第34話 内陸志願の観測者

 マロリー大尉の後ろをついていき個室へ入る。応接室といった感じだろうか? ソファが置かれていて、中央に背が低いテーブルが申し訳程度にあり、調度品らしきものは時計くらいしかない。


「かけたまえ少尉」


「はい、失礼いたします」


 三十歳前後の大尉は現場でも後方でも実務を取り仕切る責任者なことが多い。士官学校を卒業して順調に昇進して行けば、丁度この位の年齢だな。身体は兵士としての体力的なピークであり、精神も成熟してバランスがよい、戦闘を行うならば最高の数年間というところだろうか。


「そう緊張することはない、楽にしたまえ。少尉は既に実戦を体験したらしいな」


 共和国でのことが軍歴書に書かれている、大尉はそのことを言っているんだろう。ここでそれを誇示したところで、軽慮なものだと見られてしまうだけだな。


「候補生時代に実地試験名目で遭遇戦をしたに過ぎません。実戦とはもっと機知巡らせ死闘を行うものかと」


「少尉は控えめだな。ここノルデン地方では小隊同士の諍い位しか起こらん」

(ふむ……歩兵大隊を突破し、味方を救出した上に、撃退した程度では戦いとすら思わぬか!)


 確かに大きな争いはしていないらしいが、海沿いなので艦隊の脅威もある。まさかの戦闘という意味では内陸の比ではないぞ。危険を回避する為に、出来るだけ陸での活動が出来るように志願しよう。


「小官は恥ずかしくもさしたる経験も無く未熟、出来ましたら内陸の勤務を希望致します」


「魔導士官であれば観測任務が適切だ。その希望を受理しよう」

(真っ先に敵が進出して来るであろう内陸部での任務を求めて来るとは、少尉は戦いに飢えているのやも知れんな!)


 やったぞ、取り敢えず初任官でいきなり撃墜されるような過酷な任務は回避できた。それに観測ならば飛び回っているだけで危険も少ない、幸先が良いな!


「我がままを容れて頂きまして感謝致します」


「なに、勇敢な少尉のたっての希望だからな、張り切って戦果を挙げると良い。司令部直属の独立偵察中隊の、航空魔導師班としておこう。もっとも単独での行動だがね」


 戦果を挙げろ? 勇敢? もしかして間違ったか? いや、しかし、艦隊と遭遇するよりははるかにマシだろう、違うんだろうか。魔導師は少ない、単独行動についてはそんなものだな。


「地形を把握することから始めようと思います」


「そうしたまえ。コマンドポストが魔導師の航空管制を行う、直ぐ傍が国境ゆえ司令部に併設されている、一度顔を出しておくと良い」


 軍のアンテナともいえる前哨基地をコマンドポストと呼ぶ、CPと省略するのが多いな。こちらからの報告と、司令部からの命令を取り持つ部署だ、知っておいて損はない。


「アドバイスに感謝いたします」


「不明あらば私に尋ねたまえ。ここは将校宿舎を兼ねていてね、ノルデンホテルの呼称も存外間違ってはいない」


 何て返答をしたら良いやら、鉄板のジョークなのか? 表情をどうしたら良いか困惑していると、微笑してマロリー大尉が立ち上がる。


「あの喫茶店だが、かなりの数の軍人が利用している。貴官を見掛けた司令部要員が居てね、今日明日中に着任するのを知っていてピンと来たらしいぞ」


 そういうことだったのか、書類を見たら印象にも残るだろう、何せ未だ九歳という異常の塊だからな! 監視されていたわけではなかったならそれでいい。私も立ちあがり敬礼した。


「小官も没個性で印象に残らないようにしたいところではありますが、あと十年ほど時間を頂かない事にはどうにも」


 マロリー大尉も敬礼を返して来ると笑う。


「ここの食事は帝都の本部と比べると、遥かに優遇されている。少尉の成長の足しになるはずだ、遠慮せずに食べるといいぞ」


 ほうそれは楽しみなことだな。本部の食事のマズさは折り紙付きだ、何せあえてそうしているらしい。末端の兵士が粗末な食事をし、本部で豪華では統率に影響が出てしまう。本部でも苦労をすべきとの精神を持ち出し、何十年と続けているそうだ。


 部屋を出ると荷物を抱えた軍曹が所在なさげに突っ立っていた。こちらを見るとほっとしたのか歩み寄って来る。


「荷物を任せてしまいすまんな軍曹」


「いえお構いなく。お部屋に案内しましょうか?」


 そうだな、どこが自分の部屋かすらわからん、せめて居場所だけは確認しておきたい。


「まずは部屋を、その後はCPへ案内してもらいたいが頼めるか」


「もちろんです少尉殿。司令部を一通り回りましょうか?」


「そうしてくれ」


 馴染むことから始めよう、時間が解決してくれる部分を含め、歩き回り感覚を得ることからだ。外に出るのは明日にして、司令部をうろついておくとするか。軍曹が居れば面倒ごとも起こらんだろうしな。ああ、そうだ。


 抱えている背嚢に手を伸ばし、中からタバコのカートンを取り出すと、軍曹へと差し出す。


「見ての通り自分用ではない、雑務を押し付けてしまう礼だ、とっておけ」


「では遠慮なく」


 子供に小遣い銭を貰うかのような変な抵抗はあるだろうが、感謝の印だと解っているので変に拒まれない方がこちらも気楽だよ。その日、就寝時間寸前まで取り敢えず徘徊をし続けたが、随分と広くて危うく迷子になりかけたのは秘密にしておこう。

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