってきた。

「全部脱いでこっちにおいで。足痛いんでしょ。

 俺が温めてあげるよ」


「えっ?」


 カマトトぶる気はなかった。

 エイモスは私にエッチしようと誘ってきたのだ。



 でもでも、私はまだ初めてなのだ。

 向こうで義父に襲われたけど、ギリギリ逃げられた。

 好きな男の子もいなかったから、キスもしたことない。


 それに彼は恋人でも何でもない。

 私はエイモスに恋していない……。



 ううん、ウソだ。

 本当はもう好きになっている。

 だってこの人、500歳以上なのにかわいいんだもの。

 でも彼は特定の相手は作らない。

 私の家族になってくれない。



「キラが嫌なら別にいいけど、でもそれで君はこれから恋ができるの?」


「……」


「長いこと生きてるとね、いろんなことがあるんだ。


 前にはぐれの勇者に会ったことがある。

 召喚した国からボロボロになるまで酷使された上、捨てられたヤツだった。

 もう目が手負いの獣みたいにギラギラしててさ。

 仲良くなっても誰も信じられなくて、仲間や恋人を殺してしまうようになっていた。


 君は運よく酷使されてないから、そこまでじゃない。

 だけど誰も信頼できないから、ずっと一人で行動してるんでしょ。

 それでどうやって、好きな人をみつけるの?」


「……その勇者はどうなったの?」


「俺を殺しに来たから、返り討ちにした」


「だから私に同情してるの?」


「それもあるけど、君は美人でかわいくて頑張り屋さんで料理がすごく上手だ。

 何とかしてあげたいなって思っても、不思議じゃないでしょ」


「私初めてだし。初めては大切なんだよ」


「うん」


「私は家族が欲しいんだ。

 子どもが欲しいかはまだわからない。

 私には親とか、他の人とかにかわいがってもらった記憶がないから」


「うん」


「初めては家族になる人にずっとあげようと思ってた。

 だけどアンタのいうことも一理ある」


「だから?」


「その……優しくしてください」



 私はエイモスから背を向けて全部脱いだ。

 やっぱりすごく寒い、と思ったら急に寒くなくなった。

 振り返ると、エイモスの背中から銀色の美しい翼が広がっていた。


「天使……」


「ああ、異世界人は俺の種族を天使と呼ぶね。

 でも本当は有翼族だ。

 一応、俺は族長なんだよ。

 魔王に仕える7つの魔族のうちの1つさ」


「すごくきれい……」


「ありがと。

 ほら翼の中は温かいよ。この中では凍えることはない」



 私はエイモスに抱きついた。

 恥ずかしくなかったとは言わないが、なんだかそれがとても自然なことに感じられたから。



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