§4

「……ま、魔女!?」

「そ。アタシ、この辺りの魔族の監視役やってるの。挨拶が遅れたね、ゴメンね」

 気を抜けば、丸ごと呑まれてしまいそうなその威圧感……マグは必死にその圧力に耐えながら、ガクガクと震えていた。それはそうだ、マグはヴァンパイア……いわゆる『魔力を持った生命体』の中の一体に過ぎない。が、目の前の相手は、その存在そのものが魔力の塊。肉体に見える外見は仮初めの姿に過ぎず、実体を持たなくともその存在を維持できるのだ。格が違いすぎる。

「しっ、失礼を……」

「あー、そういうのやめてよ。アタシだって友達欲しいんだよ? 仰々しいのは嫌なんだよ」

 パラッと、顔を覆っていたローブを剥いで、その素顔を晒す彼女であったが……マグとしてはその扱いに非常に困惑した。目上の者が幾ら気さくに接してきても、目下の者はどうしても畏まってしまうもの。増して相手は自分から見れば、雲の上の……いや、その更に上の存在。気楽にと言われても無理である。

「どうしたの?」

「あ、いや……存外に幼いお顔立ち……もとい、顔立ちだから、ビックリ……」

「堅い、堅いよー。まぁ、初対面の上役相手に、いきなりフレンドリーに出来る奴はそう居ないけどね」

(わ、分かってるんじゃないですかぁ……!)

 そんなマグの内心を読んだのか、亜麻色の瞳をクリクリとさせ、金色に輝く髪をフワリとたなびかせながら、彼女は笑った。

「あ、まだ名乗ってなかったね。アタシ、マーベルって名乗ってるの。本名は忘れちゃった、だって400年も経ってるんだもん」

「よっ、400!! わ、私なんか、赤ん坊以下……!!」

「あー、若作りのお婆ちゃんだと思ったでしょ!?」

「そ、そんな事……! し、しかし、400年も存在し続けている重鎮の方が、何故こんな辺鄙なところに……?」

 そんな、驚愕に満ちたマグの台詞を聞いて、マーベルはケラケラと笑う。

「400年なんて、悪魔の世界じゃ、やっとオムツの取れた子供と同じだよ。大魔王様なんて、何千年も存在し続けてるのよ?」

「計り知れない……もう、たった16年生きただけで『疲れたー!』とか弱音吐いてる私が、バカみたいじゃないですかぁ!」

「……そう、その調子だよ。打ち解けて、仲良くしてくれると嬉しいな。で、アナタ……名前は?」

「あ……ま、マグ! マグって言います! い、一応……ヴァンパイアです」

 その自己紹介を聞いて、マーベルはふんふんと頷いた。と言うか、彼女にとってはマグの種族など、どうでも良かったのだ。

「マグ、かぁ……可愛い名前だね。ねぇ、ここに来てどれぐらい経つの?」

「まだ10日です。10日前に、ちょっと間抜けな事が原因で、そのぉ……」

 言いよどむマグの顔にグッと接近して、マーベルはその目を見据える。ハッキリ言え、と催促しているのだ。

「……恥ずかしい話なんですが、人間の男を相手に契約を迫ったところ、その男が酒に酔っていて……本来ならばこちらが首に刻印を残すところを、逆に刻印を付けられてしまって……」

 真っ赤になりながら、マグは真相を暴露した。しかし、意外にもマーベルはその話を聞いて、深刻な顔になっていた。

「……ふぅーん……ちょっとそれ、洒落にならないねぇ」

「え……?」

「人間は、刻印の解除の仕方を知らない……っていうか刻印を消せない。つまり、その人間が死んだ後も、ずっとその人間に付けられた刻印は消えない。それって分かる?」

「……!!」

 サーっと、マグの顔から血の気が引いた。マーベルの台詞の意味を、一瞬で理解できたからだ。

「け、消し方を教えても!?」

「無理だね。あの刻印、どちらかに魔力があれば『契約の儀式』の動作だけで発動しちゃうんだけど、付けた本人の魔力でしか消せないの。つまり、魔力の無い人間に、消す事は出来ないって事。だから厄介なのよねー……」

「じゃ、じゃあ……やはり……」

「そう。それを消すには、マグが故郷に帰ることを諦めて人間になるか、あるいは……」

 『あるいは……』? という事は、他にまだ手段があるって事? と、マグはマーベルの目を見据えて、次の言葉を待った。

「……上級魔……まぁ、ぶっちゃけて言うとアタシみたいなのが、その人間の存在を『抹消』して、契約そのものを『無かった事』にしてしまう事。簡単でしょ?」

 マーベルはそれまでの深刻な雰囲気を一気に払いのけて、アッサリと言ってのけた。流石は魔女、人間の命を左右する事など朝飯前だぞ、と云う事なのだ。

「ただ、それには……刻印を受けた者……この場合はマグ、アナタの承諾が必要になるの。どう?」

 『どう?』と、いきなり言われても……相手が人間とはいえ、流石に簡単にその存在を『抹消』してしまうのはどうだろう……と、マグは躊躇いを見せた。

「……そりゃそうだよねー、簡単な事じゃないよね。だから、洒落にならないんだよ」

「そ、そうですね……」

「ただ、消す事自体は簡単だから、消したくなったらいつでも言ってね?」

「……覚えときます」

 幾ら、毎日セクハラ攻撃をしてくる相手であっても、その命を云々するというレベルになってくると、流石に躊躇してしまう。しかし、心強い味方が出来た事も同時に自覚したマグは、幾分か気が楽になったのか、先程までの暗い表情は影を潜め、久しぶりに笑顔を取り戻していた。

「ところでぇ……」

「え?」

「震えが止まってるね、いつの間にか」

「あ、そういえば……!」

 相手が上級魔である事は分かっているのだが、いつの間にか打ち解けてしまっている事に気付いて、マグは自分の意外な順応性の高さに驚いていた。そんな彼女を見て、マーベルも『うんうん』と頷き、笑みを零していた。

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