第2話 電流が走り感情が芽生える


 帝国魔導士官学校では三月に一度定期試験が行われている。ここで上位の成績を収めるか、或いは十二か月を経ることで一つ上のクラスの生徒として編制される。優秀な生徒は速やかに過程を終了して、実戦配備されるという仕組みだ。


 教官は存在しているが、その絶対数が少ないので自然と補助教官が授業を手伝うことになる。それすらも不足している、理由は非常に単純かつ納得いくものだ、即ち適任者が少ないからだ。


 魔導師は各方面で重宝される、ゆえに新兵にもなっていないような者が集まる士官学校で働くような数が捻出できない。無いものは無い、それではどうするか、これまた簡単な答えだ、似通ったもので代用する。


 具体的に表すならば、卒業間近な三号生徒が下級生を指導する。


「もっと脇を締めて構えんか!」


 私が士官学校に入校して六か月が経過した、つまり二度の定期試験を経たことになる。最初こそ体格のせいや、世界に不慣れなせいで伸び悩んだが、一つ乗り越えたことで速やかな成長がのぞめた。


 座学はやればやるだけ伸びたし、そちら方面は積み重ねがあったので応用することでいくらでも対応出来たのが大きい。魔導の才能、こちらに馴染むのには一か月以上かかった。だがそこからは他者よりも遥かに自在に使うことが出来るようになり、初回の定期試験でいきなり上位に入ることが出来た。


 それから三月もあれば周回遅れのような二号生に後れを取るはずもない、二度目の定期試験ではトップの成績を叩き出した。つまりは入校から六か月で最速の三号生徒へと昇級した、そして今、補助教官代理として下級生の監督をしている。


「士官学校でお荷物を産み出しているなどと卑下されては先人に申し訳が立たんぞ! キリキリと動かんか!」


 果たして九歳の幼女に叱責される気持ちはいか程だろう。とはいえ軍隊に年齢は関係ない、階級が上下を決める。面白くは無かろうが、それを決めるのは私ではない。


 小銃を模したレプリカを肩から下げて、訓練に勤しむ下級生を見て回る。そこには先日入校してきたばかりのアルヴィン一号生徒も居た。はっきりと言おう、場違い感が半端ないと。


 黒い長髪を後ろで一つに束ねて、巻いたものを帽子に詰め込んでいるので、まるで少年のように見えているが二つの胸の膨らみは私よりもあった。べ、別に何とも思ってなどおらんぞ!


「二人組に分かれて白兵訓練に移行だ!」


 手近なものとペアになって対峙する。アルヴィンは、男の二号生徒と向き合ってレプリカを構えている。なんというか、そうだな、絶望的な絵面だな。もし戦場でこれを見掛けたら、戦わずに降っても文句を言う奴はいまい。


「アルヴィン生徒、俺が守りに回るから好きに攻めてきて構わんぞ」


「はい、先輩!」


 襲い掛かるのに引け目を感じたらしい二号生徒がそう申し出る。触れたら壊れてしまいそうな子供の身体だ、苦笑しながらも一応体勢を低くして前を向く。

 きっと私もそのように見られているのだろうな、立場が逆なら同じような気持ちになるだろうさ。どれ、アルヴィン生徒のお手並み拝見といこうか。


 銃剣というのは基本的に突いて使う武器だが、小銃は銃床で叩いて使うものだ。突きは行動が読まれやすいので、変化に富む叩きを使いこなしてこそ白兵戦技は映える。


「行きます!」


 ここは魔導士官学校だ、白兵戦といっても一般のような戦い方とは違う。宝珠を用いた立体機動込みでの戦いになる。体格の差はあっても、身長の差はあってないようなものだ。


 二号生徒が一瞬焦りを見せる、目線の高さに浮いていたアルヴィン生徒が急速に高度を落として、右手斜め下に沈み込んだからだ。人とは右利きが多い、右に回られると反応が一瞬遅れてしまう生き物でもある。


 右足を引いて二号生徒が正面を向こうとしたのをあざ笑うかのように、更に右手に回り込んだ。初めからみたら丁度真後ろになるだろうか、そこまで地を這うように体を滑らせると急激に上昇した。


 これ以上体を逸らすことも、右足を引くことも出来ずに二号生徒がバランスを崩しそうになる。そこへアルヴィン生徒が上から落ちるように銃床を叩きつけようとする。


「くそっ!」


 左拳を裏拳のように使い、銃床を外に弾こうとして力を籠める。銃床とぶつかった瞬間、レプリカが見事に遠くに投げ出されてしまい、二人が絡まって地面に倒れ込む。レプリカが飛んで、上体が反ったアルヴィン生徒は腰から、二号生徒は後頭部からだ。


 後頭部を庇い必死に首を前に出すと、ドンと鈍い音を響かせて背中から地面に激突。そこへ座り込むようにアルヴィン生徒がどすんと着地した。結果、二号生徒の顔に馬乗りになって座って腿で挟んでいる形に。


 数秒状況が呑み込めずに居たが「キャア! す、すみません!」顔を真っ赤にしてアルヴィン生徒が転がり落ちるようにその場を離れる。


「う、うむ。問題ない」


 どういう表情をしていいかわからないのだろう、二号生徒が動揺を隠せない声でむくりと起き上がる。ふむ。


「そこの二人、情けない白兵戦を見せてくれたな。グラウンド五周してこい!」


 慌てて敬礼した二人は、レプリカをそのままに駆けだしていった。


「ここは軍隊だったはずだが?」


 私の時はあんなことにはならなかった。もっとこう、殺伐とした命のやり取り的なのを訓練で行っていたはずなのだが……同じ九歳女子でも、何故こうも違うのだろう。心当たりがあり過ぎるが、一つはっきりと気づいたことがある。

 アルヴィン生徒、いや、アリアスは可愛い。幼女にこんな感想を抱くのは、おかしいだろうか?

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